汗血馬の故郷へ (1)

ジュチ一党1-4

【パミール高原 中央部にて 標高3800M前後】

未だに 忘れられない先生がいる。 一人は森田先生、広島大学卒業の後、私が五年生 小学校五年生の担任教師として赴任してきた。

詰襟の学生服を着て、漱石が”坊ちゃん”ではないが高下駄は履いていなかった。

雪山を登る写真を自慢げに見せ、六甲山・金剛山と大阪近隣の山に連れて行ってくれた。

以来 週末の山登りが 面白くなった。

他の一人は鶴田先生。 面白くもない(私には興味が無きゆえ)自己喜悦の冗談を小一時間話す教師であった。が ある日 黒板(緑色の)“〇” を大写し 『そこの小説を読んでいる君、これがなんだか、どこだか判るか』と詰問した。

無論 私にはハンジ問だ。で、“マル”です”と さらに、蛇足一言“私は受験に世界史は採りません”と答えた。

『よろしい、後で その本を持って 教員室に来なさい』と言われ 自責の時間が終わった。

持参したのはヘデンの’さまよえる湖’(山水社 刊行)である。

教師たちが屯する職員室で その鶴田先生は 本の表紙を見るなり、『スワン・ヘデンはヒットラーの親友で、中央アジア・中東地域の政策助言の第一人者だった て 知っている』

と聞き、ヒットラーがどうのマルクスがどうの等々 されど 私にはチンプンカンプン。

開放されたが、以来 煙たがる私には お構い無しに 『これ シトロエン社が戦火渦巻くパリから北京にシルクロードを踏破した記録 これ ヘデンの最新版 読めよ』 と 貸し与えてくれた。

当時 安保60年であった。 扇町公園に集まりデモに参加した。 デモに行くたびに、マルクスかぶれの教師の顔が在った。

私は 大学生のグループに何時も紛れ込んでいた。 デモは面白かった。 無知無謀の青春の入り口であった。

そして 今 “マル”である。 “マル”にいる。

地政学・近代歴史・地理発見史の中心 パミール高原に来ている。

厳冬の一月 4000mの雪嶺が地平にあり、7000mの高峰を覗う。 一人旅である。

この感激を話せる先生は はや 鬼籍の人・・・・・

ありがとう ありがとう 妻よ 友よ 子供たちよ ありがとう

_ 続く _

=追記=  この旅の目的である 未だ日本人が足跡を留めない 【伊寒克湖】-シルクロード史学の最重要点ー が外国人の入域禁止で近づけなかったことが残念です。オス市よりチャーターした車の運転手を脅し賺しても無理であった。

中国では 金で解決したのだが、今 この国は独裁体制批判で混乱状況に陥っている。 地方旅行の許可書発行に支障をきたしているのが残念である。

観光立国を掲げていたのに、ますます シルクロードが遠くなる・・・・・・・・・・

エピローグⅢー12-5

                         *当該地図・地形図を参照下さい

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