天山南路・歴史紀行 (4)

天山南路・4-1

【どうも私は少数民族に拘りすぎているようだ。 特に、ウイグル民族に、マリヤムの所為か。 好きで歴史小説を乱読していた。 この地に着て、少数民族の事が気になった。 中国5000年の歴史大河を再三読み返した。 結果、北方騎馬遊牧民族が中国史を彩ることに気が付いた。 司馬遷・“史記”が大きく影響しているとも思った。 失礼ながらも、陳舜臣さんですら その視点を漢人側に置いて著述しておられる。 東洋史学の宮崎定市氏が北方民族からの視点で俯瞰しておられるが、日本の書籍は蒙古族はともかく 回紇族の事を記述する著作が少なすぎる。 北方遊牧民は口伝の歴史、漢族は文字の歴史。 論証には文字が勝つ。 しかし、中国史は北と南の抗争の歴史、その証が“万里の長城” 私は宮崎定市が立たれる側から考えています・・・・この紀行随筆は観光案内・旅行ガイドではありません。 どんどん飛ばして 捨ててください。・・・・ 如水独白 】

 さて、ウイグルは漢字文献には”回鶻”・”回紇”と記載されている。

 ウイグルは同属のカルルクと同盟 東突厥を攻める と 史書にあります。

 745年に突厥を滅ぼす とも記載され、 同盟主を殺害し ウイグルがモンゴル高原の覇者になり、唐朝と誼を結ぶ と 追筆されています。

 755年”安史の乱”で楊貴妃・玄宗皇帝は長安を落ち 蜀地方に向かう途上 楊貴妃は絞殺され皇帝は皇太子・粛宗に位を譲る。 安禄山は燕王朝を開も、長子が父・安禄山を殺害する。

 唐朝・新皇帝は王朝奪回のため、軍を組織進軍する。 新皇帝はウイグルに王朝奪回軍への参加を求めるも拒絶され、逆に攻め立てられる。

 吐蕃(チベット族)が好機と漢中に北進する。

 ここに 長安(燕王朝)に対し三勢力が角を付き合わせる形となるのです。

 吐蕃とカルルクが同盟 ウイグルを攻める。 ウイグルは唐王朝と同盟 抗戦する。

 誠にややこしい三つ巴である。 758年 ウイグル・唐軍連合軍は長安と洛陽を奪回する。

 唐の新皇帝・粛宗は妹寧国公主をウイグル王に嫁がせ、姻戚関係を結ぶ。 然し 回鶻の邁進は止まず、至る所で暴行事件を引き起こす。

 ウイグルの同盟者・ソグドが画策する 唐を乗っ取れと…・・策謀が渦巻く

 大帝国ウイグル内部で不協和音が鳴り響く、唐を盗れと唐を立てろと また カルルクとの縒りを戻せ と 不協和音は事あるたびに外部に漏れる。 諜報活動は世の常ですから。

 寧国公主の死(7世紀末頃)に前後して ウイグル内部は分裂して行く。 吐蕃・カルルクが数度 ウイグル領地に襲い掛かる。 更に 天災と人災が襲う。

 ウイグル王の死・旱魃での食料不足が蒙古高原に かつ 悪性伝染病が蔓延する。 北方バイカル湖畔のキルギス族が南攻してくる。 南の虎・北の狼 内部の策謀と不和に 深窓育ちの後継者では 獰猛な野獣は調教できぬし、内部に耳を傾ければ猜疑心で身が竦む。

 施す策のないまま 840年 ウイグル帝国は崩壊する。 キルギスの総攻撃が直接の原因であったと史書にある。 結果 民は四散した。

 南へ西へと・・・・・・ されど 遊牧民は強い、

 860年代 ウイグルの民は天山ウイグル王国を 890年代には甘州ウイグル王国を成立させている。 しかし、現代 ウイグル民族が自治権を確立しているこれらの地域での覇権争いは 9世紀以降も絶えた事がない。

 シルクロードは富を生む地域ですから 遊牧民族が侵略する。 争奪戦が行なわれ、民族の利害・存続を掛けて覇権を競う。 広大な地域で 過酷な環境で、ダイナミックな中央アジアの歴史には興味 尽きることはありません。

       ・・・・・歴史と言えば クチャ(亀茲王国)の重要人物を紹介せねば・・・・・・・

 鳩摩羅香什(クマラジーバ)その人です。 玄奘と共に二大訳聖と言われている。 遣唐使が活躍の時期には玄奘の仏典漢訳が成されておらず、日本仏教は鳩摩羅香什の偉業に開花したと哲者は言っている。

 父はインド人 母は亀茲国・国王の妹であり、350年に当クチャで生まれている。 大乗仏教を中国・朝鮮・日本に広めた機縁の仏僧です。

 壮年期に中国(当時 五胡十六国時代末期)“涼”に亀茲国は攻め込まれ 捕虜と成る。 捕虜生活は18年間に及んだと言う。

 その間 有力国家“涼”の軍師として亀茲国を守る。 捕虜生活18年目 に“秦国”に迎えられ長安に出る。

 王命で妻帯させられ還俗する。 50歳過ぎの事であった。

以来 昼夜を違わず仏典(サンスクリット)の翻訳に勤め、60歳前に逝去したと言う。

 また この事跡から亀茲国・疏勒国はインド文化圏であった事が判ります。

 唐王朝の西への拡張・覇権主義がシルクロードを変貌させ、唐王朝の衰退がウイグル族が勢力をこの地に張らせ、定着して行った その背景・構図がお判りになったと思います。

 ウイグル族の支配の下、シルクロードがその性格を覚醒して行く。 八世紀以降 シルクロードは変貌して行く。 一言でその変貌とは”イスラム化・定着化”と言えるでしょう。

天山南路・4-2

【 7-8世紀の世界 唐・ウイグル・天竺・大食・渤海 】

天山南路・4-3

【 玄奘は北上したと思われる、天山神秘大渓谷 塩水渓谷の上流 】

                                                                                            *当該地図・地形図を参照下さい

 

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