『光の剣』_闘争の系譜 Ⅱ_01

エイモン・デ・ヴァレラ (1892-1975)
アイルランド共和国の父と呼ばれるも、裏切り者か??
英国との関係を損ない、北アイルランド問題にも責任ありか? 

01

生誕から青年時代まで
エイモン・デ・ヴァレラは1882年10月14日、マンハッタン島 ニューヨークの病院で生まれた。 本来はエドワードという名前であり、ゲール語風の「Eamon」に名を変えたのはアイルランドに渡ってからである。 また、De Valeraという姓からも分かるように、音楽教師の父ホアン・ヴィヴィオン・デ・ヴァレラはスペイン系のキューバ人であり、母ケイト・コールがアイルランド人だった。 しかし、歴史家や伝記作家たちがいくら丹念に調べても、教会にも市役所にもそのような2人の結婚記録は残されていなかった。

しかしながら、彼が示した出生証明書にはなぜか「ジェームズ」の名で記載されており、それが訂正されたのはイースター蜂起の後の除名嘆願の時と言う。 また、彼の出生については様々な噂があり、どうやら私生児であることは間違い無さそうだ。 現在の社会では私生児であっても特に不利益を受けることはないが、19世紀の終わりごろには私生児であることはカトリック教会の聖職者になる道を閉ざされることを意味していた。 デ・ヴァレラは生涯を通じてカトリック信徒としての深い信仰を持ち、死に際して遺体を修道院に埋葬してほしいと頼んだほどであったと言う。 因みに、デ・ヴァレラは生涯の中でも数度、本気で修道者になりたいと思案していた時期があった。司祭であった異父弟のトーマス・ウィールライトの生き方も彼に影響を与えていた。 彼の相談を受けた司祭たちも修道生活の道を勧めず、結局その道に入ることが叶わなかったのだ。

いずれにせよ、エイモンが二歳の時、父フアン・デ・ヴァレラが亡くなる。 このため、幼い息子を養うことが出来ないケイト・コールは、息子をアイルランドの母(つまりエイモンの祖母)エリ
ザベス・コールの元に送り出している。 もっともケイトは、息子をアイルランドに送ると さっさとイギリス人の馬丁と再婚してしまい、馬丁はデ・ヴァレラの引き取りも拒否しているのです。 ただ、貧しいアイルランドでは、アメリカや旧大陸で働いて稼ぎを故国に送金するという生活スタイルはいたって普通のことで、こうした出稼ぎ労働に従事している以上は子供を育てるのは無理だっただけで、特に息子への愛情が欠如していたということではないようだ。 しかしながら、私生児説に関する噂の一つとして、もともとが ケイトが渡米したのは、奉公先の息子とデキちゃったため、妨害されずに出産するためだったという説もある。

02

 アイルランド・リムリック州でデ・ヴァレラは、カソリック系の学校で教育を受けている。 家は貧しくて自転車すら買えなかったので、毎日7キロの道を歩いて往復と言う。 彼はブリュリー国立学校、チャールビル・キリスト教兄弟学園で学び、16歳でダブリンのブラックロック・カレッジの奨学生に選ばれた。 うらやましいとは言い難い学校生活だったが、成績は非常に優秀であり、彼は最初 聖職者を目指していたようだが、その要請は上記の理由で拒絶されている。 母ケイトと父フアンの結婚が正式なものではなかったため、保守的なアイルランドでは私生児に対する風当たりは強くかった。 時折垣間見せる彼の不可解な行動は青少年期の経験が揺り動かせるのか・・・・・・

そこで仕方なく、デ・ヴァレラは数学教師の道を目指すことにした。 真面目な学生だったデ・ヴァレラはさらに奨学金を獲得して勉学を続け、成績は優秀で ラグビーの名選手=勇名を馳せるラガーであるが故に、彼は親英的と見なされていた=として鳴らすとともに、在学中から数学の講師としてダブリンの他の大学で教鞭を執っている。 1903年にはティペラリー州のロックウェル・カレッジの数学教授の任命を受け、1904年にアイルランド王立大学を卒業すると、ダブリンに戻ってベルヴェデーレ・カレッジで教鞭をとった。
1906年にはブラックロックのケリーズフォート女子教育大学で数学を教えるようになった。 しかし、デ・ヴァレラはアイルランド王立大学での就職を望んだが果たせず、メイノースなどいくつかの学校で講師の職を得た。 アイルランド史の研究科、鈴木良平先生の著書「アイルランド問題とは何か」によると、人付き合いの苦手なデ・ヴァレラが、数学教師なら人付き合いの必要が無いと考えたから、と論じている。 どちらにせよ、彼の生い立ちや私生児としての差別を受けたためか、親しい友人はおらず、孤独な青春時代を過ごしている。

03

===== 続く =====

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