小説・耶律大石 第一章(09)

耶律大石-1-

「耶律時殿が お傍を警護しております、危害の心配は・・・・・・しかし 」 楚詞は話しづらそうに 続ける。 「お聞きの事だと思いますが、 天祚帝は寵愛の蕭皇后を病気で亡くされています。 五原に入って間もなくの事でした。 そして、摂政皇后を殺害なされ・・・・更には 前年 翌保大3年の春の事、 天祚帝は 些細なことから、蕭皇后の御兄弟 蕭奉先・蕭保先を、 その子の蕭昂、蕭昱とともに誅殺する凶事を起こしておられます 」

「 楚詞殿、 祖父の事は話しづらそうじゃなぁ ・・・・・」

「いえ、祖父とは言え、父を追い詰め、死を・・・ 五原にて 近くで観れば、皇帝としての いや 私くしからは・・・・」

 

「大石殿からの伝書鳩文にて蕭徳妃普賢女さまの変事は 先般 知り得ている。 また、天祚帝の行動の委細は、父より知らされているが、・・・・・・・」

「秦王・皇太子と前後して離れましたゆえ、 大石様のお考えは解りかねます。 ただ、大石様は 皇太子出立の朝、 見送りを控えられました。 草庵の縁にて 『摂政皇后が姿を見せず  時や儂が皇子を見送れば、兵が騒ぐ』と耶律時様と私に話され、 その後、大石様は『時・楚詞 他言無用ぞ、 一昨夜 皇后様は殺害めされた』 」 と 小声で話されたのです。 そして、 「また、独り言のように 『この地には 長くはおれまい』 と・・・・・・」

「天祚帝は大石殿を手放すまい、 北遼の支えとして戻らせるより、 大石殿の知略で己が身を 安全に保つ事のみ考えておられよう。 しかし、軽挙妄動に走るお方 奸臣の口に乗って、 何時・・・・・・」 安禄明は しばらく 腕を組み 考えていた。 貴族を思わせる聡明な顔立ちである。

「ところで、 楚詞殿、 石抹胡呂殿は知っておられるかな 儂の義弟じゃ 妹が嫁いでいる。 抹胡呂殿の妹が西夏の中興府(銀川市)に行きたいらしい・・・・いや、都の風説に恐れてのことかも知れぬが、 ご両親も 都に居るよりもと乗り気でいる所に、 父の思飽が絡み、早く旅に出してやりたい。 ウイグルの姫御だ。 中興府には縁者もおろう、 が、 道中 今の状況では 御輿に乗っての旅はできまい 」 と 涼しい眼差しで楚詞の顔を伺いながら 話の方向を変えた。

「楚詞殿、 姫御を 西夏まで送って行かぬか、 いや お転婆を連れ出してやらぬか・・・ 大石殿には 都の動きなど 文を走らせる 」

「大石様さえ ご納得 いただければ・・・ それに ご尊父のお役にたてる事なら・・・・・・」

「これはいい、嵩山少林寺の天狗が護衛するとあらば、 ご両親も安心 あのお転婆も、おとなしく ついて行こう。 ・・・ 急かせるようだが、善は急げ これから 抹胡呂殿に会い行き、ご両親にもお会いいたそう。 父の要件は 旅に出る前に聞けばよし として・・・  まず、髭をあたれよ、あの姫御が汝の姿に驚くとは思えぬが・・・」

耶律氏-2-

 都の西 香山の近く、城郭からは騎馬にて小一時間 森に囲まれた大きな屋敷に石抹胡呂は住んでいた。 両親も別棟の建屋で暮らしている。 乗馬姿の安禄明に気付いた門衛は 直ちに 大きな門を内側に開いた。  安禄明は笑みをその門衛に送り、騎馬のまま母屋に向かって行く。 その後を楚詞が屋敷内の静けさを壊すまいと静かな歩みで馬を進めて行った。

母屋への小さな内門で 馬を預け 安禄明は勝手知ったる我が家然と母屋に進み、庭に踏み入った。 木剣を交わす音が聞こえ、「さぁー 今一度」 と 叱たする女性の声がする。 進むにつれ、生垣越しに鉢巻を絞めた女性の後ろ姿の上半身が見え、幼女と対面しているようだ。 その向こうに巨漢の姿が見えてきた。

 

「・・・ おおー これは義兄さん」と 声高に しかし その声には落ち付がある。 巨体が歩みを始め、 黒髪を大きく空に舞わせて 鉢巻き姿の女性が振り向いた。

「こちらから出向くものを・・・・」と 巨体が 身を小さくするように生垣を回って近づいてきて、 頭礼し 頭をあげ、 訝しげに 「で、義兄さん こちらの方は・・・・」

「 立ち話では・・・ ご両親は 在宅かな 部屋にて話そう、 オヤジ殿のご意見も聞きたい用事で 二人して早駆けしてきたが春風が心地よかったぞ 」

「して 鳥賦呂は 剣の稽古はいかがじゃ まだ六歳の幼女、チムギどのがお相手では ちと可哀そうだ。 チムギどのが連れ出すのであろうが、鳥賦呂には剣より筆を持たすのが よろしの では・・・・ 」

「父が いつも 小言を言うのですが、あの気性、義兄さからも・・・・」

「それよ、 それ 今日は 格別の天狗殿に 同行願っての早駆と言う次第でのぉー 」 いぶかる抹胡呂に話す禄明の目は、笑みをたたえている。 傍で聞いている楚詞には軽やかな兄弟の会話が羨ましく聞こえていた。

「これは、これは むさい当吾妻によくぞ 下馬下されました 」 巨体の石抹言は驚き、息子の抹胡呂を横目で見て、言葉をついだ。 抹胡呂は敬愛の眼差しで耶律楚詞と義兄・安禄明を見ている。 母屋の書斎の中である。

 

「覗えば覗うほど、慙愧にも 今は 姿を隠された王記様に 似ておられる 」石抹言は巨体とは思えぬ身のこなし、隠者を思わせる落ち着き、異邦の目鼻立ちがくっきりする顔で まじまじと楚詞に慈愛あふれた眼差しを注ぎながら言った。

「母を 知っておられますか 」

「はい 晋王・耶律敖盧斡閣下の王庭に ご依頼の書物をお届けに参りました折、 二三度 お会いいたしております。 遼国一の美貌と謳われた御尊顔 忘れるものではございません 」

「・・・・ では、父 にも 会われていましたか 」

「はい、もともとは こちらの明殿がご尊父・安禄衝殿に連れて行かれ、 何かの話の折に、 『孟子』が話題に上りした。  後日 手前の書を持って上がりました。 それ以降 時刻が許す限り お目見え叶っておりました。 ・・・・・・・しかし・・・・ 悔やんでも致し方ございません。 普王閣下は性善説をよく用いられた王、仁義による王道政治を貫かれました。 誠に 残念でなりません・・・ 」

「あなたさまのことは 大石殿から 文にて聞いておりました。 また 安禄衝さまからも、 嵩山少林寺にて慧樹大師の教えを受けられたことも、 さらには 普王閣下がみまかれて以降 自らを王子とは言わせぬ事をも・・・・ 礼を失するかも知れませぬが、先ほどからの立居を身近に拝謁するまでも お会いできる前から感服いたしておりました 」 石抹言・抹胡呂親子は 青き髭ぞり跡が映える貴公子を 目を細めて見詰め その凛とした立振舞に感嘆している。

 

「して、義兄殿 お話とは・・・・」 抹胡呂が話の先を 急ぐ。

「先般、 父が楚詞殿に西夏への所要を依頼されて、 楚詞殿は 快くお引き受け下された 」

「なんと、 王子・・・いや 楚詞様が 西夏の中興府に向かわれるか、 して 御出立は・・・」

「私は 慧樹大師の下を離れて一年瀬半 耶律大石様の下で五原と燕京を行き来する 天狗です  御出立などと・・・・一人で いついかなる時でも・・・・」

騎馬戦

 何らの気負いもせずに言う楚詞に 巨体を進めた石抹胡呂が安禄明義兄に顔を向けるや「なれば、 同行者が居ても 差しさわりはないでしょうか・・・」と問いかけ、禄明が口を開こうとする前に 、「私には 西夏に向かう旅は、五山に向かうより長き道中 話し相手の道連はありがたいことでしょう 」

「なれば、 女性でも かまいませぬか 」

 

「今朝ほど、安禄明様から お話を伺い、 ここに来ております 」と答える楚詞に、一時の ある種の 安堵の静寂が室内に流れる中 石抹言と抹胡呂親子は目と目で合図を交わしている。

「尊父殿、 大石殿には 文にて了解を頂けましょう、 父の所要とて 急ぐものでなし、 話の先は お判りになられた事と 思われますが・・・・」 と 石抹言に 端正な顔を向けた禄明が静かに口を開き、抹言が言葉を継いだ。

「 禄明殿、 金の阿骨打は大軍を擁して 迫っております。 耶律大石軍事統師は五原で天祚皇帝に足止めされているとも 聞き及びます。 都は長くは持ちますまい。 先般来、愚息が話しております事、 老父の憂い お耳に入っていると思われますが・・・・・」と 安禄明に向けられていた彫の深い顔の石抹言には立派で白い顎鬚が美しい。 彼は、楚詞を直視して言葉を続ける。

「耶律楚詞殿、 この老父の願い 聞き届けて頂けましょうか 」

「いや、それよりも ご息女の意が・・・・・」と 楚詞は即答を避け、先ほどから静かに同席する老母に声を掛けた。 その声は静かに 明朗に流れ、初対面の堅苦しい雰囲気を和ませた。

「・・・・これ、お湯を 運ばせよ、 お茶が冷えておるわ 」 と 抹胡呂が戸外に叫ぶ、時を移さずに、お湯を運んできたのは 艶やかな黒髪に白い鉢巻を巻いている 稽古衣裳の女性であった。

耶律氏-1-

「これ、チムギ なんだ、その姿は 」 抹言・抹胡呂親子が同時に言った。

「だって、 鳥賦呂が離さないし、禄明兄様に気を使うことは無いでしょう、それに 兄様の・・・・」と、父兄に抗する石抹言の娘のチムギが抗弁の口を開き、言葉を濁した。 だが、彼女の視線は楚詞から目を離すことが出来ないでいた。

その夜、 明け離された窓から春の風が流れ入る部屋には 石抹言老夫婦が 耶律楚詞を挟み、石抹胡呂夫妻と彼らの長子・鳥賦呂と長女・チチカ 妹のチムギ 安禄明たちが円卓を囲み 夕餉の時を楽しんでいた。 チムギは楚詞の対面に座り、見事な矢絣の紬衣服に身を包み、 黒髪の上には刺繡が綺麗に映える濃紺の帽子を載せていた。  ウイグルの民族衣装であろう。 彼女の視線は楚詞の明快な挙動 一つ一つから離れなかった。

石抹言氏は代々 契丹貴族蕭氏として 遼の皇后を出して来たウイグルの王族、 その血がチムギを自由闊達にしているのであろう。 庭先で奏でられる民族音楽・ムカムに楚詞は 話に聞く異郷を思っていた。 耶律楚詞は北方から南進した騎馬遊牧民、内モンゴルを中心に中国北辺を支配した耶律氏が皇族である。 また、安禄明の遠祖は康国(サマルカンド)のソグド人である。 ソグド人と突厥の混血である安禄山と血のつながりがある。 華北を経済的に収握するソグド人、政治的に運営するウイグル族、軍事的政権の保有者である耶律氏一族。 それぞれを代表する若き駒が 今宵 一堂に座し杯を交わしていた。

もともと、ウイグル族はゴビ砂漠北方のモンゴル高原に覇を唱え、南下した。 シルクロードを西方から交易を求めてソグドの民は東進してきた。 ウイグルはソグドと手を組んで漢中の軍事政権の中枢に入り込み、政治と経済の執行者として 各時代を生き延びてきた。 マニ教はユダヤ教・ゾロアスター教・キリスト教1などの流れを汲んでおり、サマルカンドを中心に北アフリカ、イベリア半島から中国にかけてユーラシア大陸で広く信仰された世界宗教であった。

ソグドの民がマニ教を中華に持ち込み、仏教に感化されなかった歴代王朝の高位者の心を掴んだ。 石抹言氏は漢中のマニ教団を取り仕切る有力者でもあった。 耶律一族の駿馬である耶律大石は、遼帝国内に於いて マニ教の最高位者であった。 漢南は梁山泊の宋江がマニ教信者を束ねていた。 耶律大石の連絡を受けた宋江が、北上する宋軍の背後を攪乱し脅かした水滸伝の猛者たちを指揮していた。

梁白山一派

===== 続く =====

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