小説・耶律大石 第一章(07)

阿骨打 2

五原に大石たちが 辿り着いた日から 二ヶ月が過ぎていた。 1124年 春 帝都の梅花が咲き、散り出す頃である。 ここ陰山山麓の王庭には、無論 梅林は無い。 風は未だに 身を刺し、時折起こる突風が 沙漠の流沙を巻き上げた。 地表に砂が舞い  微小の流沙が天空を曇らせる。 上空に舞い上がった黄砂が燕京(北京)の空を黄色く変える。 黄河は凍りつき、生命の息吹はない。

仮寓とは言え、王庭は前方に広がる葦原と後背の砂漠地帯と水なき山稜に守られ、穏やかであった。 ただ、緑少なく 急造の王宮を見れば 砦の観である。 王宮を思わせるのは後宮の存在のみであろうか・・・・・・

遼の皇帝・天祚帝は金軍に追われるように来訪下北遼皇帝・秦王殿下(天祚帝の正嗣五男・皇太子)を疎み、また 摂政する天錫帝の未亡人の蕭徳妃を猜疑の眼で見るようになっていた。 耶律大石は 自分達が即位させた天錫皇帝の寵愛皇后・蕭徳妃を皇帝・天祚が 己の幾人目かの妃に望んでいることを この地に着て、まもなく知った。

また 秦王殿下の摂政皇太后としての立場から 天祚帝の後宮に入る事を皇后が拒絶している事実をも知った。 以来 摂政皇后の意を汲みとった大石は、事あるごとに皇帝に異議を唱えている。 しかしまた、皇帝が幼年の実子・五男を皇太子・秦王として冠位を与えている事実に、 皇帝が秦王皇太子を疎み始めた理由は全く見当たらなかった。 がしかし 大石には、皇帝が秦王皇太子(北遼皇帝)を疎み始めた理由は摂政皇后の美貌に起因しているのでは・・・・・また “皇太子の存在が摂政皇后の拒否に結びついている” のでは・・・・

過日の事。 保大元年(1121年)に、枢密使の蕭奉先(しょう ほうせん、遼の外戚)が、天祚帝の長男で太子候補の晋王耶律敖盧斡と遼の宗室である上京路都統・金吾衛大将軍の耶律余睹(晋王の叔母の夫、金の太祖・阿骨打に投降)と対立していた。

そのため、蕭奉先は妹の蕭元妃が産んだ秦王耶律定を太子とすべく「余睹による晋王擁立の陰謀あり」と讒言し、天祚帝はこの言葉を信じてしまった。 そのため、危険を感じた余睹は金に降ってしまい、間もなく晋王の生母の蕭文妃は賜死させられ、さらに翌年1月に、擁立の疑いを持たれた晋王も絞首刑に処されてしまう。 蕭奉先の思惑通りに秦王が太子に定まった。

しかし、金の太祖と入来山で戦って大敗した天祚帝は戦場離脱し、長春に逃れ 逃亡した。 留守を預かる皇族の耶律大石と李処温らは天祚帝の従父の耶律涅里(淳)を擁立し北遼を建国した。 燕京にて涅里(淳)は天錫帝として即位するが三ヶ月で崩御し、北遼皇帝は秦王・耶律定が蕭徳妃摂政の下に擁立されたのは昨年(1122年)の10月のこと。 以来 金の阿骨打が軍勢に追われて、遼の皇帝・天祚帝の下への逃避行なのだ。

だが、その天祚帝は暗愚な性格で政務を顧みず、諫言した臣下に対しては処罰を以って臨むなど、遼の弱体化を露見させ、民心の離反を招いたのだ。 好色でもあった。

阿骨打 1

耶律大石は思い返している。 二ヶ月ほど前 この王庭の門を潜り 皇帝・天祚に拝謁した時の事を・・・・・ あの折の 皇帝の態度を 天祚帝の一言 一言を・・・・

「大石、汝 いかなるいわれで 我が従父の耶律淳を擁し 天錫皇帝として北遼を開かせたか 」 《その時 大石は 傲然と天錫帝を睨み、『天祚帝が逃げたから』と史書は記している》 顔色の変化を悟られぬように声を高ら目 皇帝は責問を続けた。

「我が忠臣、宰相・李処温と子女を誅殺したのは いかなるいわれか 」

『宋と内通した上、共に 擁した天錫帝を 薬をもって 崩御せしめた ゆえに』と大石は屹然と言う。 同席の蕭徳妃皇后の嫋やかな顔が 一瞬青ざめ 姿態がよろめいた。 その様を玉座から見下ろす皇帝は見逃さなかった。 大石は皇帝の冷ややかに蕭徳妃を見下していた視線が熱を帯びた事を知り、一瞬 憎悪した。

「この地に、皇太子を連れて参ったのは いかなる しょぞんか 」

「秦王殿下は 皇帝が冠位をお与えに成った皇太子、金と宋が合力を致した今 遼王朝を永続せしめるが 我が勤め。 皇帝が西に走られた空位の都で将軍・将士を束ね、民を安んずるには 天下人を擁立せねば 成りますまい 」 大石の皇帝を見上げる眼光は力を増し、その凛とした声は四辺を圧した。

「北遼は 今、皇帝の皇太子を擁立いたしております。 皇帝の血筋を絶やすわけには参りませぬ。 また、いま 帝都燕京では耶律余睹将軍が南の軍勢・20万余を駆逐し、北の阿骨打が50万の騎馬隊と対峙しておる事は ご存じであられましょう。 北帰によって 耶律家の遼を再興するしか 我が策は御座いません 」 大石は 臆すること無く 言い放った。 大石の才知・軍略を知る皇帝は威圧された。 しかし、皇帝は摂政の蕭徳妃皇后を見詰め、大石に視線を向けずに・・・・・・

陰山_ゴビ

未だ、春が訪れぬ 夕刻 四辺を眺めるでもなく、耶律大石は寒風に身を晒し、佇み 考えていた。 大小の湖面が散在する風景、湖面は氷結している。 草木は全て砂漠と同色の茶色。 音も無く、生命の営みは見られない。 《この王庭、わずか 三万足らずの陣容で、皇帝は 動こうともせず、間諜を都に送ろうともせず 西夏にのみ 誼を取り、己が延命のみを考えている》・・・・・のか。 《皇太子の摂生・蕭徳妃皇后さまのみが この局面を打開しようと 待っておられる》、《耶律尚将軍は何処を進んでおられる・・・・・・》・・・・・・されど、・・・・・。

皇帝は耶律大石の人望に 武勇に 英知に嫉妬していた。 天祚帝は、もとより 帝たる器ではない。 実子である皇太子・秦王を擁立する大石が目障りであった。 大石の献策を退け、西夏との誼を密にする策動以外に行動せず、華中の帝都・燕京の状況などには 全く関心を持たなかった。 ただ、天祚皇帝は 大石が保護するがごとく支え励ます天錫帝の未亡人・蕭徳妃の美貌のみが日々の関心事であった。 また、若き蕭徳妃皇后が幼き秦王を養護し、摂政するいるさまに 秦王を皇后から遠座けさせていた。  事あるたびに 皇后を孤立させたが、後宮に入れる策動は成功していなかった。 皇后は大石を支えにして、帝の要求を拒み続けていた。

天祚帝に与えられた吾妻屋の前で大石は、漠然と思案に耽っていた。 近辺に佇む配下の者はいない。 吾妻屋に一人 寝起きしているのだ。 時が過ぎたのであろう、大きな太陽が傾いていた。 草木の上辺が赤く染まり、氷結している湖面も陰影を濃くしている。

耶律大石-2-

 気づかぬうちに、吾妻屋の傍に僧姿の耶律楚詞が立っていた。 彼の影が長く伸び、大石は 今 その影に気付いたように顔を上げ、逆光で判別できない影主体を一瞥して その傍に歩み寄って行き、笑みを浮かべて 声を掛けた。

「安禄明はいかがであった、 それに 安禄衝殿は壮健であられたか 」その声にはねぎらいの暖かさがあった。

「これに、安禄明様の文が 」

「して、安禄衝殿には・・・・」

「安禄衝さまは、宋との戦いに 金の将軍として耶律余睹殿が善戦されている事をお喜びで御座いました。 ただ 西夏の要人、セデキ・ウルフ様からの知らせとして 天祚帝様が誼を図ろうとするも西夏王は確たる言質をお与えに成る考えは無い と 申されました 」

「さもありなん。 安禄衝殿の御家族は息災で在られたであろうが、 都の様子は いかがであったかのぉ 」

「安禄明様の計らいで、 いろいろ見てまいりました。 総じて、 民に落ち着きがなく、諸将も北・南からの重圧に耐えきるには 帝が不在の今 軍事統師殿の御旗が必要と言っていました 」

 

「耶律余睹殿には お会いしたかな 」

「いや、 北に向かわれており お会いできませんでしたが、安禄明さまは 声を落とされて 『余賭将軍は 一途な方 武弁のみで 大石殿のように 政経が無い、金の阿骨打に御されなければ良いが 』 と申されておりました 」

 

「いつ 都を離れた 」

「十日ほど前 太行山脈を超えて 当地に 」

「騎馬より 早掛けじゃなぁ・・・で、 山西・雲中のようすは 」

「南宋の間者が 入り込んでいるもよう、 この王庭にも居るやも 知れません 」

「兄上の身辺は・・・・」 と 楚詞は、大石との約束事の口ぶりで問うている。

「こちらが自若でも、皇帝が苛立っているのぉ、そろそろ 動きがあるかも知れぬ」

「兵は望郷の念が目立つように成ってはいるが、皇帝が動かねば兵も動けぬ・・・」

 

「さて、何もないが、 皇后様からの雉を戴いておる、都では口に出来ぬが・・・濁り酒に雉 僧姿の身には罪かも知れぬが 慧樹大師も目をつぶられよう、 中で 続きは聞こう・・・・」
===== 続く =====

                         *当該地図・地形図を参照下さい

 

—— 姉妹ブログ 一度、訪ねてください——–

【疑心暗鬼;民族紀行】 http://bogoda.jugem.jp

【浪漫孤鴻;時事心象】 http://plaza.rakuten.co.jp/bogoda5445/

【閑仁耕筆;探検譜講】 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon/

【壺公慷慨;世相深層】 http://ameblo.jp/thunokou/

ブログランキング・にほんブログ村へ クリック願います 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中