探検家・冒険家 =30-①=

挑戦者達の苦闘= 地上第二位の高峰への無酸素挑戦 =

~  非常の山“K2”≪Gerlindeの手紙≫ ~

K2-46

=Dispatch #1—August 2, 2011

6 月 17 日、2011 年 国際 K2 北柱稜遠征のメンバーは世界第二の高峰、目指して中国・新疆省のカシュガルに入った -10 週間の計画- キャラバンの開始地点である。

カシュガル、中国古代シルクロードの中核都市カシュガルから遠征は始動する。

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※;カシュガル地区は中華人民共和国新疆ウイグル自治区の西南部に位置する地区。 カシュガル地区行政公署が設置されている。 民族構成はウイグル族が90%、漢族8%、その他2%となっている。

同自治区のクズルス・キルギス自治州、アクス地区、ホータン地区およびパキスタン(カシミール地方)、アフガニスタン(バダフシャーン州)、タジキスタン(ゴルノ=バダフシャン自治州)に接する。 また、同自治区のトムシュク市を囲むように接している。

カシュガル市は中華人民共和国新疆ウイグル自治区カシュガル地区に位置する県級市である。 同地区の首府が設置される。 人口の80%は土着のウイグル族など少数民族が占める。

カシュガル大都市圏人口は120万人に達する。 古くからシルクロードの要衝として、またイスラームの拠点都市としても発展し、国家歴史文化名城に指定されている。 古代には疏勒国の国都であった。

タクラマカン砂漠西端に位置するオアシス都市で、天山山脈の麓に位置し、標高は1200メートル。 地勢は平坦で、土地は肥沃であり、モモ、ブドウ、イチジク、アンズなどの果実を産出する。

中央アジアやインド、中国本土から延びる交通路が交わり、古くから交通の要衝であった。 1999年12月、南疆鉄道のコルラ-カシュガル間が開通し、ウルムチほか中国各都市からの鉄道アクセスの基盤が整った。

タシュクルガン、クンジュラブ峠を経るカラコルム・ハイウェイ(中パ公路)でパキスタン北部フンザ、ギルギットと、ヤルカンド、カルギリク(葉城)を経る新蔵公路で西チベット、アリ(阿里)、プラン(普蘭)と結ばれる。

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K2-62

 我々は小さな遠征隊だ。 しかし、 経験豊富な隊員が多様な国から参加、 精鋭のチームだ。

探検隊のリーダーはラルフ・ドジモビィツ(Ralf Dujmovits)。 私・ギャリンデ(Gerlinde)とラルフはドイツから来た。 ラルフは 私たちが登頂を企てるK2 を、登山家たちの羨望の登頂ルートである南(パキスタン) 側から 1994 年に登頂を果たし、 世界の 14 座(8000m峰)のピークを踏んだ16 人の中の一人で経験が豊富。 私は、今回より困難なルート しかも 無酸素でこの“非情の山・K2”を足下にかしずかそうとしている。

私は、世界の 13座(8000m峰)のピークを踏もうと心中深く目論んでいる。 この度の遠征計画は自身のリストを完了させるにもK2 の登頂が必要なのです。 14 の 8,000 メートル峰を酸素補給なしで登頂した最初の女性になる栄誉を刻むために・・・・・今回の遠征隊では私が唯一の女性隊員です。

他のメンバーを紹介しておきます。 8,000峰のK2 を登る資格が十二分にある、また その必要がある二人の若いクライマー 、カザフスタンのマクィト・ズマヤヴ(Maxut Zhumayev )とワシリー・ピヴィソブ(Washiry Pivtsov )が我々のK2クラブに参加しています。

彼らはカザフスタンの英雄であり、各々の登山歴の上に 世界の高峰を我がものにした6 番目と 7 番目の足跡を刻印しようとする精鋭の登山家です。

アルゼンチンからトミー ハインリッヒ(Tommy Heinrich)、K2 には 三度目の時間を持とうとしている。

他に、チーム・メンバーのダレク・ズルスキー(Darek Zaluski)は、今回の遠征にて 4 回目の攻撃をK2に仕掛け 登頂成功の吉報を祖国・ポーランドに持ち帰ろうと参加している。 冷静沈着な若手のエリートです。

6 月15日(金曜日)の夜 我々は カシュガル市内のレストランでウイグル式宴会を開いた。 私たちの連絡担当官イスカンダル・アヴィブラ( Iskander Abibullah) と市内の探検隊のエージェントと共に。

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 6 月16日(土曜日)は、私たちの登攀用具・ギアの整理、ロープ、テント、高所用ダウン・ジャケットのスーツ、氷のネジ、大型無線通信機、小型トランシーバー、各種の電池、ヘッドランプ、各種の野営備品 各種電線 等々を点検して終日過ごした。

これらはいずれも近代的な遠征には絶対必要で不可欠な精巧なもので 太陽電池を動力とする電気システムのものが多いのです。

『我々は フィックス・ロープ(安全対策上の固定ロープ/ザイル)のように電気ケーブルを携帯している』とラルフは冗談ねかしに言うが、現代の登山遠征に於いては必需品の数々です。

バザールに出向かと、新しく変貌したカシュガルを反映しているミンシン・スーパマーケット市場では必要な物品の全てが揃っていた。 ランジェリーに魚の薫製 — 化粧品に衣服・民族衣装 それに 日用雑貨と装飾品・伝統工芸品や絨毯・・・・

6 月19日(火曜日)  我々は 三台のトヨタ ランドクルーザーに乗り込んだ。 一台のトラックが先行し、ランドクルーザーそれに続き カラコルムへ向かった。 パミール高原の東端部を走る。

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※; パミール高原(Pamir Mountains)は西アジア最東端のヒンドゥークシュ山脈の付近にある高原である。 中国では “葱嶺”(そうれい)とも呼ばれていた。 タジキスタン、アフガニスタン及び中国にまたがり、「世界の屋根」とも呼ばれる。 平均標高5000m。中央部は高原状。 最高峰は、中国とタジキスタンにまたがるイスモイル・ソモニ峰(7495m)。 ゴルノ・バダフシャン自治州にはイラン系アーリア人のパミール人が暮らす。

※;ヒンドゥークシュ山脈は、主にアフガニスタン国内を北東から南西に1200kmにわたって延びる山脈。一部はパキスタン西部にも広がる。 ヒンドゥークシュはペルシャ語で「インド人殺し」を意味する。

山脈は単一ではなく、最大幅500kmにわたる山地となっており、アフガニスタンの首都カーブルも山脈を区切る幅の広い盆地に位置している。 北東部ではタジキスタン領内のパミール高原(ゴルノ・バダフシャン自治州)やインド・パキスタン間で帰属に問題があるカシミールに接し、ヒマラヤ山脈の西端であるカラコルム山脈西部とつながっている。

2つの山脈が接する東経74度の地点にはバツラ氷河の源流がある。 ヒンドゥークシュ山脈は南西に延びていくにしたがって複数の支脈に別れていく。 いずれもカンダハル平原が南西の端となっている。 最高峰はティリチミール (7690m)。 7000m以上の峰としては、ノシャック (7492m)、イストルオナ (7398m)、サラグラル (7349m)などが際立つ。

ヒンドゥークシュ山脈は古来から東西南北の交通の障害となってきた。 このため重要な峠が点在する。中央アジアとインドを結ぶ峠道が多数あり、ハワク峠 (3548m)はアレクサンドロス3世(大王)やティムールが通過している。 シバル峠(2978m)、サラン峠(3363m) はカーブルと中央アジアのマザーリシャリーフを結ぶ重要な道路が通る。

国際道路であるアジアハイウェイは、イランのテヘランを経由し、西からアフガニスタン国内に入る。 しかし、ヘラートの町でヒンドゥークシュ山脈にぶつかる。 そのためハイウェーは南に向きを変え、ギリシクとカンダハールを通ったあと、北東に進み山脈内の谷間を抜けてカーブルに到達する。 その後、東のカイバル峠を越えてパキスタン国内に入る。

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・・・・・・続く・・・・・・

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