海賊/マーティン・フロビッシャー その二/3

= 北西航路への挑戦、山師である海賊たち 

10-30-3

 海賊フロビッシャーの2度目の北西航路航海

翌1577年、1回目の航海より大きな船団が組織された。 エリザベス女王は海軍艦船エイド号(Ayde)を新設された「キャセイ会社」(Company of Cathay)に売り、さらに1000ポンドを探検費用として支出した。 キャセイ会社は女王からの勅許をうけた勅許会社で、東方以外の全方位への航海の独占権を与えられた。 フロビッシャーは、この航海で発見するすべての土地と水面の司令官となることが認められていた。

1577年5月27日、ガブリエル号とマイケル号に加えて大きさ200トンのエイド号が加わった150人の艦隊は、ロンドンのブラックウォールを出航し、スコットランドから北へ向かい7月17日にフロビッシャー湾湾口に到達した。 数日後に湾の南岸の一帯は女王の名のもとイングランドによる領有が宣言された。 その後数週間、一行は鉱石集めをして過ごした。 フロビッシャーが受けた指示は、第一に金鉱石を集めること、鉱石が見つからなかった場合は船の一部を本国に返して残りの船で北西航路探索に出ることであり、最初の航海の目的であった北西航路発見は後回しであった。

イヌイットらとの交渉や軋轢も前回以上に発生し、彼らはイヌイットの男女3人を人質にとってそのままイングランドへと連行した。 前年行方不明になった部下の捜索も行われたが、成果はなかった。 =イヌイット (Inuit) は、カナダ北部などの氷雪地帯に住む先住民族のエスキモー系諸民族の1つで、人種的には日本人と同じモンゴロイドである。 エスキモー最大の民族である=

イヌイット

彼らは1577年8月23日にフロビッシャー湾湾口を再び出航、帰国の航海に向かったが、途中で嵐にあい船団はばらばらになった。 船足の早いエイド号が9月23日にウェールズ南部のミルフォード・ヘイブンに到着し、ガブリエルとマイケルはブリストルおよびワイド島北部のヤーマスへと遅れて到着した。 海岸沿海をロンドン目指して各線は帰国の進路をとる。 帰国したフロビッシャーはウィンザー城で女王に謁見し感謝の言葉を受ける。 彼らが持ち帰った200トンもの「金鉱石」を分析するのに、多大な準備と費用がかけられた。 その分析には時間がかかり、その間にこの鉱石をめぐって様々な争いが持ち上がった。 製錬技術者はこの鉱石の価値を低いものと断じ、キャセイ会社の出資者はそんなことはないはずだと反論し、3度目の航海を企てることに成る。

第二航海

  • 北西航路の位置づけ

大航海時代の16世紀以来、ヨーロッパとアジアを結ぶ大建圏航路であり最短航路になりうると考えられた北西航路の発見に多くの探検家が挑んできた=前節参照=。 北極や北アメリカ沿岸の探検に向かった航海者たちの動機の多くは北西航路の発見であり、彼らの探検の過程でカナダ北部やアラスカなどの姿がわかるようになった。 しかし北極海は夏でも融けない流氷・海氷や氷山があり、船が氷に閉じ込められ押しつぶされることもあるなどその環境は過酷で非常に多くの探検家が犠牲となり、20世紀まで横断航海に成功した者はいなかった。 最初に北西航路を船で横断した人物は、南極点到達でも有名なロアール・アムンセン(前節参照)である。 彼は1903年から1906年にかけて小さな船で大西洋から太平洋へと抜ける航海を成功させた。

北西航路

近年、全地球的な気候変動により北極圏が温暖化し、北極海の氷の範囲が縮小し氷結する期間も減り、砕氷船でなくても北西航路が航行可能になってきた。 2007年8月21日には流氷の減少により、砕氷船なしで北西航路が全て通れる状態になった。 ノルウェー極地研究所によれば、これは1972年の記録開始以来初めての事態であった。 今後北西航路の開発が進み従来のスエズ・パナマ経由航路より距離が短い定期航路が作られれば、時間や燃料費を節約できるため世界の海運や物流が大きく変わるとみられる。 また北極海の沿岸や海底に眠る資源開発も容易になると期待される。 しかしこの海域をめぐる領有権問題が事態を難しくしている。 カナダ政府は北西航路の一部をカナダの領海に当たる「内水」としているが、多くの国はこれらの海峡を自由な国際航行の可能な国際海峡であるとして対立している。

11-08-5

===== 続く =====

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