剛毅なる魂、外交官・小村寿太郎 (11)

07-15-1

❢❢❢ 妥協のポーツマス ❢❢❢ 

ポーツマスの講和に臨んだ大日本帝国とロシア帝国の代表・・・・・ 上記のごとく、ロシアは敗北を認めようとしなかった。 大国としてプライドが許さなかったし、さらなる戦力を保有していたロシアにとって戦い続けることは可能であった。 一方、日本は今すぐにでも終戦、講和への駒を進めないと、戦力は限界の域に達していたから、小村は米国のルーズベルト大統領に講和勧告を働きかける。 日本に好意的な世論がルーズベルト大統領に作用したのであろうか、日本はなんとか講和に持ち込んだ。

さて、小村寿太郎はポーツマスに出発するとき、新橋駅で戦勝を祝う歓呼の人垣に囲まれて見送る首相の桂太郎に、「(自分が)帰って来る時には、人気は丸で正反対でしょう」と言った。 小村は大国ロシアとの交渉が難航することを最初から予見していたという =金山宣夫 『小村寿太郎とポーツマス』= 。
「ロイター」「タイムズ」が日本寄りのニュースを送っていたことから1905年(明治38年)のアメリカは日本びいきの世論が醸成されていた。 社交界で揉まれたヴィッテ=前記参照=は、両国間で秘密とされた交渉途中の内容をアメリカの新聞記者に漏らして恩を売るなど世論工作を繰り広げたが、小村寿太郎は国の代表として秘密を守り続けていた。
交渉が暗礁に乗り上げて状況のその日の深夜、寿太郎は本多電信主任に起され、長文の電報を渡された。それは金子堅太郎からの暗号電報で、午後七時にニューヨークから発信された緊急電であった。 彼は読み終ると、本多に高平と山座を呼ぶように命じた。 電文を翻訳して内容を知っている本多は、すぐに部屋を出て行った。 山座についで高平が、本多とともに部屋に入ってきた。

小村寿太郎は高平に電文を渡し、高平は読み終ると山座に渡した。 電文は、金子のもとに届けられたルーズベルトの秘密書簡の全文であった。 そこには、金銭のために戦争継続も覚悟している日本に対する批判の世論が強いので、金銭に関する要求をすべて撤回した方が、 今後、日本のために利益になるだろう、と記されていた。また、ルーズベルトがロシア皇帝に、譲歩を求める第二回目の親電を発したことも書かれていた。

これまでルーズベルトは、日本が樺太北部をロシアに返還する代りに代償金の支払いを求めるのは当然だ、と強調していた。 それが、突然、償金要求は好ましくないと態度を一変させた理由が解しかねた。 小村寿太郎 は、ルーズベルトが世論を恐れているのだ、と思った。 ルーズベルトはその年の春に再選され、日露講和を成立させることで国民の支持をさらにたかめようとしているにちがいなかった。 かれは、常に世論の動きに注意をはらい、急にたかまってきた日本の金銭要求に対する批判を重視し、 自分の立場が悪評にさらされることを危惧して日本側に要求の撤回を求めてきたのだと推定された。

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 書簡の内容を記した電文に添えられた金子の感想にも、「私ハ驚キ、疑ヒ、其原因ヲ推測スルニ苦ミタリ」と、記されていたが、陰の支援者であったルーズベルトが態度を一変したことは、 日本側にとって大きな打撃であった。

小村寿太郎からポーツマス引揚の電報を受けた首相・は、二十四時間の会議延長を寿太郎に指示すると同時に元老、閣僚の合同会議を招集した。 八月二十八日午前七時、首相官邸で会議が開催された。 出席者は伊藤山県井上、の三元老(松方正義は病気欠席)と桂首相をはじめ寺内陸軍山本海軍、芳川内務、清浦農商務、 曾禰大蔵、波多野司法、大浦逓信、久保田文部の各大臣であった。
桂首相は、それまでの小村寿太郎全権からの会議経過の概要を報告、まず会議決裂を回避させるかどうかについて意見をもとめた。 それは戦争の継続を覚悟するか否かという質問と同じであった。 戦場視察をした山県が、あらためて現地軍の情勢について発言した。

 

戦場では、一応戦争継続も予想して戦闘準備をととのえてはいるが、 有利に戦闘を展開しリネウィッチ軍を撃破してハルピンに進攻することができたとしても、その攻略は本年末になり、 さらに兵を進めてウラジオストックを占領することに成功したとしても、それ以上の進撃は不可能で、 ロシア軍を再起不能にさせることは望めない、と説明した。 また、軍事費は一年に十七、八億円にも達するにちがいなく、それが調達できなければ、弾薬も糧食もつき、 全軍が大陸の原野に立ち往生しなければならなくなるだろう、と述べた。

現在でも軍事費をひねり出すのは困難な情態で、伊藤井上をはじめ曾禰蔵相も、そのような支出は無理で、 財政的に完全に破綻する、と断言した。 結局、戦争を継続することは到底不可能だということに意見が一致し、講和を成立にみちびくための協議に入った。 むろん議題は樺太割譲と償金支払いの二条件の扱いがすべてで、それらをどの程度譲歩するかが論議の焦点になった。 償金問題については、財政の建直しのためぜひとも要求したかったが、ロシア側も極度に貧窮していて、 それに応ずることはできそうにもなく、十二億円を六億円まで減額したら、という意見もあった。

が、山本海相は、「償金問題は放棄すべきである。吾々は、金銭を得るために戦争をしたのではない」と言い、それに山県、寺内も同調し、結局、償金要求は一切放棄することに決定した。

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 次に、樺太問題に移ったが、議論は白熱化した。 樺太は日本軍が完全に占領した地であり、戦勝国としてその割譲を要求するのは当然であるという主張が大勢を占めた。 しかも、その地は歴史的にも日本領であり、ロシアに返還する理由は全くないと強調する声も多く、 代償金問題の放棄を口にした山本も、樺太領有をあくまで貫くべきだと主張した。

しかし、そうした声も、山県の発言によって打消された。 「ロシア皇帝は、ひと握りの土も日本に渡してはならぬと厳命している。 私としてもまことに憤慨に堪えぬが、樺太割譲を要求することは戦争継続に直接つながる。 講和の成立を実現させるためには、大譲歩する以外にない」と、説いた。

会議の席に悲痛な空気が流れ、一部の者からウイッテの提案した樺太北部のみをロシアに返還する案を推しすすめてはどうかという意見もあったが、 情勢を綜合判断した結果、それも拒否されることは確実なので、樺太すべてを放棄する以外にあるまいという空気が濃厚になった。
かれらの顔には、苦渋の色がにじみ出ていた。 国内では講和会議に対する不満が日増しにつのり、即日会議中止、戦争継続の声がたかまっていて、 新聞もロシア側の強い姿勢を突きくずせぬ小村全権をはじめ元老、閣僚に激しい非難を浴びせている。 もしも、条件中の最も重要な償金支払いと樺太割譲要求の放棄を決定すれば、国内に大騒乱が起ることはあきらかだった。

しかし、講和成立を期するかぎり償金、樺太両問題の一切の放棄は絶対に必要であり、結局、全員一致で放棄を決議した。 会議の終了は、午後二時十分であった。 その後、かれらは、ただちに車をつらねて皇居におもむき、天皇出席のもとに御前会議を開いた。桂首相兼臨時外相が、元老・閣僚合同会議の決議を報告すると、天皇はそれを期待していたらしく即座に裁可をあたえた。

07-15-4

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===== 続く =====

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