『光の剣』_闘争の系譜 Ⅱ_12

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第二次世界大戦における「中立」
新憲法の第44条には、「国民の大多数が信仰する宗教」としてのローマカソリック教会に、特別な地位を認めるとあった。 カソリックはこれで良いかも知れないが、「統一」と盛んに言いつつも、プロテスタントへの配慮のカケラもないこの条文は当然、アルスターの怒りを買った。 去る1921年、独立戦争の和平交渉の予備会談の折、デ・ヴァレラは、英連邦の有力政治家で、南アフリカ連邦首相のスマッツ将軍(ガンジーとの対決で有名な人物)から、「必要とあらば妥協しなさい。 統一を最初にもってくると危険を招くから、まずは南の地位を確保しなさい。 自由が再統一を促進するはずだから、最初は自由主義的な憲法を制定しなさい」と、非常に有り難い忠告を受けたのだが、デ・ヴァレラはきれいさっぱり忘れていた。 その結果、アルスターとの統一は確実に はっきりと 遠のいた。

1938年1月、デ・ヴァレラはロンドンを訪問し、イギリス首相、ネビル・チェンバレンと会談している。 ドイツとの戦争が現実的になったこの時、イギリスは、ぜひともアイルランドとの関係を改善したかった。 デ・ヴァレラは、南北統一がなされない限り、イギリスには一切協力できない、と、いきなりアルスターとの統一を要求し、チェンバレンは、「経済戦争」の解決、アイルランド国内における海軍基地の撤去、アイルランド駐留軍の撤退など、アルスター問題以外はアイルランドに全面的に譲歩する。 その結果、1938年4月に協定が締結された。

この交渉に関しては、アルスター問題に関する進展は何もなかったが、しかし、他の点に関してはイギリスから全面的な譲歩を勝ち取り、同時にイギリスとアイルランドの関係も劇的に改善されたので、デ・ヴァレラの人気は頂点に達し、1938年の選挙でフィアナ・フェイル党は圧勝する。  しかしこの時、世界は再度の大戦争へと坂を転がりはじめていました。 1938年8月、デ・ヴァレラは、アイルランドはイギリスに敵対する国家に対する攻撃基地を提供しないこと、国土の防衛に関してはイギリスと協調することを柱とする中立宣言を発している。

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 一方、この年になって、コスグレーブの大弾圧以来、すっかり衰退していたIRAが、アルスターの分離を再確認する形となった4月の協定を不満とし、急に活動を活発化させ、アルスターやイギリス本土で立て続けに爆弾テロを起こした。 IRA の活性化の表向きの理由はあくまでもアルスターの分離反対なのだが、あからさまにナチがスポンサーとして暗躍していたが、デ・ヴァレラは、内戦時代のいきさつは忘れて、破壊活動を取り締まる法律を作ったのだから、イギリスとアイルランドの関係は、またぞろ悪化して行く。

その背景である世界の動静は、第二次世界大戦の勃発前から初期にかけて、ナチス・ドイツはアイルランドの動向に強い関心を示していた。 たとえばアイルランドに侵攻することで、イギリスに対して軍事的優位に立てるのではないか、あるいはIRAをうまく対英戦闘に従事させることはできないか、などといったことであり、一時は実際にアイルランド政府に交渉を働きかけてもいた。

しかし、デ・ヴァレラがアイルランド自由国の中立に関しては頑として譲らなかったから、ドイツのアイルランド政府の歓心を買おうとする努力はほとんど実らなかった。 他方、英国情報部MI5は、アイルランドの動きに注意を怠らなかった。 アメリカ合衆国も当初中立を標榜していたにもかかわらず、真珠湾攻撃をきっかけに連合国側に立つことになり、イギリス側に立った。 ただ、アイルランド政府内ではドイツ、あるいはイギリスがアイルランドに侵攻する可能性もあると危惧していた。

1939年に入ると、情勢はさらに緊迫の度を増して、デ・ヴァレラは再度の中立宣言を行う。 その一方、5月にアルスターで徴兵が開始されると、デ・ヴァレラは激しく抗議して、徴兵を撤回させる。 この抗議の実行は前年8月の「イギリスとの協調」宣言はどうしても矛盾であるのだが?・・・・・・ そうこうしている内に第二次世界大戦が始まってしまった。 多くのアイルランド人は、ナチスと戦うために義勇兵としてイギリス軍に身を投じて行くが、国家としてのエールは、再度中立を宣言し、アルスターでの徴兵が再開されそうになると、再三、抗議して撤回させている。 経緯はともあれ、アルスターは英国領なのですから、こうなると「中立」と言うよりも、イギリスの足を引っ張っているとしか思えないが・・・・・・・。

名前だけのものであったとしても、当時のアイルランドおよびデ・ヴァレラにとって「中立」以外に選択肢はなかったといえる。 もしドイツと組もうものなら、イギリス軍の即時侵攻が予測されるし、さんざん批判してきたイギリスと組もうものなら、デ・ヴァレラという人物の政治信念そのものが問われることになる。 また公然と連合国側につけば、これに反発するIRAがイギリスに対して攻撃を仕掛ける可能性もあり、それもまたイギリス軍のアイルランド侵攻につながるだろう。デ・ヴァレラはこの事態を危惧し、IRAを牽制しようと、獄中にあったIRAの闘士たち数人を処刑している。

当時のアイルランドにとって中立がベストの選択肢であったと言いえるのか?・・・・アイルランドは長大な海岸線を有していながら、それをカバーできるほどの兵力を持っていなかった。 もしアイルランドが連合軍に加われば、連合軍はただでさえ十分でない戦力を、アイルランドの海岸線防衛のために割くことを迫られたであろうし、強大なドイツの海軍にとっても連合軍の弱点としてそこを狙う価値が出てくる。 もしドイツが無理に侵攻すれば国際社会の非難を浴び、ひいては強力なアイルランド人ロビーを持つアメリカ合衆国政府を動かすことになる。 そう考えると、第二次大戦初期においてアイルランドが中立を宣言したことは、連合軍に加わる以上にドイツの侵攻を防ぐ効果があり、やがて後顧の憂いなく東岸に兵力を集中できることでイギリス軍も利することに成ると考えたのだろうか・・・・・

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 しかし、チェンバレン首相との協定に従って、1940年7月まで使用できることになっていたイギリスの三つの海軍基地の使用期限を、度重なる要請にも関わらず延長しなかったのはやりすぎだった。 アイルランドの海軍基地が使用出来なくなったことは、イギリスにとって死活的な大問題を引き起こす。 第一次世界大戦と同じく、イギリスの戦争経済を維持するためには、海外からの年間一千万トンにおよぶ物資の輸入が必要。 イギリスの東部海岸線はドイツのUボートが制海権を握っていた。 また、4万5千人ものアイルランド人義勇兵が連合国軍に加わって欧州戦線に配属(このことに関して政府は一切不干渉)されていた。

更に、ドイツ軍の阻止作戦に対抗するに、アイルランドの基地が使用出来なくなったことでイギリス南西海域における航空支援が不可能になってしまい、その上 航続距離の短い小型の護衛艦艇は、行動範囲が大きく制約されてしまった。 このため、護衛空母が就役するようになった1943年まで、輸送船団はアルスターからの支援を受けられるように、アイルランド北方海域の通過を余儀なくされた事は、イギリスの主要な港湾は南部に集中しているので、輸送効率の悪化を来たした。

1940年6月、イギリスの新首相チャーチルは、アメリカに対して「エールと協力して国防にあたる」との声明を発し、この一方でチャーチルは、アイルランドの対独宣戦と引き換えに、統一アイルランドの原則を受け入れる用意があると通告していた。 しかし、中立を宣言しているにもかかわらず、勝手にイギリスの仲間にされたデ・ヴァレラは激怒し、7月、統一がはっきり保障されていないことを理由に、チャーチルの提案を拒否していたのだ。

チャーチルは怒り、一時はアイルランドへの侵攻も計画しましたが、結局、「ナチスと戦うためにイギリス軍に身を投じた数万のアイルランド人に免じて」、侵攻を思いとどまる。 しかし、デ・ヴァレラは態度をいっそう硬化させていた。 その後、イギリスとアメリカから、参戦を求める圧力やら要請やらが繰り返し行われたが、デ・ヴァレラは、「わが国の分断に責任がある国と一緒になって、自由とか民族自決のために戦うのは自己矛盾である」と突っぱね、英連邦議会にすら参加しようとしなかった。

圧力に屈せず、中立を堅持するデ・ヴァレラの政策は市民の絶大な支持を得た。 不思議なことに、アルスターとの統一のチャンスが手の中からすっぽ抜けた事については、誰も突っ込まなかった。 ただ、アルスターに関しては別で、「バトル・オブ・ブリテン」の最中、ベルファストが夜間空襲を受けた際には、消防隊と救助隊を迅速に越境させている。 しかしながら、イギリスの態度にウンザリしたのか、1945年7月 第二次世界大戦が終局に近づいている頃、デ・ヴァレラは、「エールは1937年の新憲法以来、ずっと共和国だった」と演説して、暗にイギリス連邦からの離脱をほのめかしている。

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===== 続く =====

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