小説・耶律大石 第一章(14)

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 その夜半、耶律大石は二つの文をしたためた。 燕京にいる友、安禄明へと興慶のセデキ・ウルフ宛の文であった。 安禄明へは伝鳩の足に結わえる短い文である。 興慶へはチムギ子飼いの畢厳劉にその労を依頼した。

枯れた、葦原の間道を 馬の口に馬銜に絡ませた手綱を噛ませて嘶きを制し、足元には布を履かせて足音を消して、五原の間道を湖面に向かう騎馬集団があった。 頭を強く縛り付ける寒気の中 無言でその騎馬の一群は馬を曳いて葦原の海を南に向かっていた。 12月3日の夜半、彼等の頭上には満天の星に上弦の月が寒さを増すように 輝いている。 日が落ち、闇が迫ると 事前に準備していた城壁の穴から 王庭を離れた50名の騎馬武者達であった。 控えの馬は数頭、兵糧を両脇に振り分けて積んでいる。 手綱を短く鞍に結わえ、馬の首が立ち上がらぬように工夫をこらした馬を、無言で曳いている。 表土は凍てつき 立ち枯れる葦は一群の姿を埋没させ、ゆっくり進む彼らを安堵させている。

50名の騎馬武者は湖畔に達した。 葦原の先に広がる湖面は鈍い白さで広がっている。 眼前の湖は氷付き、音すら凍てつくさま ラクダですら凍死する世界であろう。 星の輝きだけが救いであった。 湖畔にて騎馬の隊は馬脚を蔽っていた布を外し、代わりに厚手の皮をその四脚に強く括り付け、馬首の束縛を外し、鞍と手綱を点検して騎乗した。 50騎は一斉に鞭を入れ 湖畔沿いに南下を開始する。 馬の蹄は氷を噛み、氷の小片が飛ぶ。 湖畔を疾走、凍てる湿地帯を一丸となって走る。 蒙古馬は小型だが強靭である。 湖面を50数余の騎馬が一体と成って乗り入れようと割れる心配などは不要であった。 陽光がさし来る前に 寒さを忘れた騎馬の一軍は 黄河に達しにていた。 黄河は凍り、表面には薄く雪があった。

荒涼とした黄河の河原で 夜明け前の簡単な朝餉を済まし、氷りついた黄河の渡行点を星明りで探している内に東の空が赤く染まり出した。 一刻の後、朝日を受けて赤く燃える黄河が広がった。 見晴らしが効く河原の高地にて虎視していた耶律康阮が初めて声を放った。 「あの地点で黄河をわたる。渡り終えれば、一気にオルドスを南下していく。 目指すは万里の長城。一気に駆け抜ける」 五十有余の騎馬の蹄が南に走る。 その背面の黄河は、今尚 赤く燃えていた。

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 万里の長城はオルドスの西側を北上する黄河と東側を南下する黄河を東西に結び、この草原地帯を南北に分けている。 康阮が率いる騎馬武者50騎は雪が薄くある茶色の草原を駆ける。 黄河の東部を巡視しているであろう 南宋の動きを偵察する使命を大石から 一昨夜 受けていた。

1124年12月7日 早朝、小さな雪が舞う中、湿原帯を抜けた康這は 雪で覆われた黄河を見渡している。 眼前に広がるオルドスは広大な雪原であった。 右手前方彼方には灰色の起伏が覗えた。 その起伏の低い山並みは地平の彼方のように思われた。 康這は《雪にて足元が見えぬ、凍てついた黄河と河原の判別は困難、渡行は気を付けろ。 あの山並みの南に向かう》 と若い兵士に激を飛ばし、黄河を渡って行った。 若き騎馬する兵士46騎は彼に続いて南を目指した。

耶律康這が五原の王庭を離れた二週間後の夜明け前 日が昇るには三時間はあろうか 月無く、肌を差す寒風に抗するように 甲冑で身を固めた騎馬武者が 王庭後方の 後宮近くに在る穢れ門を少し開き、狼の遠吠えを発した。 その遠吠えに答えるように耶律遥が素早く 暗闇に小石を投げ込んでいく、 小石の合図で城壁の窪みに潜み散在していた騎馬武者が各々替え馬を曳き、穢れ門を出て、北に歩き出した。 四名の騎馬武者が砦の外に出たのを確認した耶律遥は再び門を潜った。 その門を閉めた石隻也は後宮方向に砦内庭を横切り、大石の草庵に向かっている。

耶律遥は穢れ門近くにて 狼の遠吠えを発して後宮の死角にあたる暗闇の中に進み入った。 その暗闇の中に40名の騎馬武者と替え馬60頭が集まっていた。 合図の遠吠えを聞き、進み来る遥の無言のさまを確認した10名の騎馬武者が替え馬60頭を曳き、闇を離れて穢れ門を開き 四名の騎馬武者の跡を追った。 寒風すさぶ静寂の中、残る30名の騎馬武者が、耶律遥に目礼しつつ砦の外に消えて行った。 遥は穢れ門を閉じ、砦の柵を登り越えて彼等を追った。

砦の北方五里で葦原は途絶え、ゴビ砂漠の縁辺に達した。 この場所にて四十五名と60頭の替え馬が集結し、この一団は北に歩んだ。 足元はいつしか小石を含む砂礫の原野に成り、小さな起伏が至る所にある。 風が強くなり、頬を砂粒が打つ。 小一時間は歩いたであろうか、苞力強が乗馬を命じた。 先週、帝都燕京より舞い戻った耶律遥は連絡要員として、苞力強が築く陰山南麓の陽動作戦基地の設営場所の確認と兄耶律時へ伝言を命じられていた。

未だ夜が明けぬ合い間も、北西に進軍する苞力強の騎馬隊。 風は増々強まり、砂嵐のように小石が地表を飛ぶ、 眼を上げれば薄く広がる星空が覗える。 耶律遥は騎馬に鞭を打ち、己をも励ましている。 苞力強も鞭をあて100頭の馬が一斉に走り出す。 その蹄は砂礫を噛み、蹄鉄が小石に当たると火花を散らす。 疾走する100頭に蹄の音は風の音を圧し、錐が砂嵐を切り裂くように 一丸となって北上する。 二時間は駆け抜けたであろうか、風が弱まり 星明りが広まり 陰山山脈の黒き襞が見えて出し手来た。 足元は砂が多くなり、苞力強は騎馬の速度を落とすように命じる。 苞力強の騎馬集団は、時折現れる流沙溜りを避け、時には大きく迂回しながら陰山目指して駒を走らせて行く。

日が昇り始めた。 ゴビ砂漠の西部を縦断する騎馬100頭は長蛇の影が砂の上に落ち、その影が短くなってもその歩みを止めなかった。

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 日が落ち、満天の星 その輝きが寒さを一層強め、静寂の中で全てを凍らせていた。 黄河が湾曲している鳥加河の河原は広い。 堤らしきものはなく、周辺には樹木はない。 低木が散在しているが葦原である。 荒涼とした河原に大きな篝火が燃やされ、兵士たちが暖を取っている。 流木を集めて燃やしているのであろう。 昼間手に入れた羊が解体され 少しながらも供された焼肉を兵士たちは 炎で照らされた顔に笑みを浮かばせ 食べている。 一団の中央に 欽宇阮と何蕎が居た。 すこし離れて石隻也は羊の骨を砕き、その髄を啜っている。

「欽兄 王庭を離れて、はや 三ッ日 今日 統師さまはいかがされておられようか・・・・」と隻也が骨の残骸を捨て、声を掛けた。 欽宇阮は物思いに耽っていたようすで、炎から目を離して隻也を視、何蕎に視線を移している。

「師さまに付きしたがって 五年の歳月 今日ほどうれしく思う日は無い、 思い切り働けるんじゃ それと 儂は統師さまが 北の草原から 小興安嶺山脈に向かわれるとは どうしても思えン。 我らが牙城より東には 進まれないと思う。 西に向かわれるはずじゃ 明日からの事を思えば 自然と、ここがいきり立ってくる 何蕎殿、西方のおなごは美形ぞろいじゃと言うが どうじゃ・・・・・」 「儂には ようわからんが 欽兄が言った うれしい思いは同じじゃ、 名前だけの将軍や王子など 糞くらいだが 明日から 楚詞王子と統師さまの身近で働けると思えば 元気もりもり、欽兄以上にじゃ だが、おなごはチムギさまを見守っているだけで十分・・・・契丹のおなごは知らぬが、西方に移住したウイグルは天山や葱嶺の美形と交わり 東方のウイグル以上の美形揃いと聞くが・・・・ 何蕎さま、いかがですか・・・・・ 」

「欽宇阮さま、石隻也殿 私くしを殿扱いはお止め下さい。 チムギさまの下僕と言え、今は 統師さまの兵と自戒しております。 されば、呼び捨てでお願いします。 また、隻也殿 いや、私くしが年配者の様子ゆえ、隻也弟と呼ぼうが故に蕎兄と・・・・」と欽宇阮に向けていた視線を隻也に移した何蕎の若さが自信に隠された顔を眺める宇阮は嬉しそうであった。

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===== 続く =====

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