創作; “光の庭”のうたた寝 =038=

❢❢❢ 遼王朝皇族が耶律大石、王朝再興賦 ❢❢❢

朝日-2

❝ =第一章第3_07= 五原脱出

耶律時率いる先遣隊が偵察網を作り上げる活動に入った夜。 五原宮庭内の草庵に耶律大石統帥を取り巻いて話し合いが行われていた。 ウイグルの音楽が草庵から流れ出て、その音は夜のしじまに同化して行く。 静かな夜であった。「康阮は 第一番に行動を起こしてもらおう、オルドスの地を南東方向に抜け、万里の長城の南に沿って西夏国は興慶(現在の銀川)に向かえ。 康這はオルドスを南西に走り、兄と合流する。 かの地 オルドスの地は、村落が疎らにある。 従って、兵糧は金銭で賄える。 羊の肉や乳は事欠かぬであろう。 十分な遼銭を準備する事。 宋銭よりも西夏銭の多少の携帯が必要かもしれぬ。 そこに居られる何蕎殿が詳しかろうが・・・・・。 康阮は五十名の兵を引率し、康這は四十数名にて共に西夏国に入るがいい」と 淀みなく話を進めた大石は、円座後方に座る何蕎に視線を移している。 その視線が問いかけたている。

「欽宇阮は この地を残る勇者五十有余名とここを離れ、黄河が大きく蛇行し、東に向きを変える地点まで進み、汝が二十名を引率して西夏に入る。 西夏の都にて康阮と康這兄弟隊を迎える。 屈曲点から黄河に沿って南下すれば興慶はすぐじゃ、百余名の兵士が身を隠せる場所を西夏国内に工作することが任務として励まねばならぬが・・・
また、黄河屈曲地点に残る兵の将を定め、50名が約一か月間 厳冬の蒙古高原で兵営するに足る兵糧を集積する任務を与えよ。 この砦とその停泊地を夜陰に紛れて往復、また 近隣の村落から兵糧や資材を調達して、北の我らが可敦城に運び込む任務である。 準備が整えば、先行して可敦城に運搬するのだが、 最後にここを離れる我らは兵糧運搬隊に合流する。 黄河から陰山の西端を迂回する道は、蒙古に向かう隊商が行き来する道 危険はなかろう 」

「して、 我ら兄弟と宇阮は 何時頃、我らが城の可敦城に凱旋入城すればよろしいのでしょうか・・・・・」

「草原の草が目を噴く頃になろう・・・・・西夏での潜伏、苦労を掛けると思うが・・・」
「苦労は どの隊とて同じこと かまいませぬ 」

「最後に、石隻也 汝は相互の連絡役じゃ、西夏に潜伏する康阮、康這、欽宇阮との、また 陰山にて金軍を錯乱する任務を帯びる石力強や時との連絡もいたさねばならぬが、この連絡は天狗殿にもお願いせねばならないが・・・・・・、 欽宇阮 なにか 付け加えることがあろうか・・・・」

「いや、ありませんが、ただ・・・我らが北の城に運ぶ兵糧を運送隊が二度・三度と運び入れることになりましょう、その間 チムギ殿と天狗殿は西夏の中興府に居られてはいかがでしょうか 」

「いや、宇阮殿 それは叶いません。 耶律楚詞王子は 西夏王が受け入れてくれるのは間違いなしと思われますがチムギ殿が西夏に戻れば縁者の者たちが再び旅に出ることをゆるさないと思われます 」と 唐突に何蕎が話を出し、話を続ける。 「統師殿、僭越ではございますが、身どもが欽宇阮殿と共に興慶に使いさせていただきたい、主 ウルフ様に、統師殿の勇者を匿う手段をお願いしとうございます。 また、草原の城で活躍される方々の兵糧などは、私が差配できましょう。 欽宇阮殿は、さしあたり必要なだけの資材を手配され、ウルフ様の配下の交易商に運ばせば 事は容易だと考えますが・・・・・・」

「蕎殿、今宵も一献差し上げねばならぬなぁ・・・・・ありがたいお申し出でござる 」と 言い放った宇阮は すかさず、大石の目を覗っている。

「何蕎殿、先夜と言い 今の話と言い、お礼申そう。 未だお会いせぬセデキ・ウルフ殿には文いたす故、欽宇阮と共に興慶に向かっていただきたい。 また、チムギ殿は先夜の話し合いのように我々と行動をともにする。」と愁眉を開く思いがしたのであろう、 耶律大石は百十数名の配下の勇者達がたとえ短い時間であろうとも安息できる方策が立ったと思って安堵した様子である。 そして、

「今 一言付け加えておこう。 ・・・決めかねていたのだが、天狗の楚詞は 明日より 時や遥、隻也がもたらす情報を収握して我らが進むべき道を示す総監の任に就くこと。」

葦原ー1

 再び 畢厳劉と何亨理が楽を奏で始めた。 もの静かな歌声が曹舜の口から流れ出している。 耶律楚詞がその場の空気を掻き乱さぬようすで庭に出た。 外は寒く薄明りである。 庭の片隅に立ち、やや 両脚を広げ、腰を落として 寒気を胸いっぱいに吸い、ゆっくりと吐き出している。 チムギが楚詞の不在に気付き、大石に目礼をして外に出た。

寒気が一気に彼女を被う、彼女は裏庭で 拳法の型を行っている楚詞の姿を薄明りの中で見た。 楚詞の動きは鳳凰が舞踊しているのではないかと思わせる気品に満ちた仕草であった。 《・・・・楚詞さま、私くしも 明日より剣を持ちまする・・・・・》 と心の中で呟き、チムギは楽が流れる草庵に戻った。

その夜半、耶律大石は二つの文を認めた。 燕京にいる友・安禄明へと興慶のセデキ・ウルフ宛の文であった。 安禄明への文面は短く、耶律時が阿骨打の動向偵察に赴いている。 ついては、燕京にいる耶律遥に居庸関の旧臣が隠れ屋にて時と落ち合い相互の情報を確認し合い今後の方針を決める。 従って、次の満月の夜、時が隠れ屋にいる。 遥への連絡を繋ぐ依頼が要旨の文であった。
もう一通は、興慶へはチムギ子飼いの畢厳劉が携える長文であった。 燕京に居るチムギの尊父石抹言と政商・安禄衝の助言を受け入れ、天祚皇帝の西夏への亡命を諾でもなく否でもない状態で領内最北の荒地に仮寓させている事への正式な礼状と、遼帝国の崩壊は現実であるが しかし 遼帝国の最後の統帥として、今後採るべき遼・耶律家の再興は故地の草原に立ち戻って図る旨が簡潔な美文で記されていた。 その文面からは耶律大石が契丹人唯一の状元であることを忍ばせるものであった。

2015-02-25_1

=== 続く ===

前節へ移行 ; https://thubokou.wordpress.com/2015/06/24/

後節へ移動 ; https://thubokou.wordpress.com/2015/06/26/

 ※ 下線色違いの文字をクリックにて詳細説明が表示されます ⇒ ウィキペディア=に移行
*当該地図・地形図を参照下さい

—— 姉妹ブログ 一度、訪ねてください——–

【疑心暗鬼;民族紀行】 http://bogoda.jugem.jp/

【浪漫孤鴻;時事心象】 http://plaza.rakuten.co.jp/bogoda5445/

【閑仁耕筆;探検譜講】 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon/

ブログランキング・にほんブログ村へ クリック願います 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中