小説・耶律大石 第一章(13)

契丹人

 “北帰”が話し合われた翌晩、 大石の草庵には、昨夜の参集者以外に四人の将が集まっていた。 各小隊の統率者である。 みな若かった。 大石・軍事統師を信奉し、戦い抜いてきた勇者たちである。 耶律楚詞は大石の右側に座し 両名を中核に円座である。 梁山泊の宋江のとの密約に向かっている耶律抹只の子である耶律康阮と康這兄弟、大石子飼いである欽宇阮と苞力強の若き将たちである。 苞力強はモンゴル族であり、彼の父親は有力な部族の長である。 欽宇阮は大石に代々仕えてきた契丹族の正嗣である。

ただ 昨夜と異なるのは畢厳劉と何亨理が円座から離れた場所で楽器を奏でている。 三味線のようなラワープを厳劉が操り、亨理がタンブリンであろうダップを指の腹で打っている。 陽気な宴席を演じているのだ。 耶律時とチムギたちの談笑がその音楽に和していた。

おもむろに 大石が口を開いた。 「我々が 集結を計る、蒙古草原の砦は陰山山脈の北 ゴビ砂漠の北辺 この地は間もなく雪に閉ざされた酷寒の地となろう。 予定する砦は北庭都護府・可敦城。 されど、遼の混乱が長く、廃墟に成っているであろう。 また、この時期 遊牧の民は近くにはおるまい 」

「身を隠し、この砦を 我々の雄図の出発が牙城にするのに 他に求めるべき場所はない・・・」 大石は 柔和な顔を若者たちに注ぎながら 話を継ぐ、 「二百有余の兵士が酷寒の地で営為しなければならぬことを まず 念頭に置いて、この場所を離れる事を肝に命じて、明日からの行動を起こしてもらいたい 」 ウイグルの民族音楽に大石の声が柔らかく絡み付き、若者たちの目が輝いている。 全員が大石の話に耳を傾けている。

「次に、行動に齟齬が生じぬように 各隊の責務を 明確にして、各隊は その遂行に傾注していただこう。 いつ、この地を離れるかは 五十名前後の各隊はそれぞれ異なるが、康阮、康這、宇阮、力強には 個々に 事前に 各々連絡をする。 兵馬・兵糧などの備えはできていると聞いておる。 そこで、一部の隊が姿を隠そうが、残る諸隊の隊員には日ごろの行動を厳守し 天祚帝の警備兵に気付かれてはならぬよう厳命してもらう。 また、今朝 連絡した各隊からの精鋭で構成する別働隊の二十名は耶律時が率いて金の軍勢を探る。 彼等の知らせに応じて我らは行動を起こすと考えて貰おう。 耶律遥や耶律抹只殿は西夏に向かうかも知れぬ。 これは 時の判断に委ねよう。

ところで、苞力強よ・・・・・、汝は最後の出立に成ろう、 耶律時が率いる別働隊の援軍として勤めてもらう。 また この地を離れるに、天祚帝の警備兵で我々の行動に疑惑を抱く者が出るやも知れぬ。 抱き込んで参画させるか、殺害するかは任せるが 陰山の麓に仮営を設け、金軍を偵察・攪乱する別働隊の支援と先行した各隊の後方陣地を務めてもらう。 時の判断を仰ぎ、時と共に撤退して 陰山を超えて我々と集結する。 兵は四十名、兵糧は別働隊を含め二ヶ月分を運ぶこと 」

騎馬戦ー4-

 「康阮は 第一番に行動を起こしてもらおう、オルドスの地を南東方向に抜け、万里の長城の南に沿って西夏国は興慶(現在の銀川)に向かえ。 康這はオルドスを南西に走り、兄と合流する。 かの地 オルドスの地は村落があり、兵糧はさして必要なかろう。 康阮は五十名の兵を引率し、康這は四十数名にて共に西夏国に入るがいい 」と淀みなく話を進めた大石は、視線を円座後方に座る何蕎に視線を移し、

「欽宇阮は この地を残る勇者五十有余名とここを離れ、黄河が大きく蛇行し、東に向きを変える地点まで進み、 汝が二十名を引率して西夏に入る。 西夏の都にて康阮と康這兄弟隊を迎える。 屈曲点から黄河に沿って南下すれば興慶はすぐじゃ、百余名の兵士が身を隠せる場所を西夏国内に工作することが任務として励まねばならぬが・・・ また、黄河屈曲地点に残る兵の将を定め この砦と停泊地を夜陰に紛れて往復し、北に運べる可能な兵糧を先行して運搬する任務を与えよ。 最後にここを離れる我らは兵糧運搬隊に合流する。 黄河から陰山の西端を迂回する道は、蒙古に向かう隊商が行き来する道 危険はなかろう 」

「して、 我ら兄弟と宇阮は 何時頃、我らが城の可敦城に凱旋入城すればよろしいのでしょうか・・・・・」

「草原の草が目を噴く頃になろう・・・・・西夏での潜伏、苦労を掛けると思うが・・・」

「苦労は どの隊とて同じこと かまいませぬ 」

 

「最後に、石隻也 汝は相互の連絡役じゃ、西夏に潜伏する康阮、康這、苞力強との、また 陰山にて金軍を錯乱する力強や時との連絡は天狗殿にお願いしようか、 時、なにか 付け加えることがあろうか・・・・」

「 いや、ありませんが・・・・我らが北の城に運ぶ兵糧を運送隊が二度・三度と運び入れることになりましょう、 その間 チムギ殿と天狗殿は西夏の中興府に居られてはいかがでしょうか 」

「いや、時殿 それは叶いません。 耶律楚詞王子は 西夏王が受け入れてくれる のは間違いなしと思われますが チムギ殿が西夏に戻れば縁者の者たちが再び旅に出ることをゆるさないと思われます 」と唐突に何蕎が声を出した。 そして 話を続ける、  「統師殿、 僭越ではございますが、身どもが欽宇阮殿と共に興慶に使いさせていただきたい、主 ウルフ様に、統師殿の勇者を匿う手段をお願いしとうございます。 また、草原の城で活躍される方々の兵糧などは 私が差配できましょう、 欽宇阮殿は、さしあたり必要なだけの資材を手配され、ウルフ様の配下の交易商に運ばさせば 事は容易だと考えますが・・・・・・」

image-m-

 「蕎殿、今宵も一献 差し上げねばならぬなぁ  ありがたいお申し出でござる 」 と 言い放った耶律時は すかさず、大石の目を覗っている。 大石は、ただ頷いて 微笑んでいる。

「何蕎殿、昨夜と言い 今の話と言い お礼申そう、未だお会いせぬセデキ・ウルフ殿には文いたす故、欽宇阮と共に興慶に向かっていただきたい 」 耶律大石の愁眉は開かれたようであった。

 

再び 畢厳劉と何亨理が楽を奏で始めた。 静かな歌声が曹舜の口から流れ出している。 耶律楚詞がその場の空気を掻き乱さぬようすで庭に出た。 外は寒く 薄明りである。 庭の片隅に立ち、やや 両脚を広げ、腰を落として 寒気を胸いっぱいに吸い、ゆっくりと吐き出している。 チムギは楚詞の不在に気付き、大石に目礼をして 外に出た。 寒気が一気に彼女を被う、彼女は裏庭で 拳法の型を行っている楚詞の姿を薄明りの中で見た。 楚詞の動きは鳳凰が舞踊しているのではないかと思わせる気品に満ちた仕草であった。

《楚詞さま、私くしも 明日より剣を持ちまする》と心の中で呟き、 楽が流れる草庵に戻った。

Image -2-

※ 参考資料;遼王朝・契丹人

10世紀に耶律阿保機(やりつあほき)が登場し、八部を纏め、916年に唐滅亡後の混乱に乗じて自らの国を建て、国号を契丹とし、契丹国皇帝となった。契丹は勢力を拡大して、北の女真や西の西夏・ウイグル・突厥諸部・沙陀諸部を服属させ、東の渤海や西の烏古を滅ぼした。 二代目耶律徳光の頃、後唐では内紛が起こり、石敬瑭(せきけいとう)に正統なる者として晋皇帝の称号を与え、援助して燕雲十六州の割譲を成立させる。こうして後唐は滅び後晋が建国となる。

その後、しばらくの間は中国文化を取り入れようとする派と契丹の独自風習を守ろうとする派とに分かれて内部抗争が起き、南に介入する余裕が無くなった。その間に南では北宋が成立する。内部抗争は六代目聖宗期に一段落し、再び宋と抗争するようになった。1004年、南下した遼と北宋は盟約(澶淵(せんえん)の盟)を結び、北宋から遼へ莫大な財貨が毎年送られるようになった。経済力を付けた遼は東アジアから中央アジアまで勢力を伸ばした強国となった。

しかし宋からの財貨により働かなくても贅沢が出来るようになった遼の上層部は次第に堕落し、武力の低下を招いた。また内部抗争も激しさを増し、その間に東の満州で女真族が台頭し、1125年に宋の誘いを受けた女真族の金により遼は滅ぼされた。

この時に皇族の耶律大石(やりつたいせき)は部族の一部を引き連れて、中央アジアに遠征し西ウイグル王国・カラ・ハン朝を征服、契丹語でグル・ハーン、中国語では天祐皇帝と称号を改め西遼を建てた。 1126年、現在のキルギス共和国の首都付近にクズ・オルドという都を定める。 トルコ人にはカラ・キタイと呼ばれた。 これは黒い契丹の意味である。 耶律大石は更にセルジューク朝の軍を撃破して、中央アジアに基盤を固め、故地奪還を目指して東征の軍を送るが、途上で病死した。

耶律大石死後の西遼は中央アジアで勢力を保持したが、チンギス・ハーンによってモンゴル高原から追われて匿ったクチュルクによって簒奪され、西遼は滅びた。 一方で遼が滅びた時に残った人々は金の中で諸色人に入れられて、厳しい収奪を受け、また対南宋戦争では兵士として狩り出され、これに反発した契丹族は度々反乱を起こした。 特に金の海陵王の時の反乱は、海陵王が殺される大きな要因となった。

金滅亡後はチンギス・ハーンの下で漢人に組み入れられた。元来遊牧民でモンゴル周辺部に居住していた彼らは、ほとんどがモンゴル人と普通に会話でき、大半は中国語や漢文にも長けていた。その為漢人とモンゴル人の橋渡しを行うことが多く、この中にモンゴル帝国に仕えた耶律楚材がいる。

騎兵・騎馬

===== 続く =====

                         *当該地図・地形図を参照下さい

 

—— 姉妹ブログ 一度、訪ねてください——–

【疑心暗鬼;民族紀行】 http://bogoda.jugem.jp

【浪漫孤鴻;時事心象】 http://plaza.rakuten.co.jp/bogoda5445/

【閑仁耕筆;探検譜講】 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon/

【壺公慷慨;世相深層】 http://ameblo.jp/thunokou/

ブログランキング・にほんブログ村へ クリック願います 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中