十字軍とテンプル騎士団=01=

❢❢❢ ソロモン神殿が聖地奪回への貧しき戦士たち = 第一部“十字軍”  ❢❢❢

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◇◆ 十字軍とテンプル騎士団  ◆◇

=テンプル騎士団は構成員が修道士であると同時に戦士であり、設立の趣旨でもある第一次十字軍が得た聖地エルサレムの防衛に主要な役割を果たした。 特筆すべき点として、騎士団が保有する資産(構成員が所属前に保有していた不動産や各国の王族や有力貴族からの寄進された土地など)の殆どを換金し、その管理のために財務システムを発達させ、後に発生するメディチ家などによる国際銀行の構築に先立ち、独自の国際的財務管理システムを所有していたとされる事が挙げられる。
ヨーロッパ全域に広がったテンプル騎士団は聖地がイスラム教徒の手に奪い返されて本来の目的を失った後も活動し続けたが、1300年代初頭にフランス王フィリップ4世の策略によって壊滅状態となり、1312年の教皇庁による異端裁判で正式に解体された。=【ウィキペディア】

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☛ ☞  “ テンプル騎士団 ”

上記のテンプル騎士団という名前は、それを題材としたりモデルとした小説なども多いことから、広く認知されている。 日本語においては「神殿騎士団」や「聖堂騎士団」といった呼び名を使われることもあった。 十字軍活動以降に誕生した騎士修道会のひとつとして「テンプル騎士団」の存在は大きく、以降も宗教的な思想を根幹に置く体制擁立の武力組織として欧州に同様な結社・結団が生まれていった。

テンプル騎士団はキリスト教の聖地巡礼、エルサレムへの巡礼に向かう人々を保護することを目的として設立されたのです。 当時 イスラム社会が西方に延び、エジプトを席巻の後 地中海東部の制海権を握り 地中海沿岸沿いにジブラルタル海峡までをも勢力圏内に収めようとする勢いであった。 ここに 十字軍が派遣された。 その充足のためにテンプル騎士団が発足したと言える。

テンプル騎士団に入会する者たちは、この世の欲を捨てる証として私有財産を寄贈していた。 喜捨といえばわかりやすい。 宗教にはよくあることです。 しかし、いかなる組織も腐敗する。 12世紀から13世紀の頃には、このテンプル騎士団は膨大な資産を構築し、巡礼者の旅費を預かって保管し、また 不在時の故郷の資産を保全・運用する銀行業務のような経済活動で、多くの土地も持ち、教会や城砦などもつくり、戦隊まで持つほどになって行くのです。

パリの支部は「国王の非公式は国庫」と言われるほどの財産を所有し、フランス王の経済支援を行っていた。 イタリアのメヂッチ家に劣らぬ金融機関として欧州に君臨するようになる。 ルイ14世の頃には国王の国庫は正式な形でテンプル騎士団に預けることになり、この体制は200年弱続きます。 現代においてもフリーメイソン等の秘密結社はこの流れを汲むと言う。

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☛ ☞ “ テンプル騎士団の汚名 

13世紀の終わり、フランスのフィリップ4世の時代、財政面でテンプル騎士団から援助を受けていたにもかかわらずフィリップ4世はテンプル騎士団のもつ潤沢な財産を我がものとしたいと策略を練ります。 フランスは慢性的な財政難に苦しんでいましたし、イギリスの戦争によって多額の債務も抱えていた。 その最大の債権者はテンプル騎士団だったのです。

初めに、自分がその長となり強大な勢力を振るうことを画策しますが、それにはテンプル騎士団が乗ってこず、対立する動きを見せる。 そこで債務の帳消しと資産の没収をねらって、フィリップ4世は騎士団に罪を着せようとする。 しかしもともと何の罪も犯していないテンプル騎士団を罪に問うことは難しいものだった。 そこで、フィリップ4世は匿名の証言が採用される「異端審問方式」を採用し。糾弾すると言う姑息な手段に出た。

厳密に言えば違いがあるが、イメージとしては魔女狩りを頭に浮かべるといいでしょう。 確証が得られずとも逮捕ができ、自白をするまで拷問にかけることが出来る形です。 フィリップ4世はフランス全土のテンプル騎士団を一斉に逮捕。 異端の濡れ衣をきせ拷問で自白を強要、処刑の上、財産は没収。 幽閉されていた最高責任者の4人も火あぶりにされた。

フランス以外の国にも教皇クレメンスがテンプル騎士団の禁止を通告します。 メヂッチ家が動いたのだろうが、しかし他国はそれに従わず、テンプル騎士団の弾圧はフランス以外では行われていない。 この事実は、このフランスでの弾圧が、余りにも みえみえのものだったのかもしれませんが、このテンプル騎士団の異端の汚名は長い間晴らされることはなく、欧州の深部に定着するのです。

時を置いて、1907年ドイツの歴史学者がフィリップス4世の資産狙いと明らかにして、そこからようやく正式な形で汚名回復に向かうことと成りますが、十字軍の発足時から その側面を補完したテンプル騎士団の史跡を追ってみよう。

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===== 続く =====

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