創作; “光の庭”のうたた寝 =016=

❢❢❢ 遼王朝皇族が耶律大石、王朝再興賦 ❢❢❢

オルドス-2

❝ =第一章第2節_03= 陰山・五原 ❞ 

過日の事。 保大元年=1121年=に起きた事件である。 遼の外戚である枢密使の蕭奉先(ショウホウセン)が、「遼の宗室である上京路都統・金吾衛大将軍=軍事最高位=の耶律余睹(ヤリツ・オト)が蕭文妃(ショウブンヒ、天祚帝の第一妃、耶律楚詞の祖母)と謀って、太子候補の晋王耶律敖盧斡(ヤリツ・ゴロアツ、天祚帝の長男、耶律楚詞の父)を帝位に就けようと図っている」と誣告したため、 余睹は金に亡命し、間もなく晋王の生母の蕭文妃は賜死させらたる遼皇室の事件である。 この事件は、蕭奉先が実の妹である天祚帝の第三夫人・蕭元妃が産んだ秦王耶律定=第5子=を太子とすべく策立したものであった。 さらに翌年1月に、再び 晋王・耶律敖盧斡遼の有力皇族である耶律徹八(ヤリツ・トウッハチ)らに擁立されたとの告発を信じた天祚帝は英明な長男・敖盧斡晋王も絞首刑に処ししまったのである。 全ては天祚帝の愚昧さが引き起こした事件であった。

その後、三ヵ年の月日が流れた。 しかし、事件後 蕭奉先の思惑通りに秦王が太子に定まったのだが、 金の太祖と入来山で戦って大敗した天祚帝は戦場離脱し長春に逃れ逃亡した。 留守を預かる宰相の李処温は遼人唯一の状元で人望篤き皇族の耶律大石遼興軍節度使と図って天祚帝の従父の耶律涅里(ヤリツジュン、淳)を擁立し北遼を建国した。 南京(燕京)にて涅里(淳)は天錫帝として即位するが三ヶ月で崩御し、北遼皇帝は秦王・耶律定が蕭徳妃(ショウトッキ、天錫帝皇后)摂政の下に擁立されたのは昨年=1122年=の10月のこと。 その北遼皇帝・耶律定が実父である天祚帝に与えられた秦王の官位を剥奪されることなく、ここ陰山・五原の王宮に蟄居させられている。

オルドス-1
耶律大石は思い返している。 三ヶ月ほど前、この王庭の門を潜ったその日から 北遼皇帝・耶律定とその摂政を務める蕭徳妃とは隔離された状態が続いている。 時折、天祚帝の佞臣である耶律隆先(ヤリツ・リュウセン)からそれらしい話を聞くが・・・・・ 皇帝・天祚に拝謁した時の事を・・・・・ あの折の皇帝の態度を・・・・・ 天祚帝の一言 一言を・・・・顔色の変化を悟られぬように声を高らめ、玉座の前方に腰を預けるように座る皇帝は、責問を続けた後に、
「大石、汝 いかなるいわれで 我が従父の耶律淳を擁し 天錫皇帝として北遼を開かせたか・・・・」
≪ 入来山での合戦で、阿骨打を追い詰めていた私の戦術を無視して、皇帝閣下が国軍をあらぬ方向に動かした上に、単独で金軍に挑み、破れて、私の援軍を待たずして 皇帝閣下が逃げたからだ ≫
= その時 大石は 傲然と天錫帝を睨み、『天祚帝が逃げたからだ』と史書は記している=

「我が忠臣、宰相・李処温と子女を誅殺したのは いかなるいわれか 」

≪ 宋と内通した上、共に擁した天錫帝を 薬をもって崩御せしめた。 それゆえに ≫ 屹然と、天祚帝を見詰めて・・・・・。 その声は凛と部屋に響いたであろう。 同席していた蕭徳妃皇后の嫋やかな顔が一瞬青ざめ、その姿態がよろめいたのを思いだす。 さらに、天錫皇帝の死因を知った蕭徳妃皇后の動揺するうろたえた様を玉座から見下ろす皇帝の芽の動きも見逃さなかった。 皇帝の冷ややかに蕭徳妃を見下していた視線が熱を帯びていた事を知り、一瞬 憎悪したことを・・・・・・・

「この地に、皇太子を連れて参ったのは いかなる しょぞんか 」

≪ 秦王殿下は 皇帝閣下が冠位をお与えに成った皇太子、金と宋が合力を致した今 遼王朝を永続せしめるが我が勤め。 皇帝閣下が西に走られた空位の都で将軍・将士を束ね、民を安んずるには 天下人を擁立せねば成りますまい ≫

私の声は凛とし、声は四辺を圧して行ったと思う。 私の天祚皇帝を見上げる眼光は力を増して行ったであろう。 続けて答えて行った。 私は、臆すること無く 言い放った。

≪ 北遼は 今、皇帝閣下の皇太子を擁立いたしております。 遼王朝のおける皇帝閣下の血筋を絶やすわけには参りませぬ。 また、いま 帝都南京では金に亡命した耶律余睹が南の宋の軍勢20万余と対峙し、北の阿骨打が50万の騎馬隊を南京に進軍させ、遼の官人を籠絡し あるいは武力で調伏しておる事はご存じであられましょう。 北帰によって 耶律家の遼を再興するには、北帰によってのみしか 我が策は御座いません ≫

がしかし、皇帝は私には視線を向けず、蕭徳妃皇后を見詰め続けていた。 私の才知・軍略を知る皇帝は私を恐れているであろう。 玉座の傍で視線を落として沈黙を守っていた耶律隆先(ヤリツ・リュウセン)が時折眼光鋭く威圧するように、猜疑の視線を向けて来たことが気になるが・・・・・・・。

カラ・キタイ

=== 続く ===

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