地中海で戦った日本・特務艦隊=03=

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❢❢❢ 大英帝国海軍との強い結束 ❢❢❢

第一次世界大戦中、“第二特務艦隊”と言われる駆逐艦隊を地中海に派遣したという事実は戦史に詳しい人ならご存知かもしれない。 現在、自衛隊の海外派遣問題で国論がゆれに揺れている。 日本海軍が欧州に艦隊を派遣し、本格的な戦闘を行ったのは 後にも先にも この第一次大戦中の「第二特務艦隊・地中海派遣」のみ。 それまでの日清、日露戦争で勝利を収めた日本帝国にとって、列強に加わり 遥かな地中海に出征することは、誇り高いことでもあった。

1917年1月14日、英国政府が地中海への日本海軍派遣を要請、詳しくは近年発行された「日本海軍地中海遠征記」=片岡勝太郎著=や、「特務艦隊」=C・W・ニコル著=などの著作により、広く知られるように、前節のごとき編成で出航していた。 だが、地中海は“血の海”であった。 後の一節で記載するが、特に 1917年4月13日にマルタ到着後の5月4日、撃沈された英兵輸送船“トランスシルヴァニア号”の救助に当たっては、駆逐艦「榊」と「松」が犠牲を惜しまない勇敢な救助活動を行った。 英国兵の乗員の大部分を敵潜水艦の目前で救助、大英帝国国王より、勲章が授与される活躍を示している。

英国はもとより、連合国の各国より大きな信頼を得た特務艦隊の稼働率は連合軍の中でも抜きん出ており、一年半に及ぶ派遣における交戦回数34回のうち、潜水艦を撃沈するなど 少なくとも13回は確実な打撃をくわえたとされ、護衛作戦において大きな成果をのこしている。 ただ、派遣中の大きな損害は、同年6月11日に魚雷攻撃を受け、大破した駆逐艦「榊」で、59名が戦死し、その後、 戦病死者計78名のうち73名がmルタ島の英海軍基地に葬られている。

事実のみを要約するだけでも その偉業に驚かされるが、 そこには壮絶な戦い、連合国諸国への友情、英海軍との強い結束、更には 祖国を遠く離れて戦いに挑んだ大和魂など、さまざまな物語が秘められている。 これらの輝かしい史実がこれまで特筆されたことは、決して多くない。 世界中で大激戦が繰り広げられ、繰り返される中 歴史に残る海戦でもなく、きわめて顕著な戦果を挙げたというわけでもない日本海軍の“地中海遠征”は上記の作家によって掘り起こされたのだ。

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===== 続く =====
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