探検家群像=角幡唯介= 12

角幡唯介、日本のノンフィクション作家・探検家

11-10-1(ナショナルジオグラフィック日本版より転載、イラスト構成は筆者)

== ランカスター海峡 ―神話となった北西航路探検―② ==

北西航路を発見した時に得られる経済的な見返りが、彼らを無謀な行動に駆り立てたのだろうか。 確かに初期の北西航路探検は、中国との貿易を望む商人がそのスポンサーとなっており、都合のいい話を持ってくる山師みたいな探検家に惜しみなく資金を援助していた。 それが理由だったのだろうか。政府が掲げた5千ポンドもの高額な懸賞金が動機だったのだろうか。 あるいは北西航路発見に伴う地理的な名誉や、政治的な出世や、社会的な栄達などが彼らを氷の迷宮に向かわせたのだろうか。

19世紀のロスやパリーやフランクリンの探検は海軍そのものが主体となった、まぎれもない国家事業であり、そこからはナイトに叙せられた何人ものヒーローが飛び出した。 しかしそんなことが、探検家が探検をする理由になるのだろうか。

北西航路の歴史が語るのは、確かに一面ではそうした人間の欲得の物語でもあるが、しかし私たちが心を揺さぶられるのは、そこに人間としての根源を示す何かを感じるからであろう。

仲間に見捨てられたハドソンは、凍える寒さの中、一体どんな最期を迎えたのか。船を待っていたナイト隊の生き残りは、何を思い毎日、水平線を眺めていたのだろう。キングウイリアム島でばたばたと斃死していったフランクリン隊の生き残りは、最後にどこに向かい、何を見つめたのか。

一見常軌を逸した彼ら探検家たちの行動は、私たちに恐怖に近い、近寄りがたい印象を植えつける。しかし同時にひとりの人間として譲れない一線を頑なに守り、蛮勇な行為の中に高潔な意思を示したその姿勢に、どこか感動も覚えるのだ。

11-09-4

 ランカスター海峡を越えた私と荻田はキングウイリアム島に向かって、ひたすら何もない氷海上を南に歩き続けた。 重いソリを連日、距離にして25キロから30キロにわたって引いていると、いやでもギリシア神話に出てくるシーシュポスの気持ちがよく分かってくる。

寒さで唇はただれ、足の感覚はなくなり、伸びたひげには冷凍庫の霜みたいな氷が張りついていた。 氷点下30度以下の向かい風の中を行動したため、顔の皮膚は凍傷で黒くなり、夕飯の前にへらへら笑ってその皮膚の厚い残骸をはがすのが日課となった。 空腹に悩まされ、今度シロクマが現れたら本気で撃ち殺すか検討しないといけないなあ、などという物騒な会話を交わすようになっていた。

イヌイットたちの住むいずれの集落からも300キロ以上離れた氷の海は、あらゆる人間の息づかいから隔絶されていた。 そこに現れたら私たちが一番驚くであろう動物は、まぎれもなく人間だった。

11-10-2

= = 北西航路には何もなかった = =

この北極圏の長い氷上行進で私が事実とした確信できたことは、唯一それだけだった。 だが現地に行かなくても想像がつきそうな、この当たり前の事実は、もしかしたら重要なことだったのかもしれない、と今になって思う。

ランカスター海峡でクロッカー山を誤認したジョン・ロスは、海軍の探検から外された後、醸造業者の経済的な支援を受けて、1829年に再び北西航路の探検に向かった。 越冬中に氷に閉ざされたロスは、そこで船を捨て、装備を持てるだけ持ってボートを引いて歩き出した。探検中に3人の仲間が死んだ。そして出発から4年後、ついにランカスター海峡で捕鯨船に助けられ生還した。北極探検史に残る過酷な脱出劇を演じて見せたロスは今度こそ英雄となり、そしてロス卿となった。

議会で北西航路の発見には何か公共の利益が伴うのかと問われたロスは、次のように答えたという。「まったく何の役にも立たないと、私は信じています」  彼は自分を苦しめた北極の氷海について次のように書いているのだ。

「どんなに豊かな想像力をもってしても、これほどの無変化から記述を生み出すことは難しい。何も動かないし、何も変化しない。あらゆるものが永遠に同じで、陰気で、寒くて、静寂のままである」

もしかしたらロスは知っていたのかもしれない。 探検家たちは北西航路に、そこに何もないのに魅せられてきたのではなく、そこに何もないからこそ魅せられてきたのだということを。

11-08-3

===== 続く =====

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