杉原千畝が専行、「命のビザ」=02=

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❢❢❢ 独ソ戦迫るヨーロッパへ ❢❢❢

旧ソ連邦の中でいち早く独立を果たしたバルト三国のうち、最も南に位置するリトアニア共和国(Lithuania)。地図で確認しなければ、地政学上の概念が把握できない人は多いであろう。 エストニア共和国、らとピア協和国とともにバルト海に面している。 ベラルーシ共和国及びポーランドと国境を接している=イラスト参照=。

この旧東欧の小さな一国であるリトアニアの歴史に、13世紀 ミンダウカス(在位:1236年– 1263年)は諸部族をひとつにまとめ上げてリトアニアを統一し、初代かつ最後のとして即位した。 リトアニア大公国が建てられ、その後 大公国は周辺諸国を征服、15世紀には、リトアニア大公国ヨーロッパで最大の領土をもつ国となった。

しかし、バトゥの西征1236年モンゴルのヴォルガ・ブルガール侵攻1240年モンゴルのポーランド侵攻。) 1245年ヤロスラヴの戦いハールィチ・ヴォルィーニ大公国がジンギスカンの長男の王国・ジョチ・ウルスの属国となった。 1253年ハールィチ・ヴォルィーニ大公ダヌィーロの息子シュヴァルナスとミンダウカスの娘が結婚して同盟関係を強固にし、黒ルーシとリトアニアの支配を固め、共同してポーランドへ遠征を行なった。1260年にドイツ騎士団に対するドゥルベの戦いトレニオタ(在位:1263 – 1264)が勝利した。

13世紀の建国以降、その全盛期には広大な領土を擁するヨーロッパの強国であったが、リトアニアは東西の強勢な勢力の狭間で国土は縮小して行った。 この国家の支配層の民族構成は人口においてはリトアニア人はむしろ少数派で、特にルーシ人と呼ばれる東スラヴ人が多かった。 このルーシ人は、のちのベラルーシ人ウクライナ人の先祖に当たり、やがてリトアニア人とあわせてリトアニア人(リトヴィン人)と呼ばれるようになった。 そして、東欧には多くのユダヤ人が居住していた。

この旧東欧の小さな一国、リトアニアのカナス(Kaunas)と言う街に【杉原記念館】と名づけられた建物がある。 邸宅と呼ぶにはあまりにも小ぢんまりとしており、一般住宅のアパートメントと言われれば そのようだと納得してしまうごく普通の造りの住宅だ。 この建屋に日本の外交官、杉原千畝が領事として赴任したのは1939年。 今から、76年前のことだった。

千畝は、昭和12年/1937年にはフィンランドの在ヘルシンキ日本公使館に赴任し、次いで昭和14年/1939年にはリトアニアの在カウナス(Kaunas)日本領事館領事代理となる。 ちなみに千畝は当初、念願であった在モスクワ大使館に赴任する予定であったが、ソ連側が、反革命的な白系ロシア人との親交を理由に、ペルソナ・ノン・グラータを発動して千畝の赴任を拒絶した。 当時の『東京朝日新聞』(1937年3月10日付)は、「前夫人が白系露人だったと言ふに理解される」と報じた。

日本の外務省はソ連への抗議を続けるとともに、千畝に対する事情聴取も行い、それは『杉原通訳官ノ白系露人接触事情』という調書にまとめられ、そのなかで千畝は、「白系露人と政治的に接触したことはなく、むしろ諜報関係で情報収集のためにあえて赤系のソ連人と接触していた、そのため満洲外交部に移籍してからは、共産主義者の嫌疑をかけられ迷惑した」などと述べている。 日本政府は、ライビット駐日ソ連臨時大使を呼び出して、杉原の入国拒否の理由を再三尋ね、ソ連に敵愾心を持っていた白系ロシア人との親密な関係を指摘されたが、それは具体的な証拠のないものだった。 北満鉄道譲渡交渉を控えた千畝の事前調査は、それがどのような経路で行われたのかソ連側も把握できないほど周到なものだったと追認したのだ。

しかし、ソ連が最後まで入国自体も認めなかったために、千畝は行先を近隣のヘルシンキへと変更された。バルト三国を初めとしたソ連周辺国に、千畝を含む6名ものロシア問題の専門家が同時に辞令が発令された事実を突き止めた渡辺勝正=日本の実業家、歴史学者=は、これが、ノモンハン事件における手痛い敗北の結果、対ソ諜報が喫緊の課題になったためである切論としている。

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 昭和13年/1938年3月4日、杉村陽太郎・駐仏日本大使は、パリの日本大使館から、ヘルシンキに着任している「杉原通譯官ヲ至急當館ニ轉任セシメラレ」たしと直訴する、広田弘毅外務大臣への極秘電信を送った。 千畝を自分の手元におきたかった杉村は、電信に「タタ發令ハ官報省報職員録ニハ一切發表セサルコト」と付記したが、広田外相は「遺憾ナカラ詮議困難ナリ」とこれを拒絶し、千畝の引き抜き作戦は失敗に帰した。

というのも、千畝には、独ソ間で日本の国家存亡に係わる重大任務が待ち受けていたからである。 その任務の具体的内容は、昭和42年/1967年に書かれたロシア語の書簡の冒頭で、以下のように述べられている=イラスト参照=。

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 日本人がまったくいないカウナスに千畝が赴任してきたことに驚いて興味を持った地元紙は、早速領事館に取材を申し込み、「日本はどんな国」という見出しで特集を組んだ。 杉原一家の写真付きで紹介された特集記事で、「日本では各家庭に風呂があって、毎日入浴するっていうのは本当?」「日本の女性の家庭での地位は?」といった質問に千畝は一つ一つ生真面目に答え、ステポナス・カイリースの『日本論』(全3巻)以来のちょっとした日本ブームを引き起こした。

千畝が欧州に派遣された昭和13年/1938年、ナチス・ドイツのユダヤ人迫害によって極東に向かう避難民が増えていることに懸念を示す山路章ウィーン総領事は、ユダヤ難民が日本に向かった場合の方針を照会する請訓電報を送り、同年10月7日近衛文麿外務大臣から在外公館への極秘の訓令が回電された。 千畝がカウナスに臨時の領事館を開設する直前のことである。 その訓令「猶太避難民ノ入國ニ關スル件」は、以下のようなものであった=イラスト参照=。

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 上掲の訓命では、ユダヤ人差別が外部に露見すると海外から非難を受けることは必至なので、「外部ニ對シテハ單ニ『避難民』ノ名義トスルコト」と明記され、わざわざ内訓を外部に公表しないことを念を押し、ユダヤ避難民が日本に来ることを断念するように仕向けるよう指示した機密命令であり、日本政府は、いわゆる「五相会議」決定のユダヤ人保護案を表面上示しながら、裏ではユダヤ人差別を指示する二重外交を展開していたのである。

当時、同盟国・ドイツの反ユダヤ主義政策によりヨーロッパから脱出するユダヤ難民が多数発生していた。ユダヤ難民はアメリカや現在のイスラエルに脱出したが、アメリカへ向かうコースは大西洋を渡るコースと、シベリア鉄道やインド洋航路で日本を経由して太平洋を越えるコースがあった。
1938年10月5日「回教及びユダヤ問題委員会」幹事会の協議は “1935年の内務、拓務、外務各省の協議「ドイツ避難民に関する件」の規則では在ウィーン総領事からの請訓電に対応できない”、 “ドイツ旅券には本人がユダヤ人か否かの記載はないので、その入国取締りは容易でなく、また日本が公然反ユダヤ政策を採っているという印象を海外に与えてはならない” などいくつかの結論に至っていた。

本政策は、それまであったビザ発給資格の条件を大幅に厳しくすることで、ユダヤ難民の日本を経由した脱出を妨げる狙いがあった。 但し、当時は最終的に連合国となるアメリカやカナダなどにおいてもユダヤ難民の受け入れは厳しく制限していた。 1938年/昭和13年10月7日付けで外務大臣から各在外公館長に対して発信された訓令(上記)にその内容が記されている。

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動画 ; https://youtu.be/3lCYDvoHKQE

※; カナダ ブリティシュコロンビア大学 数学科主任教授
George Blumanの両親は、ポーランド出身のユダヤ人でドイツの侵攻でリトアニアに逃げ、­杉原千畝のビザによって脱出に成功した。ユダヤ人のブルーマンさんに両親の逃避行と杉­原千畝について語ってもらう。

前節へ移行 ; https://thubokou.wordpress.com/2015/08/15/

後節へ移動 ; https://thubokou.wordpress.com/2015/08/17/

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