ガイ・フォークスの陰謀=02=

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○●○ 獅子身中の虫 ○●○

前記のように、冒頭の歌の主人公であり、今も英国史上で語り継がれるガイ・フォークスは、カトリック教徒による1605年の国会議事堂爆破陰謀事件の犯人として処刑された。 同事件を理解するには、当時のイングランドにおけるカトリック教徒弾圧の事情を知る必要がある。 父ヘンリー8世が創設したものの、異母姉であるメアリー1世により否定された英国国教会を信奉するエリザベス1世(以降、「エリザベス」と記す)は、1558年に即位して以来、イングランドを再び英国国教会の国とすべく様々な策を弄していた。

プロテスタントを火刑にし、それを眺めて楽しんでいたとさえ言われるメアリー一世のように、反対勢力への残酷かつ露骨な弾圧は行わなかったものの、イングランドからのカトリック締め出しを進めた。 当時はまだ弱小国に過ぎなかったイングランドは、大国スペインを筆頭とする、ヨーロッパのカトリック勢力がいつ侵攻してきてもおかしくない状況にあったからだ。 エリザベスは国内のカトリック教徒たちが、『獅子身中の虫』 のごとく、敵の侵略を手助けするであろうことを予測し、非常に恐れていたのである。

このエリザベスのもと、1588年、イングランド海軍はスペインの無敵艦隊を撃破(実は自滅に近かったが)した。 生涯、結婚することなく、子供のないままエリザベスが逝去。 その後継者に、信仰心篤きカトリックとして知られたスコットランド女王メアリー(Mary, Queeen of Scots)の息子である、スコットランド王ジェームズ6世(以降、「ジェームズ」と記す、イングランド王・アイルランド王としてはジェームズ1世)の名が挙がった時、カトリック教徒たちに希望の光が差した。 ジェームズはプロテスタントではあったが、当初、カトリックに対して寛容な姿勢を保っていたからだ。

1603年、このジェームズがジェームズ1世としてイングランド王に即位。 かくして、常に敵対関係にあったスコットランドとイングランドは、少なくとも形式上は、同じ国主をいただくひとつの国家となった。 ジェームズの母、スコットランド女王メアリーは、ヘンリー8世の姉の孫であったことから、イングランドの王位継承者であると亡くなるまで主張し続け、スペインのフェリペ2世もメアリーを支持。 権力闘争に敗れ、スコットランドを追われてイングランドに逃げ込んでからもメアリーは、この主張を取り下げることはなかった。

エリザベスの温情のもと、イングランドで軟禁生活を送りながらも、イングランド女王となって、イングランドをカトリックの国にする夢を捨てず、エリザベス暗殺計画に加担。 メアリーはついに1587年、反逆罪で処刑され、これがスペインの無敵艦隊出撃へとつながったのだった。

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○●○ ふみにじられた希望○●○ 

このメアリーの一粒種であるジェームズなら、エリザベスとは違って、カトリックを擁護する統治を行ってくれるのでは、という期待はいやが上にも高まった。 イングランドのカトリック教徒はイングランド北部を本拠地としており、カトリック系の有力貴族などもジェームズ1世誕生を歓迎した。 しかし、期待は無惨にも裏切られた。

救済者どころか、ジェームズは、エリザベス以上にカトリック教徒に対して強硬な態度をとった。 宮廷内の要職はいうまでもなく、庶民レベルでも職につきづらくするなど、カトリック教徒は虐げられた。 ジェームズ1世即位から1年。 カトリック教徒の間の不満は募るばかり、彼らは追い詰められ抑圧に耐え切れなくなりつつあった。 エリザベスの時代にも暗殺計画は絶えず噂されたが、今回、一部の急進派カトリック教徒が集まって密かに立てた計画は、単なる暗殺にとどまらぬ大それたものだった。

すなわち、国王ジェームズ1世と議会を、国会議事堂もろとも一挙に爆破してしまうという謀反を企てたのだった。 彼らは、国王を殺害し議会を壊滅させ、その混乱に乗じてカトリック勢力でイングランドを掌握することを画策。 これにより、イングランドにカトリックの時代が来ると信じたのである。 決行は次の議会召集日。準備は着々と進められた。 

この前代未聞の爆破計画の主要メンバーは、リーダーのロバート・ケイツビー、トーマス・パーシー、ジャック(ジョンとする史料もあり)・ライト、トーマス・ウィンター、ガイ・フォークスの5人だったと言われている。 最終的にこの他にも8名が何らかの形で加担した。 ケイツビーは、ウィリアム・ケイツビー卿の息子で、親子共々、筋金入りのカトリックというリーダー的存在だった。 パーシーは、カトリック系反乱軍を率いたこともあるノーサンバランド伯の子孫。 一方、ウィンターとライトは貴族ではなくジェントリ(地主)階級の出身だったが、プロテスタント勢力により痛い目に遭わされ続けていた。 

そして、ここに加わることになるのがガイ・フォークスである。 厳密にいえば、計画の発案者は既述の4人で、計画が持ち上がった時、敬虔なカトリック信者であったフォークスは、スペイン軍の一兵卒としてオランダ(当時の北部ネーデルランド)に駐留していた。

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  ○●○ ガイ・フォークス ○●○

ガイ・フォークス(Guy Fawkes)、別名グイド・フォークス(Guido Fawkes)は1570年にヨークのストーンゲートで生まれた。 当時は、エリザベス1世の治世下で、「国王至上法」「礼拝統一法」などの法律も制定され、女王を首長とするイングランド国教会の体制作りが進められていった。 カトリック教徒はこれに反発し、また政府もカトリック教徒を迫害していった。 ガイは、教会法廷の弁護人であったエドワード・フォークスとその妻イーディスのの子として、イングランド国教会の礼拝に通う家庭に生まれた。

両親の間には4人の子供がいたが、ガイは2番目の子だった。 ガイの父方の祖母、エレン・ハリントンは1536年にヨーク市長に仕えた有力な商人の娘であり、ガイの両親もイングランド国教会の信徒であった。 しかし、母親の家系は国教会に否定的なカトリックであり、ガイのいとこであるリチャード・カウリングもイエズス会の聖職者となっている。 ガイという名前はイングランドでは珍しい名前だが、ヨークでは地元の有名人「ガイ・フェアファックス」にあやかって名づけられ、一般的な名前であると言う。

フォークスの生まれた日は不明であるが、St. Michael le Belfrey]において4月16日に洗礼を受けている。 誕生日と洗礼の間は慣習では3日間となっており、そこから4月13日に生まれたと推定される。 ガイの生まれる前、1568年に母親のイーディスはアンという娘を産んだが、同年11月に7週目で亡くなっている。 ガイが生まれた後さらに2人の子をもうけており、アン(1572年生)とエリザベス(1575年生)はそれぞれ1599年、1594年に結婚している。

1579年、ガイが8歳の時に父親が亡くなった。 母親は数年後に再婚したが、相手はスコットンに住むカトリック信者のディオニス・ベインブリッジであった。 スコットンにはカトリックを信奉するプーリン家、パーシー家が住んでおり、フォークスは継父とプーリン家、パーシー家の影響によりカトリックを信奉するようになった。 フォークスはヨークにあるセント・ピーターズ・スクールに通っていたが、学校理事は国教忌避者として約20年牢獄に収監されていた。 校長のジョン・プーリンは、ヨークシャーの国教忌避者として著名な一家であるブラッバーハウスのプーリン家出身であった。

フォークスの同窓生には火薬陰謀事件でともに行動をとることになるジョン・ライト、クリストファー・ライト兄弟や、イエズス会士オズワルド・テシモンド、エドワード・オールドコーン神父など事件への関与が疑われた人物、陰謀事件発覚前の1601年に処刑されたロバート・ミドルトン神父などがいた。
学校を卒業後、初代モンタギュー子爵アンソニー・ブラウンに仕えるも、フォークスは子爵に疎まれ、短期間で解雇されてしまった。 その後、2代モンタギュー子爵アンソニー=マリア・ブラウンに雇われた。

=フォークスは結婚しており、息子がいたという情報があるが、同時代の証拠は何一つ見つかっていない=

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===== 続く =====

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