不沈客船タイタニックの悲劇=06=

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❢❢❢ 運命が背を向けた1912年4月14日夜 ❢❢❢

この日は穏やかで風のない、素晴らしく晴れ渡った夜だった。月明かりがなく、水平線と空の境界線ははっきりしなかったが、視界は良好である。 しかし、風がないと白波が立たず、通常なら氷山のすそに生じる水しぶきもあがらない。 「こんな日は氷山が見つけにくい。 まったく厄介な天気だ」と見張り員たちは口々に言いながら、持ち場についていた。

問題は天候だけではなかった。 見張り台には通常はあるはずの双眼鏡がなかったのだ。 見張り員は双眼鏡を要求したが、その所在を知る者はおらず、この航海では双眼鏡がないまま監視を続けていたのだった。 もし双眼鏡があれば、氷山を避けることができたのだろうか=双眼鏡の管理については前節参照=。 後の査問委員会で、見張り員のひとり、フレデリック・フリートは、「双眼鏡があれば、回避するのに十分な距離で氷山を見つけることができたと思う」と話している 。双眼鏡の装備などを忘れるはずがないように思うが、あまりにも当然すぎる事項であったがゆえに、処女航海というこの特別な舞台で見落とされてしまったのだろう。 そんな状況をよそに、タイタニック号はスピードをゆるめることなく、高速で走り続けた。

通信士のジャック・フィリップスは、疲れきっていた。 この船には2人の通信士が乗船し、12時間交代で勤務を行っていたが、この日の夕方に無線機が故障してしまい、4時間も器械との格闘を余儀なくされたのである。 その間にも、乗客たちの通信文書が山のように積み重なり、修理後はその処理に忙殺されていた=通信士の乗組員としての資格・任務に関しては前節参照=。  午後11時ごろ、フィリップスが一等船客の紳士に頼まれた私信を送っていると、突然、カリフォルニアン号からの無線が割り込んできた。  「当船、氷に囲まれて停泊中」。 カリフォルニアン号は近くにいたとみえ、その通信音は大きく、疲れ果てていたフィリップスの頭にがんがんと響いた。

「うるさい、黙れ。今、レース岬と交信中で忙しいんだ / Shut up. Shut up. I am busy. I am working Cape Race.」  腹が立ったフィリップスは、カリフォルニアン号からの通信を一方的に切ってしまう。こうしてタイタニック号は、一路悲劇へと舵をきっていく。

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☛ ☞  トーマス・アンドリューズ

1873年、北アイルランドの名家に生まれたアンドリューズは、船が大好きな少年だった。16歳になると、ベルファストにある造船会社ハーランド・アンド・ウルフ社に入社し、見習い工として修行を積む。仕事熱心で誠実な人柄のアンドリューズは、作業員たちからも好かれた。遅刻者や休憩の警笛が鳴る前に休んでいる者には烈火のごとく怒るが、困っている者には喜んで手を貸し、「既婚者の命は大切だ」と言って率先して危険な作業をこなしたという。

設計担当者としても携わったタイタニック号に乗船したときは39歳。4年前には結婚、ひとり娘の父親になっていた。自分がつくる船に愛情を注いだ彼は、タイタニック号が半分ほど完成した頃、妊娠中の妻を造船所に連れて行き、自慢の豪華客船を披露している。どんなに誇らしく幸せな瞬間だっただろう。

タイタニック号の運命を最初に理解したのは、アンドリューズ自身である。悲痛な思いを胸にしまい、乗客たちに避難するよう呼びかけるが、不沈船の危機はなかなか伝わらない。パニックになるのを避けるため、相手の性格に合わせてアドバイスを変えた。ある人には声を張り上げて、ある人には諭すように。彼によって命を救われた人は少なくない。最後は喫煙室の絵の前に立ちつくしている姿を、多くの人々に目撃されている。 乗客救出に尽力し、船とともに生涯を終えたアンドリューズは、各メディアで英雄として讃えられた。

❢❢❢ 沈まない船の盲点 ❢❢❢

午後11時40分ごろ、見張りについていたフリートは、水平線にもやのようなものがあるのに気づいた。「あの向こうが見えないものか…」。 しばらく目を凝らしていると、もやは消え、やがて前方に広がる暗闇のなかに何かが見えた。 突然現れたその物体は最初のうちは非常に小さく見えたが、急速に大きくなっていった。

「……!」 フリートは、すぐさま頭上にある鐘を思い切り3度鳴らした。 カーン、カーン、カーン!
「真っ正面に氷山」

ブリッジで受話器をつかんだ六等航海士ジェームズ・ムーディーは「サンキュー」と答えると、すぐに一等航海士ウィリアム・マードックに伝え、マードックは「取舵一杯!」と叫んだ。 進行方向左へと舵をきり、エンジンを逆回転させたが、タイタニック号は大きな船だ、進路がそう簡単に変わるわけがない。 迫ってくる氷山を目前に、見張り台にいたフリートはしっかりと足を踏ん張った。あとは船首が左に逸れるのを祈るしかない。 頼む、頼むから、逸れてくれ…。

このまま氷山めがけて突き進むのではないかと思われた。 わずか数分が何時間にも感じられた後、この大きな豪華客船はようやく左に進路をとりはじめた。 フリートは一瞬ホッと安心したようにため息をもらしたが、氷山はすでに船首の右直前に迫っており、船体右側のはるか下の方をなでるようにして、後方へと去っていった。

接触はわずか10秒ほどだった。 一等船室にいた乗客たちの多くは、この接触に気づいていない。 喫煙室では変わらずカードゲームが行われ、デッキでは接触した際に落ちてきた氷山のかけらで遊ぶ者もいた。 しかし、船底近くにいた三等船客や乗組員たちは違う。 ズシンという衝撃と金属を引っかくような不快な音、続いてバリバリと鉄板が破れるような音を聞き、身に迫る危険を感じ取った。

スミスはブリッジへと急ぎ、航海士に船内を点検に行かせた。 すると、営繕係がブリッジに飛び込んで来た。「どんどん浸水しています!」。 その直後には郵便係も現れ、「郵便室に水がどんどん入ってきています!」と大声で叫んだ。 スミスはハーランド・アンド・ウルフ社の建造責任者で、この処女航海に乗り込んでいたトーマス・アンドリューズ(Thomas Andrews Jr.、1873~1912年)とともに、自ら被害の具合を確認するために船底へと向かった。

「何ということだ!」。 そこにはぞっとするような光景が広がっていた。船倉、郵便室はすでに浸水、乗客の荷物や郵便物が水の中を漂っている。衝突から10分しか経っていないのにもかかわらず、第6ボイラー室の水位はすでに頭上をはるかに超えているではないか。 2人は言葉を失った。

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  ところで、この豪華客船が沈没したのは、氷山が船体側面に長さ約90メートルにわたって亀裂をつくり、そこから浸水したのが原因だと長い間考えられてきた。しかしながら近年の研究で、氷山が側面をこすったことによって鉄板がたわみ、その鉄板を留めていたリベット(鋲)が外れ、船体の継ぎ目が裂けたことが明らかになっている。 裂けた箇所は16区画のうち最初の6つ。裂け目の幅はせいぜい親指が入る程度だったが、水圧が高く、海水は容赦なく入り込んでくる。通常、船は排水機能を持っているが、浸水量が排水量をはるかに上回っていた。

現場の様子からアンドリューズがタイタニック号の置かれた状況を分析すると、結果は絶望的だった。 タイタニック号は16の防水区画のうち、4区画に浸水しても沈没しないが、すでに6区画で損傷が生じている。 それらの区画に浸水すると、流れ込んできた水の重さで船首が下がる。 真ん中の8つの防水隔壁はそれほど高い位置まで設けられていないため、浸水した防水区画内の水位がその隔壁の高さを超えてしまえば、次から次へと隣の防水区画に水が流れ込んでいく。アンドリューズは心痛な面持ちで言った。

タイタニックは1時間から1時間半で沈没します

スミスは呆然とした。2200人以上の乗船者に対して、救命ボートは20艘、乗ることができるのは1178人のみ。 1000人以上が死ぬ。 けを呼ばなければ…。 このときもっとも近くにいたのはカリフォルニアン号だ。
周囲を浮氷原に囲まれて、タイタニック号からわずか37キロ(公式記録)の距離に停泊していた。

 ☛ ☞   救命ボートが少なかった訳

存知の通りタイタニック号には乗員892名・乗客1320名、計2212名もの人間が乗っている中で救命ボートの数はたったの20艘です。 1艘約、60人乗れるボート それでは約1200人しか乗る事ができません。 何故ボートはこんなに数が少なかったのでしょうか?

それは1つがデッキが狭くなる。 とか沈まない船には多くはいらないとか、色々な反対意見が出され積むのを止めたそうです。 元々当時は英商務省の規定では定員分の救命ボートは乗せなくても良かったのです。 実際にも事件当時、皆は混乱し、60人用ボートにはほとんど満員乗っていません。 不安定になるなどという話が出ていたからです。 そして話によると11歳の少年もボートに乗せてもらえないと言う事も起きました。 沈没後、船に残った1502人は海で凍死しました。 2212人中703人しか助かっていません。 もし救命ボートが人数分あればこのような死者数を出さないで済んだでしょう。 この事件以来、どの船も救命ボートを人数分積むように言われました。

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===== 続く =====

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