第一次世界大戦の轍=07=

09-16-1

❢❢❢ カギを握る中立国ベルギー ❢❢❢ 

英国参戦への決定打となったのが、同国の中立を望んだドイツが練ってきた軍事計画にあるのは皮肉な話である。 英国決断のときへと話を進める前に、その軍事計画について触れておきたい。

露仏同盟が結ばれて以降、戦いとなった場合、ドイツはフランス、ロシアの両国から挟み撃ちにあうことは明らかだった。 その対抗策として、ドイツではある作戦が練られてきた。 シュリーフェン・プラン=前節参照=と呼ばれるこの作戦は、戦争期間を6週間と想定した次のようなもの。

  • 軍隊の大部分をフランス国境側に、残りの少数をロシア国境側に配置。
  • 短期戦でフランスを撃破した後、ロシアへと向かう。
  • ロシア到着までは、少数の部隊でロシアを食い止める。

  こうした考えの背景には、ロシアは国土が広く、鉄道の発達も十分でなかったことから、総動員令がかかったとしても、戦闘に入るまでには時間が掛かると読まれていたことが挙げられる。 この計画において必須となるのは、短期でフランス、パリを落とすこと。そのためのルートとしてドイツが選んだ道が、ベルギー『通過』である。

当然、『通過』が侵略なくしてありえないことは誰にでも予想できることだった。 勝利をつかむべく練られたこの計画は、ドイツ人による立案らしい、周到、緻密なもので、なかでも兵士や補給物資の移動計画にいたっては、1万1000本もの列車が指定された駅を10分おきに出発するという細かい時刻表が完成していた。

ところが問題は、当時のベルギーが中立国だったことだ。 かねてより領土争いの対象となっていたベルギーは、英国にとってもヨーロッパへの玄関口のひとつとして本土防衛のための重要な場所。交渉巧みな英国は、1839年、ベルギーを欲した他国を出し抜き、同国を永世中立国として保証する国際条約を成立させた。 これは、ロシア、フランス、ドイツ、イタリアも批准していた。 にもかかわらず、ドイツは軍事的な必要性からベルギーを通過する作戦を用いた。 そしてベルギーに虚偽の口実を用いた内容で最後通牒を突きつけた。

それは、ベルギーが拒否しようがしまいが、ドイツに占領されてしまうシナリオの序幕として用意されたものだった。 ところが、ベルギーは名誉にかけて国土を守り抜く決意をし、それはドイツにとってまたもや想定外のこととなる。

余談だが、計画実行を目前に控え、英国への中立打診を画策していたヴィルヘルム2世は、計画の中止を軍に提案している。 これに対し、15年以上かけて用意した『完璧』な計画が一瞬にして崩れ落ちる可能性を目の当たりにした軍参謀は、「一度決定されたことは、変更してはなりません」と、断固として拒否。 ドイツは『変更できない』戦争計画に操られるようにして戦いに身を投じていったといえるだろう。

09-16-2

☛ ☞  今も残る大戦の遺産 “シークレットサービス”

1914年11月6日の夜明け、カール・ハンス・ローディ、別名チャールズ・A・イングリスは看守に連れられ、ロンドン塔の庭に出た。数分後、彼は銃殺隊に射殺された。ロンドン塔で処刑が行われるのは1世紀以上ぶりだった。罪状はエディンバラ近くに駐留していた英国艦隊でドイツのスパイとして働いていたことだった。

ローディは第1次世界大戦時にロンドン塔で処刑された11人のスパイの最初の1人。工作活動は第1次大戦をきっかけに急速に進化し、今や国家が支援する数十億ドルの産業となっている。しかし、1914年当時はまだ原始的だった。大戦勃発時に情報部が使用していたテクニックの多くは立証されたものではなく、多くの場合、知的なものではなかった。

スパイの1人、カール・フリードリヒ・ミューラーはあぶり出しインクとしてレモンジュースを使用し、ドイツに秘密情報を送ろうとした。しかし、拘束され、ロンドン塔で処刑される2人目のスパイとなった。中には首尾よく任務をやり遂げた者もいた。英国政府が運営するMI-5の公式サイトに掲載された記録によると、ドイツは第1次大戦中、英国に120人以上の「偵察要員」を送り込んでいた。うち捕まったのはわずか65人。

拘束されたスパイは当初、公の場で裁きを受けていた。そのため、戦争の脅威が自国にそこまで迫っていることを信じられない英国の人々は激怒した。それを受け、政府は第1次大戦中にMI-5のスタッフを約50倍の844人まで増員した。 英国社会へのドイツ人潜入の脅威の高まりに対抗するため、MI-5の前身である「秘密情報局」が1909年に設置された。

戦争勃発までには英国のスパイ網はフランスやベルギーの敵陣の背後で活動していたが、ドイツ国境への潜入には苦戦していた。しかし、第2次大戦開戦までにはその状況は変わっていた。外国での情報収集を担う「秘密情報部」が創設された。MI-6として知られる組織だ。

米国の参戦時の欧州での情報収集能力は限られていたが、やがてスパイ網を発展させ、冷戦時代に入ってもそれを維持していた。 しかし、米国がより懸念していたのは自国内のスパイだった。 米議会は1917年、「スパイ活動法」を可決。戦争活動の妨害になりかねない機密情報を漏えいした人物を最大20年の禁錮刑に処することができるようにした。

第1次大戦時は大規模な組織立った工作活動はまだ初期段階にあったが、当時開発されたテクニックの多くは残りの20世紀において世界中の政府にとって不可欠なものとなった。

09-16-3

☛ ☞  今も残る大戦の遺産 “空からの偵察”

1914年以前は空中戦はあまり重視されていなかった。しかし、第1次世界大戦が始まると、すぐに飛行機が「観測」、今で言うところの「偵察」に使用されるようになった。

「レッド・バロン」の異名を持つマンフレート・フォン・リヒトホーフェンをはじめとする敏腕パイロットや彼らの空中戦は伝説となっているものの、第1次大戦では飛行機は圧倒的に敵陣背後での情報収集のために使用されていた。 実際、リヒトホーフェンらパイロットが1915年に初出動を命じられたときの任務も偵察機の撃墜だった。

空中偵察の登場は軍事史における革命的な出来事だった。 それまで敵の軍隊の動きを探るには、偵察隊を長く危険な任務に送り込まなくてはならなかった。 観測気球も使われていたが、地面に係留されていたため、敵に撃ち落とされやすかった。  大戦が始まるとフランスもドイツもすぐにカメラを垂直装備した固定翼機を使用し始め、それによって敵陣深くに侵入し、空から複数の写真を撮影した。 それら写真を貼り合わせたモザイク状の地図は戦場の司令官によって使用された。

空撮は重要な新しい情報源となり、この新たな偵察形態が軍の戦闘機に組み込まれるようになったことで戦争のあり方は一変した。 泥沼の激戦となった西部戦線では、砲撃の効果や破壊力を高める上で写真の地図が極めて重要な役割を果たした。

1917年に米国が参戦すると、すぐに米陸軍工兵司令部のメンバーがフランスの偵察隊に組み入れられ、新たなテクニックの開発に一役買った。その1つが、3つの角度から同時に撮影が可能なジェームズ・バグリー発明の3連レンズカメラだ。この発明により、より正確に標的をとらえることができるようになり、同盟諸国はより致命的な兵力を携えるようになった。

現代戦争における空中戦の重要性は第1次大戦後も増す一方だった。 世界中の軍事戦略家が、飛行機はさまざまな意味でカギを握る進歩であることを認識するようになった。 当時の飛行機は速度が遅く、偵察や限定的な戦闘にしか使用されなかったが、もっと先進的な飛行機があれば敵陣深くで攻撃を行い、市民や産業中心地に打撃を与えられる可能性があることに戦略家は気がついた。

この戦略の根底には、産業戦争で勝利するには敵を打倒するだけでなく、敵の社会を無力化することが必要だとの考えがあった。 長距離爆撃は第1次大戦でも試されたが、第2次大戦でははるかに大きな規模で容赦なく行われ、冷戦時代の核戦争戦略の土台ともなった。

09-16-4

===== 続く =====
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