探検家・冒険家 =4-②=

3D投影システムで再現する現代の探検家 = アルバート・ユーミン・リン =

~チンギス・ハーンの墓を求めて~

ユウミンー4-

モンゴルへ;

 “立ち入り禁止地帯”に至るまでの10年間に、リンはパキスタンやカンボジア、中国、チベット、モンゴルなど、さまざまな辺境を夏季に1人で訪れた。 人類共通の文化遺産を探し出して保護するという彼の情熱は、その経験により培われたと言える。

 「モンゴルでは馬を買って地方まで走り、遊牧民と一緒に生活しようと思っていた。 荷物は着替え1着とGPSだけ。 みんなにはクレイジーだと言われた。 でも、クレイジーと言われれば言われるほど、皆が間違っていることを証明したくなった」。

 「モンゴルには、1000年前からあまり変わっていないような生活と世界が広がっていた。 その中心には独特の存在感を放つチンギス・ハーンがいたが、その真の姿は歴史の中に埋もれていたんだ」。

 このモンゴル行は2007年、カリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)大学院で材料科学および工学プログラムにより博士号を取得する前年だった。 「自分たちの家族は北部の出身だといった祖父の言葉の意味を知りたくて、荷物を詰めて北京行きのチケットを購入した」という。

 大学院を終える際、元香港映画スターの母と天体物理学者の父は、「ラーメンよりもステーキが食べられるような職をすぐ探すように」と強く望んだという。

 しかし、リンは大学院後の経歴をハイリスク・ハイリターンのプロジェクトから始めることに決めた。 生活が安定する見込みはほとんどなく、成功する可能性はゼロに等しい賭けだった。

ユウミンー5-

イフホリグ “立ち入り禁止地帯”

 母校UCSDが墓探索の出発点として最適であると気付いたリンは、自分の思いを行動へと移す。 大学の友人の中には、無人航空機やリモートセンサー、地理情報システムなど、さまざまな分野の専門家がいた。

 これらをうまく組み合わせれば、昔ながらの考古学探検に最先端技術の利点を統合することができる。 都合の良いことに友人たちは、リンと同じようにロッククライミングを好み、未開の地で過ごすことも平気で、冒険と言えば目の色を変え、右と言えば左という仲間が揃っていた。

  ナショナル ジオグラフィック協会/ウェイト助成金プログラムの支援も獲得したリンの研究チームは、翌2009年の7月初旬にはロシア製のレンタルトラックに乗ってモンゴルの首都ウランバートルの北方を走っていた。

 地図上では、イフホリグの最初の目的地には6時間で到着する予定だった。 しかし、車の故障、深い泥の穴、ヤギのけが、車輪を取られる湿地が待ち受けており、さらに立ち入り禁止地帯の入り口では、こちらの言い分にまったく耳を貸さない警備員が立ちふさがった。

 結局、最初のベースキャンプとなる2つのゲル(移動式住居)を設営したのは2日後だった。

 3週間かけて立ち入り禁止地帯周辺を探索。 見渡すかぎり未開の地を徒歩やウマに乗って進んでいく。  探検隊は、オオカミの襲撃や無人航空機の爆発炎上などの困難に立ち向かった。

 ヤギのステーキ、ヤギのシチュー、ヤギ肉入りのパンらしきものを食べ、馬乳酒で胃袋に流し込んだ。

ユウミンー7-

 ある日の午後、谷を渡っている最中だった。 リンは、ほかに何もない平原の真ん中に草の茂った小さな丘を発見した。 妙に左右のバランスが取れていた。 「埋葬塚に違いない。しかも大きさから判断して王家の可能性が高い」。

 周囲は低木の茂みにぎっしりと覆われ、イノシシが大量に生息している。 探検隊はものともせずに押し進み、丘の上までよじ登った。さっそく地下調査を実施したが、丘はただの丘だった。

 探検隊の落胆は、すぐ次の興奮に取って代わることになる。  2日後、ある山に登り、かなりの高さの山腹にある古代神殿に到着した。 それまで誰も調査したことのない場所だ。

 発掘は一切行わない。 最近木が倒れた後の露出した地面を調査しただけで、素晴らしい人工物が大量に発見された。 中には、堂々たるライオンの顔が浮き彫り模様で施された粘土のメダルもあった。 チンギス・ハーン時代の遺物に間違いない。

 最終的にリンの研究チームは、埋葬地候補を数十カ所特定して調査行を終えた。 アメリカに戻ってからも、リンはリストの更新を続けている。 実世界のデータをスターケーブのバーチャルワールドに変容させ、足を伸ばせなかった地域を、冒頭で紹介したように探索するのだ。

ユウミンー12-

モンゴル国(Монгол Улс)、通称モンゴルは、東アジア北部に位置する国家。東と南を中華人民共和国(中国)・内モンゴル自治区と、西を中国・新疆ウイグル自治区と、北をロシア連邦とそれぞれ接する内陸国。首都はウランバートル。

モンゴル民族の居住地域であるモンゴル高原のうち、清国支配下において中国語で外蒙古と呼ばれたゴビ砂漠以北の一帯にほぼ該当する領域を国土とする。  これに対し、南部の一帯が内蒙古で、現在は中国領となっており、「蒙古族」(中国国籍のモンゴル人)のための「民族区域自治」単位として内モンゴル自治区等が置かれている。

東アジアの北西部に位置し西には標高4,300mのアルタイ山脈と標高3,500mのハンガイ山脈(英語版)がそびえ、東には1,000 – 1,500mの高原が広がり北東には針葉樹林が広がる。 あとの国土は高山砂漠とステップの植生が南の海抜平均1,000mのゴビ砂漠まで続いている。

国土の5分の4を占める草原ステップは牧草地に使用されている。重要な河川はバイカル湖に注ぐセレンゲ川とアムール川を経てオホーツク海(太平洋)にそそぐヘルレン川がある。  近年、国土の90%で砂漠化が進行しており、6万9000平方kmの牧草地帯が姿を消した。

モンゴルで見られた植物種のうち75%が絶滅、森林伐採により、川の水位は半減、北方の森林地帯を中心に3800の河川と3500の湖があったが、2000年以降、約850の河川と約1000の湖が地図上から完全に姿を消している。

ユウミンー13-

民族・宗教; 国民の大半を占める多数民族。 中でもハルハ族が最大で、他のモンゴル系諸民族は少数民族である。 主な宗教はチベット仏教で、歴史的にチベットとの関わりが深い。 またシャーマニズム信仰も根深い。 どちらも社会主義時代は抑圧されていたが、民主化以降復活を遂げている。

モンゴル系・モンゴル民族(ハルハ・モンゴル民族=現体制になってからハルハ族固有の姓で登録した国民が多く、正確な人口は不明=)、バルガ民族、バヤド民族、ブリヤート民族、ドゥルベッド民族、オイラト族(起源はテュルク系と見られている。 モンゴル国からモンゴル民族の一員とみなされているため正確な人口は不明であるが、約15万人と見られる。 西部に居住)

テュルク系・カザフ民族(約4%(約10万人)で少数民族になるが、西部のバヤン・ウルギー県では人口の大半を占める。 概ねイスラム教徒)

ツングース系・エヴェンキ民族(約1000人。北部セレンゲ県に居住する。 伝統的にシャーマニズム信仰があるが、ロシア正教の影響もある)

ツァータン・トゥバ民族(300人前後が北部のフブスグル県に居住しているトナカイ遊牧と狩猟、採集、漁撈を行う民族。 円錐形の移動式家屋「オルツ」に住む。 「ツァータン」はモンゴル民族が使う他称であり、自らは「トゥバ人」「タイガ(針葉樹林帯)の人」などと名乗っている。 この周辺の針葉樹林帯を行き来していた人々は、自らの居住地域が20世紀初頭モンゴル国とトゥヴァ人民共和国に分離された。 伝統的にシャーマニズム信仰があり、モンゴル系の影響でチベット仏教徒も多い)

・・・・・・続く・・・・・・

                         *当該地図・地形図を参照下さい

—— 姉妹ブログ 一度、訪ねてください——–

【疑心暗鬼;民族紀行】  http://bogoda.jugem.jp

【浪漫孤鴻;時事心象】  http://plaza.rakuten.co.jp/bogoda5445/

【閑仁耕筆;探検譜講】  http://blog.goo.ne.jp/bothukemon/

【壺公慷慨;世相深層】  http://ameblo.jp/thunokou/

※ 前節への移行 ≪https://thubokou.wordpress.com/2013/07/25/

※ 後節への移行 ≪https://thubokou.wordpress.com/2013/07/27/

ブログランキング・にほんブログ村へ クリック願います 

広告