小説・耶律大石 第二章(15節)

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 朝餉を終え、何蕎の案内で耶律康阮と康這の兄弟、梁山泊の宋江、呉用、燕靑の六名が一団と成ってセデキ・ウルフ邸に出向いた。 冬の太陽が黄河の背後から登り来て、二三時は過ぎていた。 風は無く、寒さは感じない。 何蕎が五名を案内した部屋は、セデキ邸の奥庭に面する部屋である。 池が配され、古木と奇岩が池を際立たせているようである。 奥庭は渡り廊下で囲まれ、彼等が入った部屋の廊下は太陽の光が奥まで届いていた。
乾燥地帯である黄土高原の北限に位置する興慶城郭内で、これ程の邸宅を構えるセデキ・ウルフの権勢は前庭、中庭、この奥庭と渡り来れば自ずと知ることが出来る。 しかし、権勢には無関係に、いや 強いて権力者に逆らう生き方を選んでいる宋江や呉用、燕靑には苦々しい思いであろう。 たとえ、その力を有する者が仲間であろうと。 まして、彼等とは日々の生活でその立振舞の基本が異なれば・・・・・・

部屋に入るなり、家主セデキが王宮へ参内して昼前まで帰らぬと門衛が耳打ちしたと何蕎が言いつつ、部屋の左奥にどっかと胡坐をかいた。 それに倣った他の五人は思い思いに、部屋の壁際に置かれている大きな脇息、膝枕を腰の背後や脇下に置いて、直接 絨毯の上に腰を下ろした。 しかし、両脚を組んだり、揃えて流したりで どうも 納まりが悪いようである。 彼等には椅子に座せば、背筋が伸びる事で態勢が整い、思考も整理できるようである。 また、室内や廊下 庭を歩き回ることも意に介す事も無くふるまえるのだが、どうも 絨毯にこしを落としてしまうと、再び 立ち上がるのに決意がいるらしい。

ウイグル族の生活には机や椅子の生活は無い。 床に胡坐(あぐら)をかく生活である。 胡(西域の異民族、匈奴・騎馬民族)の坐(座ったまま、何もしないさま)が屋内での基本的な姿勢なのである。 食事は食菜を部屋の中央の床に直接置いて、車座になって食べる。 箸は無く、手で いや 指で摘まむように食べる。 ナイフで肉の塊を自ら切り刻んで口に運ぶ。 無論 食前、食後の手洗いや口すすぎは宗教的慣習の一環として励行せねばならない。 彼等が思い思いに寛いでいる屋の中央には大きな銀皿に果物と小麦で造られたげあろう菓子が盛られていた。 何蕎が勧めるままに、思い思いの果物や菓子を膝上に置いて六人は食していた。

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 昼餉前にセデキ・ウルフは帰って来た。 部屋に入るなり、一同の顔を眺めた。 同行した下僕が大きな脇息を奥の中央に置き、何か耳打ちして出て行く、セデキは脇息の左側にどっかりと胡坐をかいて壁際に座す六名に車座になるよう促した。 何蕎が右脇に座り、左側には宋江、呉用、燕靑と連なり 何蕎の右手側に耶律康阮 その右には耶律康這が座した。 セデキ・ウルフと燕靑、康阮の二人の若者が対座する型と成っている。 中央には果菜が銀の大皿に盛られている。

沈黙する中 互いに目と目を合わせているが、泰然と胡坐をかく人物が醸し出すのであろうか 室外の晩冬の陽光が満ちているような 和やかさが流れている。

「丞相さま、こちらのお二人が耶律大石総師の将 耶律康阮殿にその弟耶律康這殿。 昨日 お話致しましたように、康阮殿は楡林を基点に燕雲十六州南域にて宋と金の動向を探っておられる。 康這殿は鄂爾多斯南域にて天祚帝を窺い、長城南部の要路にて南の情報を・・・・」
「はい、セデキ丞相さま 先般は必要以上の御援助を賜り、お礼の言葉もが在ません。先に お礼を申し上げねばならぬものと・・・・・・」と康阮兄弟が低頭するのを優しく制したセデキ・ウルフが言葉を継ぐ。

「康阮殿、我が方も西夏の忍びを方々の要路に配している。 それに、近々 これと言った動きは無さそうだ。 先般、燕京の石抹言尊父の紹介で梁山泊の宋江殿が参られ、宋の動向など詳しくご講義下された。 また 先日には宋江殿に呼び寄せられたと そちらのお二人、確か 呉用殿に燕靑殿が参られ 種々 話を聞かしてもらった・・・・」

「宋江殿、オルドスは如何でしたかな、漢南の方には草原の旅は趣が異なり 日々 飽きる事が無かっただろうと思われますが・・・・」

「無頼者は詩情を持ち合わせて居りませんが、漠々と広がる草原、緑萌える時節には今一度 旅したいものですな。 梁山湖に艫結する船は晁蓋に引き渡しましたが故に、呉用の知恵と燕靑の情報で草原に駿馬を走らせるのも、痛快かと愚考いたすが故に 両名を呼び寄せたのだが・・・・・・」

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 「別の話だが、何蕎。 そなたに昨日帰った後 日暮れ前に 蘭州手前の白銀から欽宇阮殿の文が届いた。 文によると、史孫勝の隊商が襲われ、応戦。 襲ったのは吐蕃のあぶれ者十数名。 欽宇阮殿は難なく、彼等を取り押えて首領から聞き出した話しとして、祁連山脈の南麓にある哈垃湖畔に吐蕃兵が集結。 その手先として、彼等は西夏の隊商を襲っていたと言う。 また、吐蕃兵団は祁連山脈を縦断して、北に位置する酒泉の城郭を落とし、阿拉善砂漠を北上 我らが西のアラシャン王府をも馬の脚で踏みにじろうとしているらしいとの事だ」
「欽宇阮殿が率いる20名の勇者が隊商の護衛に就いていようとは、西蔵の山猿どもには思いもよらぬ凶事であったろう。 今朝ほど、参内されて、英主の崇宗 李乾順王にご報告されてきたわけですか 」

「四五日前から、宋江殿の意向と耶律大石殿の意向に沿う善策を考えて続けてきた上での欽宇阮殿の文、王宮からの帰りにその善策が閃いた。 そして、この部屋に足を入れた瞬時に 呉用殿と康阮殿の・・・・・失礼、そのご立派な髭、 いや ・・失礼。 我等ウイグルの民は髭の長い者は民を導くウラマーとして尊敬するのだが・・・・・ お二人と目を交わした瞬間に確信に変わったのです 」
「ともうされますと・・・・・」合い似た二つの髭面に白い歯が視え、その髭の上の目が視線を交わし、大きな目玉が四つ セデキ・ウルフに釘付けになった。

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 「順序として、欽宇阮殿がなぜ蘭州手前の白銀に居られるか説明し、その後に 耶律康阮殿や宋江殿と相談したき事をお話ししたい。 まず、欽宇阮殿と20名の諸将の事だが、康阮殿と康這殿は何蕎の口から聞き及んでおられると思うが。 この興慶で金の密偵から身を隠して蒙古高原に春が訪れるまで陰住するよりも旅に出て精気を養う方が良策と判断して 幸い 史孫勝の隊商が武威に向かうとの話に、その護衛で旅されれば如何かとお話ししたところ、喜んで出立された。 勿論、これらの事は、機敏な若者 石隻也と申していたが、燕京より我が従兄弟の石抹胡呂の文を携えて 北庭都護府に向かうと途上に立ち寄った時、大石統帥への文にて 委細は伝えているが 」

「石隻也が燕京より運んで来た文は二通あった。 一通はいま申した石抹胡呂の文で阿骨打の風説と妹のことであったが、他の一通は安禄衝殿からだあった。 安禄衝殿は燕京のイマーム、国境などには関係なく私と安禄衝殿とは同行の志なのだが、その文には耶律大石統帥殿と呉用統領殿がハィジであると記されてあった。 また 呉用殿が梁山泊を離れ、大石統帥の下に向われるであろうとも記されてあった。 愚かにも、呉用統領殿と大石統帥殿が我らが王国の教王であることをこの時 初めてしったのじゃ・・・・重ねて申すが、そうであったかと耶律大石統帥の心にあるものが視えた。 聞き知っていた余人では及びもつかない大石統帥の戦略の妙、天祚皇帝への対応の源泉が何処にあったのか・・・・・」

「呉用殿が、大石総師の成されようとされている夢 新しき王国建国の為に この地に参られたのである事はこの場の全員が弁えているはず。 今 申したように、燕京のイマーム安禄衝尊父の文を読むまでは宋江殿の事も、大石統帥殿の事も知らなかった。 ザラスシュトラが唱導した光の王国を開闢せしめようとする同志であるとは夢にも思わなかった。 私はマニのウラマーにすぎず、 まして 西夏国に居座る井中の蛙。 イマームの安禄衝尊父のようには世界が視えぬ。 しかしながら、一見した折から 康阮殿と呉用殿はカーディーであるように見受けられるが・・・・・」

「さて、ウラマーとかイマーム、ザラスシ・・・とは如何なることですか、チト・・・」と何蕎が問いを発して、耶律康阮と呉用の髭面を交互に見比べている。 一瞬の静寂の後 呉用の髭が動き、野太い声が静かに流れる、「ウラマーとは我らのマニが教えで言う知識人のこと、指導者はイマームと呼び漢土には五名前後であろう。 儂と康阮殿は、・・・・そうだな、マニの法でもって全ての諍いや日々の生活を裁く者。 この権限を統治者から与えられた者を示すカーディーなのだが、色恋ざたに借財、商いの揉め事への裁判官と言って良いのだが・・・・漢土には20数名だろうか 」と、何蕎に説明した。

「法的な裁定を行う我等同士は、手指の組み方で相互に認知できる印を持っており、呉用殿は宋江ハィジの、 ハィジとは宣帥と言えばよいのであろう 統率者のことで漢中に三人 居られる。 漢北の耶律大石統帥殿、漢中の呉用統領殿、漢南に朱勾越王翁殿が居られる。 聞くところによれば、西方の天山ウイグル王国ビルゲ可汗国王もハィジで在られるらしい 」    「確かに、ビルゲ可汗ハィジ殿は温和で慈悲深い国王だと欽宇阮殿に警護してもらって蘭州に向かっている史孫勝が言っておったが 」

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===== 続く =====

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