マヤ・インカ文明 =Ⅰ- 60

メソアメリカの古代文明  =文明・文字と伝承=

~ 知ってるようで知らないマヤ・インカ文明 ~

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植民地支配体制の確立とその様相

インカ帝国の権勢が及ばなかったラ・プラタ地方(現在のアルゼンチンウルグアイパラグアイ)では、1516年にフアン・ディアス・デ・ソリスが現在のウルグアイの地に上陸した。 ラ・プラタ地方の大西洋側にはチャルーア人グアラニー人が居住していたが、ソリスはインディオのチャルーア人に殺害された。

1536年にバスク人貴族のペドロ・デ・メンドーサがラ・プラタ川の西岸にヌエストラ・セニョーラ・サンタ・マリア・デル・ブエン・アイレ(現在のブエノスアイレ)を建設し、1537年にはパラナ川の上流にフアン・デ・サラサールによってヌエストラ・セニョーラ・サンタ・マリア・デ・ラ・アスンシオン(アスンシオン市)が建設された。

ブエノスアイレスは飢えとインディオの攻撃により、1541年に放棄されたが、生き残りはアスンシオンに避難し、以降しばらくアスンシオンはラ・プラタ地方の中心地となった。 アスンシオンからの植民団のヌフロ・デ・チャベスにより、アルト・ペルー東部にサンタクルス・デ・ラ・シエラ(ボリビア第2の都市)が建設された。 その後もアスンシオンからはサンタフェ(アルゼンチン、1573年)、コリエンテス(アルゼンチン、1580年)などが建設され、1580年にはフアン・デ・ガライにより、ラ・トリニダーとしてブエノスアイレスが再建された。

ラ・プラタ地方の開発は内陸部のペルー方面からも進められ、1553年には植民地時代最古に建設された現存するアルゼンチンの都市サンティアゴ・デル・エステロが建設され、1573年には中部のパンパにコルドバが建設された。アイマラ人の居住していた地にもサン・ミゲル・デ・トゥクマン(1565年)とサルタ(1582年) が建設された。1560年にはチリからの植民団によってメンドーサが建設されたが、メンドーサはチリ総督領に組み込まれた。

ラ・プラタ地方やチリでもインディオの征服は進められたが、パタゴニアのチャルーア人やマプーチェ人は頑強にスペイン人に抵抗し、遂に植民地時代を通してスペイン政府は彼等を征服することができなかった。

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パラグアイやアルゼンチン北東部、ウルグアイ東部、ブラジル南部、ボリビア東部ではイエズス会によるカトリック布教村落が多数築かれ、グアラニー人チキート人に対する布教が進められた。 最初の布教村落は1610年に建設され、イエズス会伝道所はスペイン王権を受け入れない独自の世界を築きあげた。 イエズス会の伝道所ではインディオの改宗事業と共に、グアラニー語が保護され、奴隷労働は禁止された。 しかし、ポルトガル領ブラジルサンパウロを拠点とした遠征隊バンデイランテによって布教村落は度々襲撃され、その度にグアラニー人は奴隷化されてブラジルに連行された。

征服後、スペイン人を頂点とする厳格で抑圧的な植民地支配の体制が確立されていった。 征服後の社会でスペイン人たちは圧倒的な社会的、経済的な力をもち、それを背景に多くのインディオ女性をとして性的関係を結ばせた。

これによってメスティーソの数がさらに、増加することとなる。 また、スペイン人の文化が至上のものとされ、インディオの文化は卑しく醜いものとされた。 さらに、アフリカ大陸から多数の黒人奴隷が連行され、北はフロリダ半島から南はラ・プラタ川まで各地で黒人は家内労働やプランテーションでの重労働に配され、従事した。

征服活動が一段落したのちは漸次制圧地域の安定化が図られ、南アメリカのエンコミエンダ制やコレヒドール制、ミタ制といった植民地支配のための制度の整備は1569年から1581年まで着任したペルー副王フランシスコ・デ・トレドの統治によって完成した。

ミタ制でかき集められ、ポトシの鉱山で強制労働に服したインディオは強制労働によって多数死亡し、「鉱山のミタ」はインディオから恐れられた。  ポトシ鉱山は1545年に現ボリビア共和国の南部に当たる地域に発見されたが、その豊富な銀を採掘するためにトレドの改革によって定められたミタ制によってティティカカ湖周辺やクスコから集められた人々は酷使されたのである。

トレドは1572年に水銀アマルガム法を導入して銀生産量を上げたが、採掘のために酷使された先住民の多くは苦役の末に死亡し、その数は100万人とも言われる。 このようにインディオは奴隷農奴として搾取され、安価で酷使されるプロレタリアートとなってスペイン人の経済活動に奉仕させられた。

インディオへのカトリックの布教も大々的に進められ、キリスト教への改宗と、インティパチャママへの信仰といった本来のインディオの信仰の廃棄が暴力を背景として進んだ(強制改宗)。 一方でイエズス会布教村落が築かれたパラグアイなどではスペイン・ポルトガル王権からのインディオの保護が進んだ。

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しかし、征服当初からの疫病(インディオは旧大陸の病気に免疫を持たなかった)、戦争、強制労働によって15世紀から17世紀までの間に数千万人単位のインディオの命が失われ、カリブ海の大アンティル諸島のようにインディオが絶滅した地域もあった。 どれだけの人口減があったかは定かではないが、少なくともペルーでは、インカ帝国時代に1000万を越えていた人口が1570年に274万人にまで落ち込み、1796年のペルーでは108万人になったと推定されている。

他方、スペインの征服事業は思想的な正当化が図られた。 初期においてはキリスト教信仰と、「半人間」である非キリスト教徒のインディオへの改宗事業によって思想的な正当化が図られた。 これに対し、1537年にローマ教皇パウルス3世が「新大陸の人間は真正の人間である」と宣言し、インディオへの非人道的対応を改めるようカトリック教会の立場を打ち出したが、人文主義者ファン・ヒネス・デ・セプルベダのように、教皇の宣言を認めない人物も現れた。

これに対し、バルトロメ・デ・ラス・カサス神父のように、キリスト教の立場からインディオ文明を擁護したスペイン人も少数存在したが、植民地支配体制を揺るがすことは出来なかった。 キリスト教の後に犯罪の思想的正当化の試みは啓蒙主義自由主義によって行われ、フランシス・ベーコンシャルル・ド・モンテスキューデイヴィッド・ヒュームらはインディオを「退化した人々」とし、ヨーロッパ人による収奪を正当化した。

19世紀に入ると、「近代ヨーロッパ最大の哲学者」ことヘーゲルはインディオや黒人の無能さについて語り続け、近代哲学の立場から収奪を擁護した。 19世紀後半には社会進化論などの様々な立場から、インディオやメスティーソ、黒人に対する収奪を近代科学によって正当化する試みが進んだのです。

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この征服によって中南米社会の様相は一変し、現在に至るまで続く白人優位の下にメスティーソ、インディオ、黒人といった社会構造が形成された。 スペインによって征服された地はインディアス、または、イスパノアメリカと呼ばれるようになった。

イスパノアメリカのポトシグアナファトサカテカスの鉱山ではが、ベネズエラではプランテーション農業でカカオなどが、インディオ黒人の奴隷労働によって生産され、生産された富はスペインでは蓄積されずに戦費や奢侈に使われ、西ヨーロッパ諸国に流入して価格革命商業革命を引き起こした。

この重商主義的過程は、大西洋三角貿易によるイギリスバルバドスジャマイカフランスサン=ドマングでの砂糖プランテーションによる収益や、18世紀のゴールドラッシュによりポルトガル領ブラジルからイギリスに大量に流出したと共に、西ヨーロッパ諸国の資本の本源的蓄積を担い、オランダイギリスにおける産業資本主義の成立と、それに伴うヘゲモニーの拡大を支えた。

一方、ヨーロッパの繁栄とは対極にラテンアメリカ現地では資本流出により経済の従属と周辺化が進み、僅かに残った資本もスペイン同様奢侈に使われ、蓄積されることがなかった。 鉱山やプランテーションでの重労働により民衆の困窮も続いた。 エドゥアルド・ガレアーノ西インド諸島での奴隷貿易や、砂糖プランテーションによる西ヨーロッパ諸国の資本の本源的蓄積と併せてこの過程をこう述べている。

「この全過程は、たとえて言えば、ある一式の血管から別の血管にポンプで血液を注入する過程だった。すなわち今日の開発の進んだ国々は開発を進め、他方、開発の遅れている国々は低開発を開発していったのである。」

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また、アメリカ大陸とヨーロッパの相互に様々なものがもたらされた。 ヨーロッパからアメリカ大陸にもたらされたもので重要なものには、世界宗教としてのキリスト教コムギサトウキビコーヒーなどの農産品、馬・などの家畜車輪、鉄器があり、加えて、ヨーロッパ人自身も入植者としてそれに含まれ 同時に 天然痘麻疹インフルエンザなどの伝染病がもたらされた。

一方アメリカ大陸からヨーロッパには、 メキシコ原産のトウモロコシやサツマイモ、東洋種のカボチャトウガラシアンデス高原原産のジャガイモや西洋種のカボチャ、トマト、熱帯アメリカ原産のカカオなどが伝えられ、スペイン料理イタリア料理などのヨーロッパ諸国の食文化に大きな影響を与えた。 その他にはタバコ梅毒も伝えられた。

イスパノアメリカは同時期のポルトガルによる植民地化と併せて、19世紀半ばからこの地域はラテンアメリカと呼称されるようになった。

もはや、インディオ達の姿はない。

※; 次回はナスカの地上絵で知られるナスカ文化の謎を今一度探ってみよう。   また、埋もれた文明を掘り起こす日本人考古学者の足跡等を追って行こう。

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・・・・・・続く・・・・・・

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