登山家・ウーリー・ステックの横顔=03/4=

=ウーリー・ステック(スイス)=

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1つしかない解決法、クライミング」

多くの登山家のように、シュテック氏もまた慎重で静かだ。 細い骨格には筋肉が盛り上がり、話をするときは戦術家のように言葉を選ぶ。 彼の友だちは、どうやってクライミングの新記録を達成したかは、その慎重さに表れていると言う。

落下した時に掴まることのできるロープを使わずに危険な場所を登るのは、実のところ安全な方法だとシュテック氏はいう。

「急勾配の切り立った場所を登るのは危険なことではありません。なぜなら一手一手を確かめながらゆっくり動くからです。危険なのは、斜面を急いで登るときです。速く動いていますから、つまずいたり、滑ったりしたらおしまいです」 とチューリヒの近郊で自分の登攀業績のスライドを見せながら短く語った。

シュテック氏は、数年前6000メートルの高さを登攀しているときに岩が頭に落ちてきて氷河の上に転落し死にかけたことがあったが、奇跡的にも歩いて下山することができた。

「それで目が覚めました。何もかもあっという間に起こります。しかし私にとって重要だったのは、自分が無茶をしたためではなく、単なる不運だったことを理解することでした。高い崖の上で状況を見て、落ちたら危険だと思ったら、集中しなければなりません。さもなければ転落します。従って解決法は1つしかありません。登ることだけです」

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グランドジョラス北壁

マッキンタイアールート:標高差1181m  記録:2時間21分26分

2008年12月、ウエリ・シュテックは2時間21分というスピード記録でグランドジョラスの登頂に成功します。グランドジョラスは彼が達成したトリプルスピードレコードの最後の山だった。 シュテックはこのグランドジョラス北壁“究極の壁”の直登 コルトン・マッキンタイアールートをソロ(単独登攀)で登り、厳冬の頂上・標高4208mのウォーカーポイントに到達したのです。

このグランドジョラスは登ることは勿論ですが、北壁の麓に辿り着くこと自体までもソロトレッカーにとっては長く険しい道のりです。 2008年12月27日、ウエリはこの北壁近くの氷河にソロテントを張って、半日かけてこの壁を見つめ続けていた。 シュテックにとってこのチャレンジを最も難しくしたのは、彼がこのルートについての知識が極端に少なかったことです。

それまで、グランドジョラス登頂のスピード記録は、この北壁の左端から登る始めるリンツールートによるものでした。 このルートは氷と雪に覆われたショルダー(岩稜)を登ります。 ジョン・マーク・ボビンが1977年にシュルンド(氷河と岩側壁との接点)から頂上まで2時間45分で登っています。

これは北壁を迂回するルートを取るため厳密なグランドジョラス北壁の最速登頂記録はやはりコルトン・マッキンタイアールートで登った夏季の4時間弱でした。 しかしその世界記録も2008年12月8日で塗り替えられることになります。

ルートを確認したシュテックがアタックを試みたその夜は非常に冷え込んでた。 温度計はマイナス16℃を差していた。 しかし シュテックが寒さに屈することはない、攻撃あるのみ、巨大な黒い壁が威圧する。 チームで登った植村直巳氏も恐怖を覚えたと日記に綴る。

 

低い気温により締まった氷雪にアイゼン(氷壁用スパイク)の爪が良く引っ掛かる。 夜半の登攀は雪崩を回避しうる安全策なのです。 マッキンタイアールート全体の半分くらいまでは、アイスアクス(氷壁用斧)を交互に振り出すたびに、順調に高度は伸び高く登っていきました。 しかし後半は、途中で2ヶ所のオーバーハング(庇状に迫り出す岩)を含むより難しいアレクシスルートへの迂回を余儀なくされた。

そして最も苦労したのはラスト350mでした。

この最後の難関は、ほぼ垂直に近い斜度にいくつかのオーバーハングが続くセクションです。 シュテックは特に慎重に頂上に向かって登り続けた。 最初にシュテックが同じルートを夏季に攻略した時は、ハーケン(岩に打ち込んむ小杭)等を使用して安全を確保した上で登ったのだが しかし 今回のグランドジョラス北壁攻略はスピードを追求するあまり、全セクションにおいて一切のプロテクション(安全工作・転落防止)を取ることなく登り切ったのだった。

テントを張った取り付けからスタートして2時間21分後、ウエリ・シュテックはグランドジョラスの最高地点であるウォーカーポイント(4208m)に到達し、アルプスの三大北壁を、いずれも世界最速記録で登り切るという前人未到のトリプルスピードレコードを成し遂げたのです。

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 水平の氷から垂直の氷へ

クライミングはシュテック家全員の娯楽ではなかった。 3人兄弟の末っ子だったシュテック少年はアイスホッケーの左ディフェンダーとしてはつらつとプレーしていた。アイスホッケーを気に入ってはいたが、その後に始めたクライミングほど夢中にはならなかった。

「ホッケーはチームでやるスポーツですが、クライミングは非常に個人的なスポーツです。その点にとても興味を持ちました。もし1位になれなかったら、それは他人のせいではありません」

シュテック少年の家は、ベルン州の人口約9000人の町ラングナウにあった。 頂上制覇の最初のチャンスを手にしたのは、友人の父親が近くの山に連れて行ってくれた12歳の時だった。 その体験は険しい崖を登る「本物のアルパイン・クライミング」で、シュテック少年をたちまち魅了したと語る。

「とても怖かったのですが、実際のところそれが自分にとってとてもよかったのです。最初からいつもロープにつながって登りました」

14歳までにシュテック少年は登山のためにスイス中を1人で旅行し始めた。 15歳のときにはコルシカへ行き、それまでで最も難しいルートに挑んだ。 そして夏をヨセミテで過ごし、冬はクライミングの費用を貯めるためにスキー場で働くようになった。 その後スポンサーの獲得を開始し、過去4年間はプロのクライマーとしてフルタイムの職人と同じくらい稼いだかのように感じると言った。

これは現在私のビジネスです。定職になりました

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 ※;エル・キャピタン (ヨセミテ)

ヨセミテ渓谷の北側にそそり立つ。渓谷の谷床からは約3300フィート(約1000メートル)あり、花崗岩の一枚岩(モノリス)としては世界一の大きさである。南西壁及び南東壁には数多くのクライミングルートが切り開かれており、ロッククライミングの名所として知られる。

エル・キャピタンという名前を付けたのは、マリポサ歩兵大隊で、1851年のことであった。それまでヨセミテに住んでいたネイティブ・アメリカンからは、To-to-kon oo-lahと呼ばれており、これは昔の族長の名前であるとされる。「エル・キャピタン」は、「岩の族長」を指すスペイン語からとった名前である。

1950年代後半からロッククライミングが始まった。 1958年、ウォレン・ハーディングらが、南西壁と南東壁の境目である突端部のルート、「ノーズ (The Nose)」の初登頂に成功した。

現在、70以上のクライミングルートができており、春から秋にかけて、常に何十人ものクライマーたちが登頂に挑戦している。 最短では約2時間、長い場合は200日という記録があるが、平均的に上りにかかる時間は、4日から6日である。高度が比較的低いことと、天候に恵まれていることから、エル・キャピタンは、世界のより難しい山のクライミングに向けた格好の練習場所となっている。

スピードクライミング;2008年10月12日、日本のプロ・フリークライマーである平山ユージが、パートナーのハンス・フローリンとともに、エルキャピタンのThe Nose(5.14a・31ピッチルート)を2時間37分5秒で登り、世界最速記録を更新した。

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 新しい境界線

ほかのクライマーは、審美的な観点からスピードを追い求めるクライマーに対してしばしば批判的だ。 彼らは、山や自然の美のすべてを「単なる競技コース」に貶 ( おとし ) めるのは、自然を楽しむというクライマーの多くが享受している行動の自由に反すると論ずる。

「確かに私向きのクライミングではありません。しかしあらゆる形のクライミングが受け入れられるべきだと思います」 とクロウチャー氏は言う。

シュテック氏も、クライミング・レースで登攀するのは、自然に親しむためではないと語る。 「メディアやスポンサーなどの注目が集まります」

しかし、シュテック氏は2007年にアイガー登頂の記録を初めて樹立し、その後2008年に自己記録を更新した。  さらに2008年12月にはグランド・ジョラス、翌2009年1月にはマッターホルンの登頂に成功した。 同氏はそれによって、スピード・クライミングはクライミングの「新しい境界線」を破る足掛かりになると気付いた。

「それらの技術を用い、ヒマラヤの巨峰に応用すること、それによって新たな境界線を本当に突破することができます。確かに、それを行うとしたらもっとリスクを負うことになりますが、そのほうがもっといい人生になるでしょう」

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===== 続く =====

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