不沈客船タイタニックの悲劇=11=

08-07-1

❢❢❢ 沈没  ❢❢❢
船底の防水隔壁を徐々に突破していった海水の影響で、タイタニックは船首から沈み、船尾が大きく海面から突き出た状態になった。 通常の設計では有り得ない負荷がかかり、衝突から2時間40分後の2時20分、轟音と共に船体は二つに折れてしまった。 検証によれば折れた個所は構造的に比較的弱かった後部大階段付近(第3煙突後方)であり、引きちぎられるように折れた。 なおデッキの多い客船は、沈没の際に早期に転覆するのが通常であり、タイタニックのように最後まで転覆せず、船尾が空中高く持ち上がり、あまつさえその負荷により船体が折れる事例は極めて珍しく、電気系統は沈没直前まで生きていた。

二つに折れたタイタニックは、船首側がまず沈没し、残った船尾側もやや遅れて沈んだ。 沈没後、すぐに救助に向かえば遭難者の皆が舷側にしがみつき救命ボートまでもが沈没するかもしれないと他の乗組員が恐れたため、数ある救命ボートのうちたった1艘しか溺者救助に向かわなかった(左舷14号ボート)。 そのボートは救助に向かうため、再編成をしたロウ5等航海士が艇長のボートであった。 しかし、ロウ5等航海士が準備を整えて救助に向かった時、沈没から既に30分は経過しており、既に手遅れであった。 4月の大西洋は気温が低く、人々が投げ出された海は海水温度が零下2度。 乗客の大半は低体温床などでほとんどが短時間(数十分~20分)で死亡(凍死)か、低体温症以前に心臓麻痺で数分以内で死亡したと考えられている。 その中には赤ん坊を抱いた母親もいたという。

2時間後、近くを通りかかった客船が救助船を出し生存者を捜索し、まだ海に浮かんでいた中で2名の生存者を救出した。 その二人の内一人は、浮遊していたドアによじ登っていた者で、水に浸かっていなかったため低体温症のスピードが遅れて間に合ったと見られている。 驚くべき事例がもう一人の者で、全身が水に浸かっていたのにもかかわらず生存していた。 医学的検査の結果、内臓や血管などに特殊なものはなく、唯一の差は『酔っ払っていた』ことであった。 しかし、酔っ払っていたから助かったとは言い切れない。 救助された後に亡くなった犠牲者の中には同じように酔っていてアルコール血中濃度の高い者もいたからである。 この生存者は、平均して20分程度で死亡した周囲の脱出者の中で2時間も生存した、稀有な例である。

タイタニック号の遭難については、積んでいた古代エジプトのミイラの呪いによるものだとか、経営に息詰まったホワイト・スターライン社の保険金欲しさからの故意による事故であるとか噂されたことがあった。 確かに、なぜ肝心な時に双眼鏡がなかったのか、そしてなぜ氷山の警告を無視してまで、危険な夜間に高速で航行せねばならなかったのか、なぜホワイト・スターライン社の大株主モーガンが出港直前になって乗船を取り止めにしたのか、いろいろと疑問は残るが、総合的に判断すれば一つの事実が見えて来る。

まず処女航海にあたり、ホワイト・スターライン社の社長イズメイ、設計主任のアンドリュースなど始め、各産業界のVIPが数多く乗り組んでおり、豪華さ、機能面ともに評判通りの船であるということを世界にアピールする必要があった。 その意味から、すでに就航している姉妹艦オリンピック号よりもさらに華々しい航海でなくてはならなかったのだ。 そのうえ、過去にその功績により、何度も表彰を受けたこともある栄光あるスミス船長にとって、この航海が最後になることから、名誉ある引退の儀式にする必要があったことなどが挙げられる。 かくして、夢の船とか不沈船とか浮かぶ宮殿とか称賛された結果が、自然をあなどり氷山の脅威をおろそかにすることにつながったと思われるのだ。

08-07-2

 ☛ ☞  タイタニック号の悲劇と教訓=あるエッセイより=

1912年4月15日に、その処女航海の途中で沈没して、世界中の人々に計り知れないほどの衝撃を与えたタイタニック号。 不沈船、自然の脅威に屈しない船とされていたこの大客船は、「海上に浮かぶ町」と呼ばれていた。 タイタニック号の安全説は、幾つかの科学的根拠に基ついていた。 今一度確認すれば、船首から船尾にかけて150の水密隔壁が設けられ、船体強度が高められてた。 水密隔壁は、船が深刻なダメージを受けた場合でも浮力を確保するためのものでした。 さらに、タイタニック号には、新式の水中電気音声信号システムが装備され、マルコ二ー社が開発した船上無線室も設置されていた。
それまでの船旅には、「船舶の孤立化」問題による不安が付きまとっており、いったん外洋に出ると他の世界と遮断され、陸上と連絡を取る手段は一切なかった時代である。 しかし、無線の設置により、このような不安が完全に解消されたのです。 タイタニック号の「不沈神話」のもうひとつの要因は、エドワード・スミス船長の存在でした。 64歳になるスミス船長は、船会社からも、乗客からも絶大な信頼を得ていました。 それは、船長としての長いキャリアの中で、困難に直面しても、常に冷静な対処をしていたからです。

こうして、最高の船長の指揮下で、最新技術を誇るタイタニック号が、どんな海上の危険をも克服できると世界中の人々は信じて疑いませんでした。 ところが、その処女航海の時に、タイタニック号は氷山と衝突し、その数時間後に海の底に沈んでしまった。 沈没の原因として、様々な理由が挙げられていますが、重要な事項の一つは、船の検査のときに、手が抜かれたことです。 「不沈の船に念入りにチェックする必要はない」と思われていました。 同じ理由で、救命ボートの数も、半分に減らされたのです。

聖書の箴言には、次のような言葉 「高ぶりは破滅に先立ち、心の高慢は倒れに先立つ」(16章18節)。 人間はしばしば、自分の力を過信して、自らの栄誉ばかりを求めるあまり、取り返しのつかない失敗をすることがあります。 巨体は二つに折れ、氷山漂う海中に没して海底に横たわるタイタニック号は、今もその教訓を語っている。 ちなみに、タイタニックという船名はギリシア神話に登場する巨人族の神ティタンに由来しますが、ギリシア神話をひもとくと、ティタンの大きな力は善行には使うことができず、そのため、世界の均衡を保つためには、ティタンは抹殺されなければならなかった。

箴言の言葉はこう続きます。  「へりくだって貧しい者とともにいるのは、高ぶる者とともにいて、分捕り物を分けるのにまさる。 みことばに心を留める者は幸いを見つける。 主に拠り頼む者は幸いである」(19-20節)。  「主に拠り頼む」とは、自分の力や才能が神からの賜物であることを感謝すること、神の栄光と人の幸せのためにその才能を用いるべきだと認識すること、一生懸命に働きながら神の導きや守りを求めることです。  我々も、人生の航海中です。 いつ、氷山が現れるか分からない世の中です。 今一度、自分の船の安全性、進む方向をチェックしてはどうでしょうか。  「あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる」(箴言3章6節)。

 

最新の科学技術の粋を集めた新鋭船の大事故は、文明の進歩に楽観的な希望をもっていた当時の欧米社会に大きな衝撃を与えた。事故の犠牲者数は様々の説があるが、イギリス商務省の調査によると、この事故での犠牲者数は1,513にも達し、当時世界最悪の海難事故といわれた。 この事故をきっかけに船舶・航海の安全性確保について、条約の形で国際的に取り決めようという動きが起こり、1914年1月「海上における人命の安全のための国際会議」が行われ、欧米13カ国が参加、「1914年の海上における人命の安全のための国際条約」(The International Convention for the Safety of Life at Sea,1914)として採択された。 また、アメリカでは船舶への無線装置配備の義務付けが強化され、無線通信が普及するきっかけになったとされる。

08-07-3

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===== 続く =====

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