不沈客船タイタニックの悲劇=18=終節

08-14-1

❢❢❢ 世紀の大発見「タイタニック号、発見!」のウソ ❢❢❢

ロバート・バラードがタイタニック号を発見したのは1985年9月1日のこと。場所はカナダ・ニューファンドランド沖550キロの水深約3800メートルの海底です。大発見のニュースは一気に世界をかけめぐり、『ナショナル ジオグラフィック』の1985年12月号にはバラード自身が「我々はいかにしてタイタニック号を見つけたのか(How we found TITANIC)」という詳しいレポートを寄せています。

『ナショナル ジオグラフィック』には極めて珍しいことに、1985年の記事でバラードはひとつウソを書いています。 それは「2カ月近くにわたりタイタニック号を探した」というくだり。 バラードがタイタニックを探せる期間は、実はわずか2週間足らずでした。  短い期間で見つけたほうがインパクトも大きかったはず。  なのに、なぜそんなウソをついたのでしょうか。

理由は海軍との密約でした。

深海生物はたまたま見つけたことを前回書きましたが、タイタニック号はそれとは対照的。  小さい頃はジュール・ヴェルヌの『海底二万マイル』のネモ船長に憧れていたバラードにとって、タイタニック号を見つけることは長年の夢でした。 でも、タイタニック号の探索には莫大な費用がかかります。  バラードは資金集めから始めなければなりませんでした。  おまけに、ほかにもタイタニック号を探そうとする夢追い人(主に大金持ち)が何人かいたために、彼はあせっていました。  当時の心境を彼はこんなふうに語っています。

「技術や船、潜水艇が必要でした。まるでシンデレラです。夜中までに何とかして、靴、ドレス、馬車、御者を借りてこないとカボチャになってしまうという(笑)。  時間がない切迫感に襲われていました」 ・・・・・・・・・そこでバラードは米海軍に支援するよう話を持ちかけます。 最初は正面突破をしてニベもなく断られるものの、彼がある取り引きをもちかけると、もし任務をこなして時間が余ればタイタニック号を探していいと海軍は内諾します。

その任務とは、1960年代に沈んだ2隻の原子力潜水艦、スレッシャー号とスコーピオン号の発見でした。

Undersea Hunter

 スレッシャー号は1963年の試験潜航で129名の乗員とともに沈没。当時、海軍はパイプが破損して浸水し、原子炉が非常停止したせいで動力を失って沈没したと結論していましたが、裏づけはとれていませんでした。また、スコーピオン号は1968年にアゾレス諸島沖を潜航中、なぜか突如として姿を消しました。原因はわかりません。そして、どちらの潜水艦も原子炉の状態はずっと不明でした。

ベトナム戦争中に海軍に所属していたバラードは海軍がこの2隻をずっと調査したがっていることを知っていました。 また、冷戦中のために2隻の探索を極秘にしたかった海軍はタイタニック号の探索を隠れ蓑に使いました。両者の思惑はぴたりと一致、取り引き成立です。

1984年からバラードは原子力潜水艦の探索に取り組み、その年に首尾よくスレッシャー号を発見します。  1985年は割り当てられた2カ月のうちのほとんどをスコーピオン号の探索にあて、2隻の原子炉格納容器が壊れていないことが確認できました。 で、結局、先にも書いたように、残された時間が2週間足らずになってしまいます。  バラードにとってはえらく不利な取り引きに思えるかもしれませんが、実はそうでもありません。

2隻の原子力潜水艦はともに深海に沈む途中で圧力によって押しつぶされていました。 そうやって船が沈むと、潮流に流されて彗星の尾のように残骸の帯が長く伸びることをバラードは発見したのです。 85メートルの潜水艦の破片はおよそ2キロにもわたっていました。

これはとても重要な発見でした。

もしタイタニックが真ん中からふたつに折れて沈んだなら、その残骸も同じように散らばるだろう。 バラードはそうにらんで、以前のように海底をくまなく探すのではなく、およそ1800メートルの間隔をあけて、潮に流された残骸の帯を横切るように高性能のカメラを沈めてスキャンします。  この方法が大正解でした。  つまり、バラードは2隻の潜水艦を事前に探索していたおかげでタイタニック号を発見できたのです。  そもそも海軍の支援がなければ何もできなかったわけだし、結果的に悪くない取り引きだったのではないでしょうか。  バラードが米海軍の極秘任務についてしばらく一切公表できず、『ナショナル ジオグラフィック』にウソを書かざるを得なかったとしても。

08-14-3

 海底に沈むタイタニック号への接近が容易になっていることで、船体の保存が危機に瀕しているという。 沈没から100年を迎える今年、タイタニック号への潜水ツアーが計画されている。100年前、極寒の北大西洋に沈んだ伝説の船を観光客に見せようというものだ。 2週間で6万ドルというクルーズ旅行の一環として行われる同ツアーでは、観光客2人が操縦士1名とともにロシアの潜水艇ミールに乗り込む。幅2.1メートル足らずの潜水艇で約2時間半潜ると、タイタニックの眠る場所にたどり着く。往復約8~10時間の深海旅行だ。

潜水艇をチャーターしての見学ツアーを主催するディープ・オーシャン・エクスペディションズ社(Deep Ocean Expeditions)のロブ・マッカラム(Rob McCallum)氏は、次のように述べている。「人々の心をとらえる要素の1つは、ほとんど海の伝説と化しているこの船を、直接目の当たりにできることだろう」。

ディープ社が一般客向けにタイタニック号への潜水ツアーを行うのは2005年以来のことだが、この2012年夏のシーズンが最後になるかもしれない。「諸事情から、ディープ社が行うタイタニック号への潜水ツアーはこれが最後になる見込みだ」とマッカラム氏は言う。1998年からタイタニック号への潜水を行っているディープ社では、ドイツの戦艦ビスマルクの沈没場所や北極点、熱水噴出孔など、通常観光で行けない場所へのツアーを企画している。「支援船がまもなく現役を退くことになっていて、潜水艇も政府の仕事に戻る予定だ」。 さらには、一部の歴史家や保護推進派から、観光目的での潜水に反対の声が上がっている。遺物の持ち去りやゴミの散乱、接近によるダメージなどの問題により、海底の沈没現場の保存状態が危機に瀕しているというのがその理由だ。

タイタニック歴史協会(Titanic Historical Society)の会長を務めるエドワード・カミューダ(Edward Kamuda)氏は、次のように述べている。「われわれにとって、あの場所は墓地だ。これ以上なぜ眠りを妨げるのか。あそこで水中結婚式を挙げたカップルもいた。100周年ということで、クルーズ船が出て、シャンパンを飲んだりといったことも行われるようだ。そのようなことは、タイタニック号の沈没を記念し、失われた多くの命を追悼するやり方として適切だろうか」。

☛ ☞  保存状態を危惧する発見者

不沈船と呼ばれたタイタニック号は、1912年4月14日深夜に氷山に衝突し、4月15日午前2時20分に沈没した。この事故で1500人を超える乗客、乗員が命を落とした。 船の沈んだ場所は長らく不明だったが、1985年9月1日にニューファンドランド島の南東約611キロの海底で船体が見つかった。

このとき船を発見したのが、深海探検家のロバート・バラード(Robert Ballard)氏だ。ナショナル ジオグラフィック協会付き探検家のバラード氏は、タイタニック号への接近が容易になっていることが、船体の“寿命”を縮めていると考えている。 われわれはあらゆる損傷の動かぬ証拠を押さえている。潜水艇が訪れ始める前のタイタニック号のモザイク写真を持っているので、(現在の)船体を見れば、どこに潜水艇が着床したのかわかる。船の見張り台も損傷によって失われている」とバラード氏は述べている。

さらには、沈没現場にゴミが散乱していることも多くの写真が示しているという。それらは海上の支援船から投げ捨てられたものや、潜水艇が落としたバラストなどだ。

☛ ☞  水ツアーは“無害”と主催側
ディープ・オーシャン・エクスペディションズ社のマッカラム氏は、同社による今夏の潜水ツアーがタイタニック号の保存状態に影響を及ぼすことはなく、船から何かを持ち去ったり、損傷を与えることはないと主張している。  「潜水艇が船体にぶつかっているなどの記事が時折出る」が、あれは大げさに書きすぎではないかとマッカラム氏は言う。「5000万ドルもする潜水艇を、むやみにぶつけるわけがない」。 代わりに同氏が状態悪化の要因とみなしているのは、ほかならぬ自然の作用だ。  「船体の劣化が急速に進んでいるのは、金属製の船体が塩水に浸かっていて、その状態が100年近くも続いているせいだ」。

☛ ☞  イタニック号を“救う”ことは可能か?
年月と自然の作用が船体劣化に大きく影響している点については、発見者のバラード氏も意見を同じくするところだ。今後、タイタニック号がいつまで持ちこたえられるかはわからない。  しかし探検家であるバラード氏は、自然という問題に対しても野心的な計画を立てている。船体の汚れを落とし、ロボットを使って防汚塗料を塗るための許可を申請しているのだ。

処理を施すだけの価値は十分にあるとバラード氏は言う。「そうすることで船体が開き、保存状態のよい貴重な船内がむき出しになるのを防げる」。映画監督のジェームズ・キャメロン氏が最近撮影したタイタニック号の船内の様子には、「今にも湯が出そうなトルコ式浴場が映し出されていた」とバラード氏は述べている。  バラード氏の希望が実現すれば、いつの日かタイタニック号を訪れることは富裕な探検家だけの特権ではなくなるかもしれない。  「遠隔からの撮像技術を使えば、タイタニック号を海の中の電子博物館に変えることが可能だ。そうすれば誰でも訪れることができる」とバラード氏は述べている。

08-14-4

❢❢❢ タイタニックに塗装を、発見者が提言 ❢❢❢ 

“ペイント・ザ・タイタニック!” 沈没から100年を迎えたタイタニック号について、深海作業が可能なロボットを使い、水深3800メートルに沈む船体を保護する塗装を施すよう、深海探検家のロバート・バラード(Robert Ballard)氏が提案している。 1985年に北大西洋の海底に沈むタイタニックの船体を発見した人物でもあるバラード氏によれば、塗装の目的はタイタニックを沈没前の白と黒の姿に戻すことではないという。

沈没した船体をできるだけ長い間現在の状態にとどめるために、腐食を食い止める防汚塗料を塗ることが今回の目的だ。こうした防汚塗料は、喫水線以下の船体を守るため、広く用いられている。

☛ ☞  船体を守る防汚塗装
バラード氏は潜水ロボットを用いてタイタニックの船体を洗浄、塗装するという自身の計画を、既に米国海洋大気庁(NOAA)に提案している。タイタニックの船体は金属を食べる微生物に蝕まれ、“ラスティクル(rusticle)”と呼ばれるつらら状のさびが発生している。1985年、私が初めてタイタニックの沈没現場に潜った際には、もとの船に塗られていた防汚塗装がまだ残っていた」とバラード氏は証言し、船底部分を覆う赤っぽい塗装が目に入ったと述べている。また、「船体部分には腐食は認められなかった」という。

バラード氏は、有名な沈没船の船体を塗装することで、リベットがさびで完全に崩壊してしまうことを防ぐことが可能だと考えている。リベットが崩壊した場合、船体部分が船の構造体から離れ、驚くほど良い状態で保存されている船体内部が外海にさらされる恐れがある。

☛ ☞  タイタニックの塗装は「容易」?
塗装により船体を保護するというバラード氏の計画は現実離れしているようにも思えるが、基本的な技術は既に実用化されているものだと同氏は話す。「超大型タンカーでは、船体の清掃にロボットを使っており、水面下の塗装も行っている。だから(タイタニックの塗装も)容易なはずだ」。  こうしたロボットは磁力で船体に張り付き、まずは船体の金属部分を磨いてきれいにした後、水中でも接着能力を失わない、粘着性を持つエポキシ樹脂素材を塗り、船全体を効率よくメンテナンスする。

☛ ☞  タイタニック保存に最善の手段は
NOAAで海事遺産部門の責任者を務めるジェームズ・P・デルガド(James P. Delgado)氏は、今回のバラード氏によるものを含め、タイタニックに関するあらゆる提案についてNOAAに最終決定権はないとしている。 NOAAの活動は助言のみで、主体的に沈没現場を管理、あるいは監督しているわけではないというのがその理由だ。

「とはいえ、連邦地裁もNOAAに助言を求める可能性は高い。連邦議会がNOAAに対し、(1986年制定のRMSタイタニック海事記念法で)沈没現場に関するガイドラインを作成するよう要請し、連邦地裁もこれを採用してきたという経緯があるからだ」。 今回の計画については、塗料、あるいは計画のその他の要素が環境に影響を与える可能性、船体そのものに対する予期せぬ影響、さらに技術的な実現可能性といういくつかの疑問点があり、これに対する回答によって、NOAAの助言の内容も変わってくるとデルガド氏は述べている。

一方、提案者のバラード氏は、深海の非常に高い水圧は大きな懸念材料にはならないと考えている。同氏はその根拠として、水中塗装に使われる機材は密閉されている上に内部に空気が入る構造ではなく、水圧を受けても潰されるはずはない点を挙げている。 NOAAのデルガド氏も、タイタニックを塗装により保護するという今回の提案が「興味深いものである」ことは認めている。

おそらく最大の問題は、この作業にかかる費用と、誰がこの費用を負担するのかという点だろう。 少なくともNOAAが費用を出すことはないとデルガド氏は断言する。NOAAは「タイタニック沈没現場の探索費用を拠出する余裕すらない」という。 提案者のバラード氏は、費用はある程度の範囲内に収まるはずだとして、「超大型タンカーの塗装費用とほぼ同程度で済むのではないか」との見方を示している。

バラード氏はさらに、このプロジェクトにゴーサインが出た場合、個人的に数10万ドルの資金を集め、全体に塗装を施す前に船体の一部について試験的にこの手法を試したいとの意向も明らかにした。 Photographs by Emory Kristof, National Geographic; (inset) Priit Vesilind, National Geographic  (文=Brian Handwerk)

08-14-5

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===== 続く =====

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