登山家・ブクレーエフの横顔=06/6=

=アナトリ・ブクレーエフ(ロシア)=

10-11-1

1997 年に ブクレーエフはアメリカ・アルペン・クラブから登山家として最高の名誉である【ダビドA ソゥレス記念賞】を贈られた。 記念式典の三週間後、ブクレーエフはアンナプルナ南壁をシモーネモロ/ Simone Moro,と路共に共に登攀しようと誘われた。 アンナプルナ南壁は未踏の雪壁である。 登頂に関して非常に危険度が高く、特に1峰の南壁は登るのが非常に難しいとされている未踏の極限的に困難なルート。  

登山者の死亡率が高いことから、別名「キラーマウンテン」と呼ばれるのはその為であった。 高度は 8,091 メートル (26,545 ft.)、 シモーネモロは熟練したイタリアの登山家。 ブクレーエフの“未知への渇望”が湧きたった。  

申し出の三週間後、彼らはカザフスタンからの撮影隊を伴ってアンナプルナに旅立っていた。 

10-11-2

12 月 25 日正午ごろ、ブクレーエフとモロはアンナプルナ南壁の5,700 m (18,700Ft.)高度レベルでのクロール(垂直に近い岸壁に切れ込んだ谷)にフィックス・ロープ(安全確保用固定綱)の設営作業に取り掛かっていた。 だがしかし、突然 桁外れで巨大な雪庇が轟きを伴い稜線から崩落し、登攀中のクロール西面を雪崩れの巣に化した。

雪崩はブクレーエフとモロを襲い、巻き込んだ。 モロはクロールを雪崩に押し流されるように転落、ブクレーエフは雪崩の直撃を受ける。 二人は約800メートル雪煙を伴い滑り落ちた。 雪崩は昨夜のキャンプ・サイトⅠのすぐ上で停止した。 彼等のテントは5,200 m (17,100 ft.)頑強な岩棚にあった。

モロは意識を無くしていたが 偶然、モロは何とか雪崩の残骸上部に埋もれていた。 数分後、彼自身で息苦しさに蘇生し なんとか這い出ることができた。

しかし、モロはブクレーエフの あの強靭な人の 如何なる形跡も見たり聞いたりすりことができなかった。 モロはアンナプルナ ベース キャンプに死線を彷徨いながら辿り着いた。 彼はベースキャンプからカトマンズに空輸され、凍傷の手術を受ける。 滑落中に受けたダメージは酷いものであった。

10-11-3

その事故のニュース は、12 26 日にはニュー メキシコに達した。 ブクレーエフのガール フレンド・リンダ ワイリー / Linda Wylie,12 28 日ネパールに向かった。 事故発生以降、ヘリコプターによるあらゆる試みは実施されていた。 しかし、12月下旬の天候は荒れ模様が続き、雪崩が続発した。 捜索隊は遺体発見すらできない状況になる。  

1998 1 3 日、リンダ ワイリーが最終的にキャンプに到達する。 空のテント・・・・。 リンダ ワイリーはその後、カトマンズで沈痛なステートメントを発表してる: 『これで終わり・・・彼が生きている証を見つけるの希望はありません。』 

 

ブクレーエフは、死の9 ヶ月前に雪崩で死亡する詳細夢見たと記述していた。 唯一の違いは山の名前だった。 アナトリ・ブクレーエフの盲信・妄言に、友人達はブクレーエフを強く諌めたている。  

「君が確信した運命を避けるために これからの人生で異なるパスを取るべきだ。」と彼を説得しようとしたとき「山は私の人生私の仕事。 これから別の道を取るにはおそすぎる。」  

アンナプルナ ベース キャンプ・サイトには、 彼の言葉を刻印したチョルテン(ラマ教の塔・ケルン)が建てられている。 ブクレーエフの鎮魂碑・レクイエムである。  

 山、私の野心を満たし達成する競技場ではない。 山々は私の信念を鍛え上げる大聖堂 ”  

10-11-4

=資料・地球上の8,000m峰=

8,000m峰14座(全てヒマラヤ山脈及びカラコルム山脈)。

10-11-5

=資料・七大陸最高峰の一覧=

※;登頂最年少記録

1990年代以降のヒマラヤ山系の登山は公募による商業隊が主流となり、組織力を持たない個人でもエベレストなど高峰への登頂が可能となった。こうした背景からかつては至難の業であった七大陸最高峰登頂記録もハードルが下がり、世界最年少記録の更新が相次いだ。現在の最年少記録はジョーダン・ロメロの15歳で、エベレスト登山に年齢制限が導入されたことから、今後この記録を更新することは不可能である。現在の日本人最年少記録は渡辺大剛の22歳(2004年)。

  • 1990年 ロブ・ホール(ニュージーランド・29歳)
  • 1995年 デイビッド・キートン(アメリカ・29歳)
  • 1996年 ナスマフルキ(トルコ・28歳)
  • 1999年 野口健(日本・25歳)
  • 2001年 石川直樹(日本・23歳)
  • 2002年 山田淳(日本・23歳)
  • 2004年 ブリトン・キーシャン(アメリカ・22歳)
  • 2005年 ダニエル・フィッシャー(アメリカ・20歳)
  • 2006年 リスマイルス・ジョーンズ(イギリス・20歳)
  • 2007年 サマンサ・ラーソン(アメリカ・18歳、女性最年少記録)
  • 2011年 ジョージ・アトキンソン(イギリス・16歳)
  • 2011年 ジョーダン・ロメロ(アメリカ・15歳)

10-11-6

===== 続く =====

前節へ移行 ; https://thubokou.wordpress.com/2015/10/10/

後節へ移動 ; https://thubokou.wordpress.com/2015/10/12/

※ 下線色違いの文字をクリックにて詳細説明が表示されます=ウィキペディア=に移行

                         *当該地図・地形図を参照下さい

—— 姉妹ブログ 一度、訪ねてください——–

【疑心暗鬼;民族紀行】 http://bogoda.jugem.jp

【浪漫孤鴻;時事心象】 http://plaza.rakuten.co.jp/bogoda5445/

【閑仁耕筆;探検譜講】 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon/

【壺公慷慨;歴史小説】 ameblo.jp/thubokou/

ブログランキング・にほんブログ村へ クリック願います 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中