河井道とボナー・F・フェラーズ=09=

❢❢❢  天皇を救った男、小泉八雲に誘われ 河井道との交流のなかで・・・・  ❢❢❢

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◇◆ 天皇を救った覚書 ◆◇

フェラーズは道に質問した。 「仮に話ですが、もし天皇を処刑するということになったら、あなたはどう思いますか」と 聞くフェラーズに、河井は答えた。 「日本人はそのような事態を決して受け入れないでしょう。 もし陛下の身にそういうことが起これば、私がいの一番に死にます。 ・・・もし、陛下が殺されるようなことがあったら、血なまぐさい反乱が起きるに違いありません。」

フェラーズは、道の返答に驚きを隠せなかった。 道はクリスチャンである。 それに戦時中、戦意高揚の品の学校設置を断固拒否し続け、それ故拘束されたこともある と聞き知っていた。 その彼女が、なぜこれほどまでに天皇を擁護するのか。 フェラーズは、欧米人には理解できない日本人の心理の一端に触れた思いだった。

フェラーズは、玉音放送後の整然たる降伏と武装解除を目の当たりにし、さらにこの河井の言葉を聞いて、腹を固めた。 もし天皇を処刑したら、日本国内は血なまぐさい反乱で収拾がつかなくなる。 占領統治を円滑に進める最善の方法は、天皇を罰することではなく、逆にその力を借りることである。 フェラーズは、マッカーサーに天皇の処遇に関する意見書を早急にまとめるので、ぜひ力を貸して欲しい、と道に低頭し頼んだ。
フェラーズは道との話し合いを通して、「天皇を裁いてはならない」という信念を固めていく。 時は急がれていた。 猶予する時間がない。 アメリカ上院は天皇を裁判にかけることを満場一致で決定していた。 さらにマッカーサーのスタッフの大半は天皇訴追に賛成だったのである。 早急に占領軍の総責任者ダグラス・マッカーサー連合国軍最高司令官総司令部)に意見書を提出しなければ占領軍が図ろうとする種々の政策が全て齟齬をきたす事態になる。

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 確かにアメリカ政府内に天皇擁護論はあった。 米国務省は中国との外交関係を重視する立場から天皇制廃止論を唱えるチャイナ・クラウド(中国派)と、日本との外交関係重視から天皇制利用論を唱えるジャパン・クラウド(日本派)とが激しく対立していた。 チャイナ・クラウドの急先鋒になったのはディーン・アチソンやオーエン・ラティモアである。 特にラティモアは天皇と天皇位継承の資格のあるすべての男子を中国に流して抑留し、国連の監視下に置くべきだと主張していた。

これに対して、ジャパン・クラウドの代表格を務めたのが1932年年から10年間にわたって駐日大使を務めたジョセフ・グルー(1880-1965。前節参照)である。 グルーは国務省極東局局長を経て、44年12月に国務次官に就任する。 日本をかばいすぎるとの激しい批判を浴びつつも「日本をハチの巣とすれば、天皇は女王バチ。 女王バチが死んだら、他のハチはすべて死んでしまう」とする天皇「女王バチ」論を展開し、天皇制を擁護していたのである。 しかし、このグルーも日本のポツダム宣言受託を見届けながら辞表を書いた。 グルー退官後、チャイナ・クラウドのディーン・アチソンが新たな国務次官に就任する。

彼は道の協力のもと、約10日間で意見書を書き上げた。 その骨子は、天皇に畏敬の念を抱く日本人のメンタリティが述べられ、戦争は天皇が自ら起こしたものではないと指摘。 さらに終戦において果たした天皇の役割に言及。 天皇の命令で700万の兵士が武器を放棄。 その結果、何十万もの米国人の死傷が避けられた。 天皇を裁判にかければ、統治機構は崩壊し、全国的な反乱は避けられない。 占領統治を円滑に進めるには、天皇の力を利用すべきと述べられていた。

この意見書がマッカーサーの天皇に対する態度に決定的な影響を与え、約4ヶ月後、マッカーサーは本国政府に最終判断を報告した。 これにより、ワシントンでの天皇訴追論は事実上終止符が打たれた。 1946年4月29日、国際検察局は、A級戦犯28人の被告人名簿を発表。 そこに天皇の名はなかった。 フェラーズの仕事は終わった。 彼は1946年7月、軍を辞め帰国した。 後にフェラーズは言っている。
・・・・・・・『わたしはあの覚書の内容について自信が持てなかった。 ミチ・カワイから授かったものだ。 彼女が私を助けてくれた。 マッカーサーの天皇に対する態度に彼女は大きな影響を及ぼしたと思う。』・・・・そして、彼は短く、慌ただしく、濃密な任務を遂行した最後の日本滞在を想像を膨らませて、それを追えば・・・・・・・・

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 ☛ ☞   “「陛下をお救いなさいまし」”

ボナー・F・フェラーズがマッカーサーと伴に、厚木海軍飛行場に降り立ったのは降伏文書の調印に先立つ1945年8月30日であった。 日本に着いたフェラーズは旧知の渡辺ゆり(この時には結婚して一色ゆり)と河井道の消息を尋ねることから任務を開始した。 クエーカー教徒の長年の友人・一色ゆり夫妻を通じて日本人の敗戦への心情を知りたかったし、国際的な視野を持つ河井道の意見を知りたかった。 二人の居場所を突き止め、アメリカ大使館の自室の夕食に二人を招待したのは1945年9月23日、二人は戦後大使館に入った最初の日本人ゲストとなった。 天皇とマッカーサーの初会見が行われたのはこの4日後の9月27日である。

フェラーズは大使館についた二人を抱きかかえんばかりに歓迎し、マッカーサーの幕僚達にも紹介した。 食事が終わると、フェラーズは天皇の戦犯問題を切り出す。 二人とも米国に学んだクリスチャンであり、天皇崇拝者ではなかった。 それにもかかわらず、ゆりは「天皇陛下にもしものことがあったら、ねえ、先生、私たち生きていけませんよね」と口走り、河井も「日本にとって大変なこと」であると語る。 この時のフェラーズの日記には、上記のように「天皇が追放されれば暴動が起きるだろう」という河井の言葉が書き込まれた。

4日後、その天皇の姿がフェラーズの目の前にあった。 9月27日午前10時、昭和天皇が米国大使館にマッカーサーを訪ねたのだった。出迎えたフェラーズに、天皇はトップハットをとり、日本語で「お会いできてうれしい」と挨拶しながら軽くお辞儀をして、手を差し出した。 フェラーズは天皇の手を握り、英語で「陛下にお目にかかれて光栄です」と答えている。

後のマッカーサーの証言では、この会見で昭和天皇は「戦争の全責任をとる」と発言して、彼の心を揺すぶった。 天皇は深く覚悟されて会見に臨まれたのだが、アメリカ大使館で最初に出迎えたフェラーズの応対は、そのお気持ちをなごませた。

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  天皇は後にフェラーズに次のようなお言葉を伝えられている。 ≪あなたが温かく迎えてくださったときから、私はマッカーサー元帥との関係がうまくいくだろうと思いました。≫ 昭和天皇は、この「温かく迎えた」相手がアメリカ陸軍きっての親日家、知日家である事など予想だにされなかっただろう。 まして、彼が天皇ご自身を戦犯裁判から救わねばならないとの覚悟を内心に秘めていたとは・・・・・・・・。

フェラーズは、天皇が帰られた後に、執務室に閉じこもり、マッカーサーへの意見書の仕上げに没頭した。意見書の原稿を書き上げると、すぐに恵泉女学園の河井道のもとに届けさせた。 河井からの意見をもとに修正し、再度チェックを受けてOKを貰ったのが10月1日。 翌日、フェラーズは完成した意見書をマッカーサーに提出する。 二人の合作と言ってよい。 フェラーズは二人の意見を取り入れながら天皇不起訴を進言する覚書を作成し、マッカーサーに提出した=10月2日付最高司令官あて覚書、日本語全文は「陛下をお救いなさいまし」=

またフェラーズはこの直後の10月4日に第二の覚書を提出している。 ソ連の天皇制批判が高まる中で、フェラーズは米国国内の論調とソ連の動向を箇条書きにしながら、天皇訴追の危険性を警告している。 「ソ連は、日本に革命が起こることを望んでいる。 我が国(米国)の政策は、革命を期待しているかのようだ。 革命には、天皇の排除が最も有効なのである。」と 記し、天皇を排除すれば日本人の暴動を招くとの主張を繰り返した。

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 ===== 続く =====

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