天山・草原のシルクロード(8)

草原の道・8-1

【 ポロポロ山脈より 】

旅の誇りを流した我々は 帰路の途中で“天地”に寄る事にした。 天山山脈は雪嶺 ボゴダ峰5445mの登山基地にして景勝地である。

草原の道・8-2

【温泉を楽しむ バィツチン・マリヤム 才女マリヤム嬢 天地風景 沙漠風景 途上の山羊 天地スナップ】

草原の道・8-3

ボゴタ山脈・東天山山脈の主峰(モンゴル語で「聖なる山」を意味する)ボゴタ山の中腹にある美しい湖。

ウルムチの北東約100キロ、標高約1980mのところにある半月形の湖で、まわりは針葉樹に囲まれ、万年雪を抱いたボゴタ山脈とのコントラストがとても美しく、地元では「中国のスイス」と呼ばれている。 上海・北京の人々の憧れの地。

上高地や日本の風景に慣れ親しんだ私には さほど、これはとは思えるない。 が、砂漠地帯では格別らしい。

天地 季節はずれの雪が降った。 天地は雪化粧であった。

天地には伝説がある。 唐の時代に“瑶池”と呼ばれ、仙女・西王母が天山に住んでいた。 西王母が行水を行った浴場が瑶池(天地)と言われ、駐車場近くに在る小さな湖で足を洗ったと言う。

天地の奥には彼女を祭る社(やしろ)があるらしいが、伝説を既成事実に変えるのは どの民族でも同じらしい。

事実とすれば 想像を絶する巨体のグラマー仙女 孫悟空兄が その裸体を見ようとして見つかり、西王母VS孫悟空の格闘が繰り広げられたと 伝承されている。

日本の“山の神”は ただ 恐ろしいだけでユゥモアーが無いのは民族性か・・・・・

江都公主(こうとこうしゅ)の 悲しい史実がこの地にあります。

江都公主は、江都王劉建(武帝の甥)の娘。 名は細君、鳥孫公主(うそんこうしゅ)とこの地では 呼ばれています。

江都公主の父の劉建は、淫乱で残虐、しかも武帝に対して謀反を起こしたという罪で自害させられた。

その後、元封年間に娘の江都公主は漢と烏孫との友好の印として、はるか遠くの烏孫(・・・天山地方に勢力を張る。 2-3世紀、三世紀末 西突厥に覇権を奪われる。 “幻の湖(イシク湖)”の湖底に沈む城市は烏孫の遺構とされています・・・)の この地に嫁ぎ、烏孫王猟驕靡の夫人になったのです。

その後、猟驕靡王が老いたため、 遊牧民族である烏孫の習慣(レビラト婚・遊牧民の習慣)に従い、彼の孫の岑陬軍須靡に嫁ぐよう命令されます。

夫の孫の妻に、しかも夫が存命の内からその孫の妻になるという事は、彼女ら漢の人間の通念からすれば、受け入れがたい事であったでしょう。

江都公主は武帝に訴えた。 が、武帝は当時、烏孫と同盟して匈奴を攻めていたため、烏孫の習慣に従うようにと彼女に伝えた。

江都公主は岑陬軍須靡王の妻になった。 江都公主はそのまま烏孫の地で病死しました。

鳥孫公主は この天地の風景を こよなく愛した と言う。 亡骸はここ天地に葬られました。 この天地で 故郷の情景を思っていたのでしょう。

彼女は心の内の苦しみを詩作で昇華させています。 望郷の漢詩が有名であるとのことだが私は知らない。

それにしても、漢王朝の弱腰外交が悲劇の女性を生んでいる。 匈奴の呼韓邪単干との和親に“王昭君”を差出し、この地では鳥孫公主。

もし 仙女・西王母が孫悟空兄と夫婦に成っていれば この悲劇は起きなかっただろうに、また 清の乾隆帝に召された“香妃”の人生も変わっていたであろう・・・・・とバカな妄想。

夜咄ー3-5

【・・・・・・・・・・幻想の夜・・・・・・・・・】

海抜1600m弱の駐車場からロープウエーで一気に1900mまで登り、歩くこと半時で 海抜1980m(覚えやすい)の湖面にでる。 大きな湖であった。 湖の奥に霊峰ボゴダ峰がある。 しかし 懐に入りすぎて尾根を越えなければ見えないのが残念。

雪が降りだした。 湖面を離れ 樹林帯を下り、ロープウエーの乗車駅を囲む飲食街でカザフ流カバブーに舌を鳴らした。

この6月の中旬に 湖面が雪に覆われ、昼間に雪とは珍しい と店主はいった。 ここ飲食街はカザフ族の経営が多いとも言った。

天山山中の住民はカザフ族が多い。 カザフ族は成吉思汗の長子“ジュチ”に従属していたが ロシア・ロマノフ朝が勢力を伸ばすとその先鋒として東方に移動してきた遊牧民。 天山山脈ではキルギス族と住み分けている。

カザフ(コザック)は ボロデンの民族交響詩曲で親しまれている踊り・音楽で有名です。 また、ロシアのシベリヤ開発の先兵として蒙古族を南方に追い、アムール河を挟んで清朝と対立して行きます。 その勇壮果敢な闘争心が現在のカザフスタンを特異な国にしています。

この地は民族の展示場だ。 バリクル草原はキルギス族が中心、ジュンガール砂漠西部の草原はモンゴル族 サムリ湖周辺はカザフ族である。 移動住居を蒙古族はパオと呼び、カザフ族はキーグズイ キルギス族はゲルと呼ぶ ゲルはチベット族だったかな

天山の山裾に入ればヤギ・羊を放牧している遊牧民に出会う。 私はカザフ族に親しみを覚えている。

過日、天山山脈・ホロホロ山脈(イリ渓谷の北の山系)中腹で 約一週間蒙古族のパオで遊牧民の生活を楽しんでいた折のこと。 偶然出会ったカザフの騎馬する老人が 肩に鷲を留ませ、ライフル銃を背負い、独特の帽子を深く被り、超然と胸をはり、自信に満ちた眼差しで私を一瞥し 小さく頭を下げて 森の中に消えて行った。

あのタイム・スリットした瞬間を 車に揺られて 思い出していた。

草原の道・8-5

【中国の少数民族分布図 ;次回で 特異な存在“錫伯族”の悲しい歴史を話しましょう 】

 天地を下り、小一時間 ウリヤスタ(阜康市)に出た。 草原ルートの要塞であったが、現在は 巴里坤哈薩克(バイクル)草原の農産品の集積地。 火力発電所があり、近代都市である。

車は高速道路314号線に入り、米泉を抜け ウルムチ市に夕刻着いた。

四ヶ月後の九月、ウルムチ動乱の直後、厳戒下のウルムチを脱失してアルタイ山麓に私達は向かった。           * “天山・激動の草原地帯”で記録を報告します *

                         *当該地図・地形図を参照下さい

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