『光の剣』_闘争の系譜 Ⅰ_01

8世紀末から19世紀にかけてアイルランド語とゲール文化の復興を掲げてアイルランドでゲール語連盟が、1893年7月31日にロスコモン州出身のプロテスタントであるダグラス・ハイドらによってダブリンで設立された。 彼は初代アイルランド大統領に就くが、プロテスタントのアイルランド国教会(聖公会に属する)の教区司祭であった。
過日の1803年、ロバート・エメットが率いる共和主義者が、1848年にはトーマス・フランシス・マハーなどのアイルランド青年団が反乱を起こした。 そして 1868年には後のIRAの前身となるアイルランド共和同盟(IRB)の暴動が発生した。 これらの事件は皆鎮圧されたが暴力的政治活動という伝統は以後のアイルランド史にも引き継がれる。

“ゲール語連盟”はアイルランドにおいて影響力のある文化組織だある。 しかし、連盟機関誌『光の剣/ An Claidheamh Soluis』はイースター蜂起などのアイルランド独立運動にも大きな影響を与えて行く。 その編集者パトリック・ピアースら指導部が騒乱罪で、通常の裁判ではなく軍法会議にかけられ、有罪が確定するとただちに銃殺されていく・・・・・・・・第一次世界大戦が始まろうとしていた。

アイルランド島に初めて人類が居住したのは、紀元前7500年ごろ旧石器時代であるとされる。 古代において 紀元前265年頃 ヨーロッパ大陸よりケルト人の渡来が始まり、5世紀ごろ 聖パトリックらによるキリスト教の布教がおこなわれ、それまで信仰されていた多神教は駆逐された。

  • 8世紀末頃、ノルマン人(ヴァイキング)の侵入が始まる。
  • 1014年、アイルランド上王 (High King) ブライアン・ボルー(Brian Boru)がクロンターフでヴァイキングを破り、これ以降ヴァイキングの侵入が収束する。
  • 1169年、ノルマン人の侵攻が始まる。
  • 1171年、諸豪族がイングランド王ヘンリー2世の支配下に下る。

等々 エポックメーキングな事件がアイルランド島に起きた。 従って、アイルランド語(ゲール語)は古代より島に居住した人々が用いてきた固有の言語であるが、バイキングやノルマン人による影響も存在している。

Ireland

以降、宗教改革とプロテスタント支配の強化時代、植民地時代、アイルランド独立戦争とアイルランド内戦時代とアイルランド島の住民は外部からの政治的圧力 また 内部のエネルギーの暴走に翻弄されて来た。 現代・今日に至るまでの刻一刻と変化する状況に変革を起こし、民衆の主権を確立しようとした英雄たちが現れ消えた。

近世以降のこの島の“民衆が主権確立”に至る歴史を俯瞰すれば、イングランドによるアイルランドの植民地化は1169年のノルマン人侵攻に始まった。 イングランド王がアイルランド島の完全な支配権を手に入れるには1534年から1691年に至るまで多くの遠征を必要とし、1782年から1800年にかけて アイルランドは限定的な自治権を獲得した。 がしかし、少数派の国教徒に対して大多数を占めるカトリックに対する刑罰法(Penal Laws)によって厳しい差別を受けていた。

1798年の反乱鎮圧の後、イングランドはアイルランドの完全な植民地化を完成させる道を急ぐことになる。 1801年にはアイルランド議会が廃止され、アイルランドは連合法のもとグレートブリテンおよびアイルランド連合王国の構成国となり、完全に英国に併合された。
併合に依り幾分かのカトリック教徒の地位向上政策などが行われたが、経済・貿易の中心がロンドンへと移行したためアイルランド経済は更に停滞した。 そして 1840年代には“ジャガイモ飢饉”が発生、飢餓や移民などにより1840年のピーク時には800万人を数えた人口は1911年に440万人にまで減少した。

=19世紀のアイルランドで主要食物のジャガイモが疫病により枯死したことで起こった食糧難、およびそれによってもたらされた一連の被害を“ジャガイモ飢饉”と指す。 1997年、イギリスのトニー・ブレア首相は、アイルランドで開催されていた追悼集会において、1万5千人の群衆を前に飢饉当時のイギリス政府の責任を認め、謝罪の手紙を読み上げた。 これはイギリス政府の要人からのアイルランド民衆への初めての謝罪であった=

第一次世界大戦後の1922年アイルランド独立戦争が発生した。 英愛条約による講和によって南部・西部アイルランドの26地方がイギリス・アイルランド連合王国から分離し、新たにアイルランド自由国を建国した。 1937年には名称をアイルランド(エール)と変え今にいたるが、一般的にはアイルランド共和国と呼称されている。 アイルランド島の残余部、プロテスタントが人口の過半数を占めていた北アイルランド6州は1922年の独立以後もイギリス統治下にとどまった。

アイルランド経済は独立以後の何十年もの間、経済不況と移民による人口減少に苦しみ続けたが、1990年代に入りアメリカのIT企業などからの積極的な投資を受け、ケルトの虎と称される経済の活況を呈するようになった。 一方北アイルランドでは、カトリック教徒が多数を占めるアイルランド民族主義者(ナショナリスト)とイギリスとの連合主義者であるプロテスタント(ユニオニスト)との対立がたびたび激化し、1960年代からはトラブルと称される北アイルランド問題が30年にわたり続いた、そして尚 現在も平和的解決へ向けて話し合いが進んでいる。

光の剣

===== 続く =====

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