不沈客船タイタニックの悲劇=10=

08-06-1

❢❢❢ 悲劇を生んだ『想定外』と人為的ミス ❢❢❢ 

タイタニック号の悲報は、あっという間に世界を駆け巡った。 なかでも船会社の社長が生き残ったということには、非難の声が高まった。 イズメイは乗組員とともに懸命に乗客の救助にあたっていたが、最後のボートを下ろす準備が整ったとき、客に成りすまして 下降を開始したそのボートに飛び込み、九死に一生を得ている。 後年、ある証言者によって、イズメイがボートに乗り込む際に他の人を押しのけていたという目撃談も残されている。 彼を見る世間の目は厳しく、ブルースという彼の名前をもじって「ブルート(bruteけだもの)」という別名までつけられた。

年74。 タイタニック号の沈没から25年が経っていた。

船長・スミスはタイタニック号と運命をともにし、62歳で最後の航海を道なかばにして終えた。 彼の死後、とくにイズメイとの比較から、きわめて英雄的だと絶賛された一方で、スミスのとった行動を疑問視する声もある。彼は氷山を警戒して進路を少し南方に変更したものの、見張り員には氷山を警戒するようにと命令したのみで、増員を計るなどの対応を怠った。 カルパチア号がタイタニック号の救助に向けて猛スピードを上げたとき、船長は見張り員の数を少なくとも7人追加していることからも、スミスの判断ミスが事故の一因となった可能性も否定できない。

さらに、タイタニック号の不運は氷山との接触の仕方にもある。 氷山の発見がもっと遅く、むしろ正面からぶつかっていたら、損傷は前方の一部で済んだかもしれないのだ。 1879年にも同様の氷山衝突事故があり、そのとき氷山に正面からぶつかったアリゾナ号は、船首から約10メートルにかけて押しつぶされたように破損したものの、死者を出すことなく港まで無事に辿り着いている。

氷山という自然の脅威がもたらしたこの大惨事は、数々の偶然と想定を超えた不運が重なり合った結果だった。 もし処女航海が延期されなければ…、氷山の発見があと数秒早いか、もしくは遅ければ…、カリフォルニアン号が無線を切らないでいたら…、沈むまでにもっと時間があれば…。 しかし、どれひとつとしてタイタニック号に 味方するものはなかった。

奇しくもタイタニック号沈没から100年目の今年1月、イタリアで大型客船の海難事故が起きた。 そして、韓国でも。 100年前、『不沈』と言われた船が不運に見舞われてあっけなく沈んだように、技術が大きく進歩した現代でも、技術を過信し慢心すれば船は沈み、簡単に人の命が奪われてしまうことを教えた。 さらに昨年、日本は「想定外」の規模の大地震に見舞われ、さらに「想定外」のサイズの津波が福島原発を襲う瞬間を目撃した。 一体、「想定内」とは何だったのか。

少なくとも私たちは「想定外のことは起こる」ことを知っておかなければならないだろう。 そして、その「想定外」を「想定内」にすべく全力を挙げて備えるともに、人為的ミスをいかに回避するか、その方策を練るのに人智を尽くすことが今を生きる私たちに与えられた課題なのではなかろうか。 タイタニック号の悲劇や、東日本大震災のような非情な天災を振り返るとき、無念のうちにこの世を去った多くの人々が、声なき声をもってそう訴えているように思えてならない。

08-06-2

❢❢❢ 悲劇のもたらしたもの ❢❢❢ 

かくして、20世紀初頭に起きた海難史上最大の大惨事は終わった。 この事故による犠牲者数は1500名余りにも及んだ。 タイタニックが沈没して、丁度百年になる。 1912年4月の14日がその日だ。 映画「タイタニック」は余りにも有名だし、あの映画でタイタニック号の事故は、より以上に有名になったような気がする。 内容もさることながら、事故当時の状況が手に取るように分かる気がした。

沈没百年の節目でもあるのだろうか…。 少し前から、タイタニックに関する番組を目にする機会があった。 沈没までの経緯は映画にあった通りなのだが、“その後のタイタニック”とでもいうのだろうか、数奇な運命や、生存者のその後に目を見張るものがあったので転記してみたい。

映画を観た人なら知っていると思うが、タイタニックが沈没するその寸前まで演奏を続けた楽団員達がいた。普段は、ファースト・クラスの客のためにレストランで演奏をしているのだが、タイタニックが氷山と衝突してデッキへの避難が始まると、彼らも一緒にデッキに上って沈没の寸前まで演奏を続けていた。 様々な曲が演奏されたが、その最後の曲は讃美歌の「主よ、御元に近づかん」だったと言われている。

自分たちの最期が十分予想できる中、最後まで毅然とした姿で演奏を続ける姿には感動を覚える。‥
そんな楽団員の中に、ジョック・ヒュームという父親から結婚を反対されている奏者がいた。 彼は反対する親を押し切り、彼女と一緒になる資金を稼ぐためにタイタニックに乗り込む。 ジョックが船に乗り込む一週間前、付き合っていたメアリーから妊娠していることを知らされる。 ジョックは喜び、タイタニックの航海から戻ったら結婚しようと約束する。

しかし、その約束は果たされることがなかった。
タイタニックの沈没とジョックの死を知った彼女は、絶望に打ちひしがれる。彼女は未婚で、お腹の子供の父親は死んでしまっている。 さんざん考えた挙句、メアリーはジョックの父親のアンドリューに助けを求めた。しかし、彼はメアリーを冷たく突き放した…。 タイタニックの遺族のために基金が設立された。 メアリーは補償金の需給を申請するが、それもジョックの父アンドリューに阻止される。 自分たちも遺族であるため、その需給を申請したのだ。 そうすることで、メアリーの需給が阻止されると考えての行動だ。 しかし、その件は裁判になり、結果として、メアリーは補償金の需給を受けられるようになった。

しかし、それから百年間、二つの家族は全く関わりを持たずに過ごしてきた。‥  そんなある日、アンドリュー・ヒュームの曾孫の所に、ジョック・ヒュームの孫という者から連絡が入る…。 百年間疎遠になっていた二つの家族が、一気に結びついた瞬間だ。

タイタニックの生存者の割合は、一等船室の客は60%、二等船室の客は40%、三等船室の客は25%の生存率だ。 三等船室にいた客はほとんどが移民だったため、入国の審査のためだろうか、一等、二等船室とは鉄格子により隔離され、事故当時は、デッキにさえ出ることが出来なかったそうだ。 避難には、当然、女子供が優先された。 実際、男性の生存率は極めて低い。 そんな中、生き残った男性は、何故ボートに乗ったのかという査問委員会の厳しい追及を受けた。 その結果、評判を落とし身を滅ぼした人も少なくない。

そのうちの一人が、コズモ・ダフ・ゴードン卿だ。 彼はその名声の通り一等船室の客だった。 妻と共に当たり前のように救命ボートに乗船した。 映画タイタニックでも、彼のその時の様子は映し出されていた。 救命ボートの乗船定員をはるかに下回る人数で漕ぎ出し、波間に漂い助けを求める人をボートを漕ぐオールで蹴落としていたのがコズモ卿だ。 彼は、「人を載せるな!!こっちのボートが転覆してしまう!!」といって、決して救助をさせなかった。 助けに来たカルパチア号に救助された後も、コズモ卿は一緒にボートに乗っていた乗組員たちに5ポンドづつの小切手を切っている。 そのことが、余計に彼の評判を落としていった。 彼は散々非難され、この時のことが一生暗い影として付きまとった。

もう一人は、タイタニックの所属するホワイトスターライン社の社長であるブルース・イズメイだ。 彼は、いち早く事故の知らせを受け救助にも手を貸すが、最後の救命ボートのほんの隙間を見付けると、そこに飛び込んでしまった。 他の多くの男性が船と命を共にしなければならないのに、タイタニック号の所有者が逃げ出してしまったら非難を受けるのも当然だ。 彼はマスコミからも散々叩かれ、決して晴れることのない“臆病者”という不名誉を着たまま、残りの人生を過ごすことになってしまった。 当然、彼も不名誉な姿で映画に登場している。

08-06-3

  日本人でたった一人タイタニックに乗り込み、生存した人もいる。 彼は二等船室の客として乗船していたが、事故後、やっとのことでデッキにあがった。 そして、救命ボートに乗ろうとすると、タイタニックの船員に短銃を突き付けられて乗船を拒否されてしまう。 二等船室の客だったからか、有色人種に対する差別からかは分からないが、救命ボートに乗ることを諦め、彼は日本人として恥ずかしくない最期を迎えなければならないと自分に言い聞かせ覚悟を決める。

そんな折、細野は混乱状態の中でいつの間にかデッキの端まで押され続け、そこでも後ろから突き飛ばされたが、結果的に最後のボートの残こっていた空席にかろうじて転がり込むことになった。  横にいた者が下に降ろされようとしていた救命ボートに飛び込むように乗り込んだ。 それを見て、その日本人も撃たれるのを覚悟で救命ボートに飛び乗り、間一髪で生存するに至っている。 言わば奇跡的と言ってもよく、細野はボートに乗ることの出来た一番最後の人間なのであった。   ちなみに、その人は元YMOの細野さんのお爺さんだ= その時の模様を記した手記は、とても臨場感がある。 詳しく後述する=。 そのお爺さんが亡くなっていれば、我々はYMOの音楽を聴くこともできなかったのだが・・・・・・・。

タイタニックが建造されている時、その工事の過程で八人の人が死んでいる。 また、進水式の際にもタイタニクが引き起こす巨大なスクリューの引き波で、近くにいた船と衝突しそうになっている。 不吉な前兆だった。 そしてその前兆の通り、処女航海で不沈船とまで謳われていた船が氷山に衝突して沈んでしまう…。 姉妹船のオリンピックとブリタニックにも不吉な最期が待っていた…。 もしかして、タイタニックの沈没は、造船の際に事故で亡くなった人達の怨念だったのかもしれない…。

08-06-4

※ 下線色違いの文字をクリックにて詳細説明が表示されます ⇒ ウィキペディア=に移行
===== 続く =====

                         *当該地図・地形図を参照下さい

—— 姉妹ブログ 一度、訪ねてください——–

【疑心暗鬼;民族紀行】 http://bogoda.jugem.jp

【浪漫孤鴻;時事心象】 http://plaza.rakuten.co.jp/bogoda5445/

【閑仁耕筆;探検譜講】 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon/

【壺公慷慨;歴史小説】 http://ameblo.jp/thunokou/

ブログランキング・にほんブログ村へ クリック願います 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中