小説・耶律大石 第一章(10)

砦

 草原には新芽が息吹き、ここ五原の王庭が葦原は若き茎がどんどんと伸び 人の背丈にも達しようか 湖面には渡り鳥であろうか 遅い春が訪れていた。 朝餉を終えた耶律大石は草庵の縁に座り、文を読んでいる。 傍で、耶律時が長閑さにすべなく湖面を眺めている。 時折、主の横顔を覗いながら・・・・・・・

立て続けに 燕京の安禄明からの書面を受け取っていた。 4月末の手紙には さしての連絡はなく ただ、耶律楚詞が西夏に向かうとの内容。 それは=彼が父・安禄衝が西夏王国の重鎮に 天祚帝からのいかなる要請にも大石殿の意向はなく、返答するべきではなく支援の応果無き事 また 西蔵や吐蕃の状況を楚詞殿を通じて大石殿に伝えてもらいたい= また、楚詞殿の成長を喜ぶと共に 西夏には胡呂の妹が同行している と 追記されていた。

読んでいた手紙から目を離し、 耶律大石は 独り言のように呟いた。 「都では 御次男の梁王・耶律雅里殿が北遼の皇帝に擁立されたか・・・・・ 秦王様では この時局。 返す 返すも 摂政皇后・蕭徳妃のご他界が 残念・・・・・・」 そして、

「時、 耶律余睹が阿骨打に捉われた。 燕京は時間の問題ぞぉ・・・・。 事が大事に至らば、禄明殿より火急の伝鳩文が来ようが さて 耶律定秦王は帝都で・・・・・」と 大石の目は 虚空の一点を 睨め付けるように 厳しさを増している。

「されば、新皇帝は 大石様不在のこの時、両翼を無くしたと同然、民も動揺しておりましょう 」

「時、そなたの弟 遥が率いる都の間者を南宋に向けるがいい、 北の動きは 阿骨打殿の真意は あの日以来 よく読める。 北の流れはもはや 抗しきれぬようになった。 耶律余睹の動きが明かしてくれよう。 遥には秦王の到来をもって以降、警護の必要は無いが 余睹同様に見守るように伝える。 耶律抹只に早駈してもらおう。 抹只には遥への伝言と、梁山泊の宋江殿に会ってもらわねばならぬで・・・・・ 」

「居庸関の迎撃戦・・いや、それ以前から阿骨打殿は 主を恐れているように 思えてなりません。 主が不在のこの折、宋の動きなどに関わりなく燕京に入城する機会を覗っているでしょう。 遥の情報がますます重きをなって来ました 」

一時の沈黙の後、 耶律大石は胸中に 何かが決するように立ち上がり、耶律抹只たちが居住する東屋に向かった。 耶律時は 大石のそばを離れ、帰って行った。

 

その夕刻、早春とは言え寒さが肌を刺す。 東屋の小さな書院に座す耶律大石は 昨年 万里の長城を超えての皇太子逃避行を思い出していた。

同じ満月が頭上で輝き、 今は亡き、蕭徳妃・摂政皇后の姿が蘇っている。 ここ 五原まで擁護すれば、 直ちに 燕京に取って返す腹積もりが ことごとく 天祚帝に阻止されていた。 また、摂政皇后の依頼を断りきれずにいる間に 皇后殺害事件が起きた。 事件は半年前のことであっが、 以降 奸臣の口に乗る皇帝、軽挙妄動に走るさまに大石は 皇帝への信頼を 自ら捨てしまっている。

葦原

  月明かりを突いて、 若者が走り込んできた。 月明かりが 安禄明の子飼い、執事の長男であることに気付いた大石は 直ちに 傍に引き寄せ 《 変事か 》と 質する声を上げた。

「 主人、安禄明様からの 文に御座います。 尚 書面に無きことながら、 『耶律余睹殿は阿骨打殿に投降、忠節を誓われた』 と 伝えよ が伝言でございます。

片膝を付き 見上げる若者に 「そなたの名は・・・・」と 大石が問う、 《安禄明様の執事・石鵡六が長子 石隻也と申します 》と 小身に似ず野太い声で答えている。 眼には力があった。 意志が強そうな雰囲気がある。

「庭は冷える、 庵でも、 この月明かり、文は読めよう 」と 若者を誘い、大石は 今一度 青白き月を仰いだ。 大石が手にする封筒には 二通の書面があった。 一通には 皇帝の次男の梁王病みに伏したこと =見知りの医師が内密に伝えるに 回復は無き事= 、大臣・諸将の思惑が絡み、耶律朮烈を擁する動きあること と記し、私見として されに 述べていた。

耶律朮烈は 皇帝の三男成れど妃の子 また、優柔不断の性との世評、 今に至らば、皇太子位が空位の今は 北帰の策は水泡に帰したこと、時迫り来れば、帝都の崩壊は瞬時のこと、金の阿骨打は入城後 すぐさま 五原に兵を向けるは予想をたがわないこと、 皇帝は西夏には向かえまい、なれば 南宋への亡命を策画するであろうこと、手土産には大石殿の首が必要に成るであろうこと、・・・・・そして 最後に 耶律楚詞が同行は 契丹貴族蕭氏・ウイグル族の王族が末裔にて 石抹言が息女 西夏王国はもとより、西域での勢力は我が家すら凌ぐであろう。

西夏の重臣セデキ・ウルフ殿が楚詞殿とチムギ殿を五原に向かわせと述べ、同封の書は石抹言殿が親書、西域の諸王への文、事あらば、使われたい と追記していた。 読み終えた大石は、全ての状況を踏まえた上での 禄明の心温まる配慮が感じられ、視界が広がるように思えた。

 歌姫

 翌朝、日が昇ると共に 耶律大石は耶律時を呼び 安禄明の手紙の内容をすべて話していた。 西からの寒い風が 湖面を渡り、葦原を戦がせている。

「時、あれに居る若者が この文を届け、新皇帝が死の病の床にあるとの禄明殿からの極秘伝言を 伝えてくれた 」

「 ・・・で、その伝言とは・・・・・」

「余賭殿が アボダに屈服した。 もはや、 金側の将になった とのことじゃ」

「されば、都は・・・・・」

「石隻也、 こちらに来るがいい 」 突然の大声に驚きながら隻也は大石の傍に、耶律時の前に跪いた。

「これ、 そなたは安禄明様の使い、 大石殿の前に 出るが良かろう 」

「いえ、昨夜 恩主である安禄明様の 私くしめの命令を伝えたところ・・・・」

「時よ、この隻也は 以前から そなたに憧れ、そなたの下で働きたくて、禄明殿に直訴したそうだ。 で、禄明殿は 『都の明日は知れぬ 算盤が立つそなたなら 大石殿の駒として働けよう』 と さらに 『帰還は許さぬ』 と 送り出したもようでのぉ 」

「して、汝 いつ 都を立った・・・・」

「三日前の夜でございます 」

「なんと、 天狗・・・ これは・・・ 神の早掛けを致したと 申すか 」

「いえ、安禄明様の お計らいで、馬を乗継いで参りました。 宿場に着けば、父が書きし証書にて 変え馬が得られました。 日夜駆けてまいりました。 この先にて 最後の馬がこと切れ 月明かりが幸いしてか やっとの思いで辿り着くことが叶いました 」 耶律時は 野太く、朴訥に答える 小身の若者・石隻也が気に入った。

 

「軍事統師殿・・・」

「時、 改まって なにようか 」

「只今より、ここに居る 石隻也を我が直属兵士にする事 ご裁断願いたい」

「時よ、もとより そのつもりで 両名を呼んでいる。 弓を教えるがいい 」

 燕京

 湖面に遊ぶ鳥に石隻也は矢を射ていた。 その背後で耶律時が息を殺して、若者の動作を注意深く擬視している。

枯れ始めた葦が 二人の体を隠していた。 隻也が矢を十本放てば、八羽の小鳥が湖面に浮いていた。 矢立の中には五本の矢が残っていた。 すでに 矢の二十本は放たれている。 耶律時は筋肉質の巨体を立ち上げながら、

「隻也、今日はこれまで、 矢立には五本の矢を残して置くものぞ、 しかし、汝 以前から矢を射ていたのか・・・・」

「・・・・都の安禄様のお屋敷の裏庭にて、 一人で的を立て 密やかに引いておりましたが・・・・ 先日来の お教えで・・・・・何とか コツが・・・・・」石隻也の顔からは 未だに 矢を射る緊張から解放されていないようすが覗える。

「流石に 軍事統師殿 小身の汝には 矢武がよいと 一眼された のぉー お蔭で 毎夜 鳥が口に入る、 だが、百発百中には今一歩 雪になる前に 狼と対峙せなばんのぉー 」

「夜半に 聞こえる あの遠吠えが狼ですか・・・・」

「この近隣には 狼が多いて、狼を射て殺せば 人並みの武人として人が認めてくれるでのぉー 励むがいい、 汝の声からして、肝っ玉の座り具合はよくわかる。 楽しみが増えた のぉー 隻也 鳥を籠に納めて帰るとするか・・・」 さりげなく、時が言う言葉の端は端に 隻也は 何となく、自信が湧いた。

葦原を分け、 王庭に向かう 二人の背後から 騎馬の音が聞こえてきた。 すばやく、耶律時は身を縮め、後方を覗う。 石隻也は 葦をかき分け 背伸びした。

数頭が急ぎ足にて 闊歩する蹄の音が近づいてくる。 日は 未だ高く、雲一つない青空が 葦の間から広がっている。

「・・・オオー あれは あの僧姿は 天狗殿 いや、耶律楚詞さま  隻也、我に続け 」

「耶律楚詞殿 楚詞殿・・・・」 叫び、 葦原をかき分け 直進する耶律時の首が 葦原を進んで行く。 石隻也はまっしぐらに 馬を目指した。 葦をものともせず駆け抜ける若者は、安禄明様の屋敷裏での耶律楚詞王子が掛けてくれた 優しい言葉を思い出していた。

葦の戦ぎに気付いた耶律楚詞は 耶律時の怒っているような顔が 波打つ葦原の海を こちらを目指して進んでくるのを見た。 その前方の葦が大きく波打ち、左右に揺れている。

「迎えが来たようです、 あすこに いい空地が見える、 あの空地にて 出迎えを受けましょう 」

「かの者が、耶律時殿でしょう、 楽しみでございます 」と チムギが応じる。 二人は轡を並べて 駒を進めていた。 チムギが身に被う服装は西域の衣装、乗馬には適した下裾衣であった。 二人の後方には 西域の衣服を着る若者が四人、それぞれ 控えの馬を曳いている。

耶律大石-3-

===== 続く =====

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