登山家ジョージ・マロリーの横顔=09/9,終節=

=ジョージ・マロリー(イギリス)=

10-25-2

《YouTubu動画;Mallory and Irvine Everest 1924
https://youtu.be/XmrQV4O3PXI
《YouTubu動画;1924 British Mount Everest Expedition
https://youtu.be/kIs7JzoJpmw
《YouTubu動画;The Wildest Dream: 2 Minute Trailer
https://youtu.be/5LBlFmtR1rA

マロリーの仲間たちの証言

  • ハリー・ティンダル(Harry Tyndale 、マロリーの山仲間):「ジョージの登り方は体力で攻めるというより、柔軟にバランスよく、どんな困難な場所もリズミカルにテンポ良く乗り切ってしまうという感じで、蛇のように滑らかだった。」
  • トム・ロングスタッフ(1922年隊のメンバー):(友人への手紙で)「登山家である以上登っていくことは運命みたいなものだ。2人が下りのことを考えたとは想像しにくい。私は彼らがやりきったと信じている。快晴だったというから、きっと2人はオデールの視界から消えた後、世界の半分ともいわれる絶景を眺めたのだろう。それが2人にふさわしい場所だと思う。2人は今や永遠の世界に生き、我々と共にいる。」
  • ジェフリー・ウィンスロップ・ヤング(Geoffrey Winthrop Young 、1920年代を代表する登山家の1人で、マロリーを尊敬してやまなかった):「マロリーの登山技術は理論とかじゃなくて彼自身が創りあげたものだった。どんな斜面に対しても片足をまず高い位置にもって行き、肩を膝に近付けて折り、体を起こしながら美しい曲線運動を描いて立ち上がる。彼と岩の間でどんなことが起こったのか見ることができないほどだ。見ていても結果しか見えない。スピーディーでパワフルな一連の動きでどんな岩でも乗り越えていく、岩としては乗り越えられるか、崩れてしまうほかないだろう。」ヤングはオデールが「マロリーたちがセカンドステップを超えていた」と主張したときもこれを信じ、「彼らなら頂上までも行っただろう」と語った。

結論として・・・・

マロリーとアーヴィンがどこまで行ったかという議論はなかなか結論が出ない。 ほとんどの説で一致しているのは、2人が2本の酸素ボンベを持っていたということ、オデールが見たようにファーストステップあるいはセカンドステップへとりついたということである。

可能性としては2つ、マロリーがアーヴィンの分の酸素も持って頂上に向かったか、あるいは2人で行ける場所まで行ったか=その場合、登頂前に酸素は切れる、そのことも覚悟の上だったかもしれない=ということである。 どちらにせよマロリーは下山中に滑落して死んだ。 オデールがテントに避難した吹雪の中だったかもしれない。

アーヴィンはマロリーとともに滑落したか、あるいは1人で稜線上に残って極度の疲労、低体温によって命を落としたかのどちらかであろう。 2008年2月にはトム・ホルツェルが「オデールは下山中の2人をファーストステップ上で目撃した」という新説を唱えたが、いずれにせよ証拠が乏しく、今後もなかなか結論は出ないだろう。

10-28-1

  間接的に2人の登頂を示唆する手掛かりもある。 マロリーの遺体から発見された物入れには、頂上に置いてくると言った妻ルースの写真がなかったのである。 しかし、その写真が頂上で発見された訳でもない。  

 なので、最終的にはマロリーが頂上で撮ってくると言っていたコダックのカメラが発見されなけれれば、正確な事を知る事は出来ない。 エベレストのような寒冷な場所では、何十年経ってもフィルムは現像可能な状態で保存されており、それは今でも、ヒマラヤ最高峰の雪の中に埋もれている。 

追記; 

 たとえ1924年にマロリーとアーヴィンが頂上に到達していたという証拠が見付かっても「初登頂」の栄誉はエドモンド・ヒラリーとテンジン・ノルゲイに与えられるべきだという意見もある。 なぜなら、「登頂」とは生きて帰ってこそ意味がある行為だと考えられるからだ。  

 マロリーの息子ジョン・マロリーは3歳で父親を失ったが、「僕にとって登頂とは生きて帰って来ることです。もし父さんが帰ってこなければ決してやりとげたとは言えないのです」と、あまりに有名な父を伝説としてしか知らない寂しさを語っている。  

 ヒラリー卿も同じような意見を持っていて「もし山に登っても、下山中に命を落としたら何もならない。登頂とは登ってまた生きて帰ってくることまでを含むのだ」と語っている。 最後にイギリス人登山家でヒマラヤに詳しいクリス・ボニントンは「もし彼らがセカンドステップにとりついていたとしたら、彼らは頂上近くまで行っただろう。 そこまで行けばクライマーは皆同じ気持ちになる。だから、2人が頂上に行ったとしても何ら不都合は感じない。私としてはむしろ2人が頂上まで行ったと信じたい。 これは夢があるし、人々の心を突き動かす考えだと思う。事実はどうあれ、このことは永遠に不可知のままで良いのではないか」と語っている。 

10-27-1

 「そこにエベレストがあるから」(誤訳:「そこに山があるから」)

  マロリーの言葉として広く人口に膾炙している「そこに山があるから」という言葉は、「そこにエベレストがあるから」(原文はBecause it’s there. )と訳すべき言葉である。 この言葉は、1923318日付けのニューヨーク・タイムズの記事に現れる。 

CLIMBING MOUNT EVEREST IS WORK FOR SUPERMEN; A Member of Former Expeditions Tells of the Difficulties Involved in Reaching the Top — Hope of Winning in 1924 by Establishment of Base Camps on a Higher Level.” と題する記事で、“Why did you want to climb Mount Everest?”との質問にマロリーは、“Because it’s there.”と答えているのです。 

 この“Because it’s there,”の後に、マロリーは、“Everest is the highest mountain in the world, and no man has reached its summit. Its existence is a challenge. The answer is instinctive, a part, I suppose, of man’s desire to conquer the universe.”と答えているから、it がエベレストを指すことは明らかであり、日本語で単に「山」とするのは誤訳であろう。 

 ホルツェルとサルケルドによる The Mystery of Mallory and Irvine(邦訳『エヴェレスト初登頂の謎 ジョージ・マロリー伝』)を翻訳した田中昌太郎は、“Because it’s there” を、「それがそこにあるから」と代名詞のまま訳出している。 

 マロリーは、この記事とほぼ同時期に、ハーバード大学で講演しており、そのなかで、「エベレストに登る目的は?」と自問して、「山頂の一個の石を欲しがる地質学者を満足させ、人間がどの高さで生きられなくなるかを生理学者に示す以外、何の役にも立たない。」とふざけて述べている。 

 なお、この“Because it’s there”が本当にマロリー自身の口から発せられたものかどうかについては、はっきりしていない。 マロリーと共にエベレストを歩き、彼をよく知るハワード・サマーヴィルは1964年に、アルパイン・クラブへの告別の辞の中で、この言葉について「いつもわたしの背筋に冷たいものを走らせた。それは少しもジョージ・マロリーらしい匂いがしないのだ。」と書いた。 

 また、ホルツェル(Tom Holzel)は、しかし、「もし彼自身がそれを口にしなかったとしても、この言い回しは、彼という人間とエヴェレストを征服せんとの彼の情熱的な追求を完璧に要約している。「それがそこにあるから」はマロリーの墓碑銘として永遠に残るだろう。」と書いている。 

10-26-1

Geoge Mallory & Andrew Irvine, better audio quality
https://youtu.be/SASZZ8BEK4w
Tribute/Homenaje George Mallory & Andrew Irvine
https://youtu.be/gR0aWPQZa_0

10-27-2

===== 探検家群像へ =====

前節へ移行 ; https://thubokou.wordpress.com/2015/10/27/

後節へ移動 ; https://thubokou.wordpress.com/2015/10/29/

※ 本文下線色違いの文字をクリックにて詳細説明が表示されます=ウィキペディア=に移行

                         *当該地図・地形図を参照下さい

—— 姉妹ブログ 一度、訪ねてください——–

【疑心暗鬼;民族紀行】 http://bogoda.jugem.jp

【浪漫孤鴻;時事心象】 http://plaza.rakuten.co.jp/bogoda5445/

【閑仁耕筆;探検譜講】 http://blog.goo.ne.jp/bothukemon/

【壺公慷慨;歴史小説】 ameblo.jp/thubokou/

ブログランキング・にほんブログ村へ クリック願います 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中