十字軍とテンプル騎士団=11=

❢❢❢ ソロモン神殿が聖地奪回への貧しき戦士たち = 第一部“十字軍”  ❢❢❢

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◇◆ エルサレム攻囲戦  ◆◇ 

エルサレム陥落後、まず聖墳墓教会にいた正教会はじめ東方教会各派(グルジア正教会アルメニア正教会コプト正教会シリア正教会)の主教がすべて追放された。 彼らの共存はムスリム支配者の下でも許されていただけに、東方教会から十字軍への反発は強く、聖十字架(「真の十字架」)などの聖遺物のありかを明らかにしないなどの抵抗を行った。 しかし十字軍による正教徒への拷問の末、真の十字架は十字軍に奪われ、以後その管理下に置かれることになった。

 虐殺が終わると、ゴドフロワ・ド・ブイヨンは“アドヴォカトゥス・サンクティ・セプルクリ/聖墳墓守護者”となり、キリストの死んだ場所で「王」となることをよしとせず、「キリストがいばらの冠をかぶせられた場所で、金の冠をかぶるのは断る」と言い、このような称号を名乗ることになった。

一方、レーモンもどのような称号を得ることも拒んだため、ゴドフロワはレーモンにダビデの塔の支配権をあきらめるよう説得する。  しかし、レーモンはこの後巡礼に出かけてエルサレムを空ける。  その間の8月1日、アルヌールが最初のカトリック系のエルサレム総司教となり、8月5日に「真の十字架」を手に入れることになった。 そして、エルサレム陥落から2週間半後の8月9日水曜日、隠者ピエール(前節参照)が、ギリシャとラテンのすべての聖職者に対して、聖墳墓教会で感謝の行進を行おうと呼びかけている。 彼は十字軍精神を具現しようとしていたのか・・・・・。

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 ゴドフロワは十字軍を率い、真の十字架を先頭に立てて、エルサレムに迫るファーティマ朝の軍隊との戦いに挑んだ。 ファーティマ朝軍は、エルサレム救援に出発したものの、その陥落の時点ではまだシナイ半島を横断中であった。 血気に逸るゴドフロワは、8月12日のアスカロンの戦いでファーティマ朝軍と衝突し、完膚なきまでに打ち破った。 しかしこの戦いののち、十字軍の大半はエルサレムへの巡礼という大目的を果たしたことに満足し、数100人ほどのわずかな騎士を除いてその大半が故国に戻り始めた。 このわずかな騎士たちが、エルサレム王国をはじめとする十字軍国家をレバントに確立することになる。

一方アスカロンの戦いの直後、ダマスカスのガーディー(法官)であったアブー・サアド・アル=ハラウィらは、難民を引き連れてイスラム世界の中心地でアッバース朝カリフの座所でもあるバクダードに到達し、8月19日金曜日には、彼らは金曜礼拝の行われているモスクで、ラマダーンであるにもかかわらず飲食を始めた。 彼は怒って押し寄せた群衆に、聖地が破壊されムスリムが多数殺されたことに無関心なのにどうして断食破りごときで騒ぐのかと問いかけ、十字軍の惨害を語って聴衆を沈黙させ涙させたという。

しかしアッバース朝のカリフ・ムスタズヒルも、事実上の支配者であるセルジューク朝スルタンのバルキヤールクもアル=ハラウィらの訴えに反応を示さなかった。 繊細なムスタズヒルは後宮で歓楽に溺れ、バルキヤールクはバグダードを空けてセルジュークの故地であるイラン北部で実弟ムハンマドと戦っている最中であった。 このような兄弟喧嘩でセルジューク朝が機能不全に陥っている間、レバントに留まったわずかな数の十字軍が着々と十字軍国家の足場を固めていった。

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 エルサレムの占領と聖墳墓(キリストの墓)の奪回によって、十字軍は当初の目的を達成した。 一報が西欧に伝わると、途中で脱落して帰国した騎士や、未参加の騎士は激しい非難と嘲笑にさらされ、聖職者による破門さえほのめかされた。 一方、エルサレムを占領した将兵も大部分は沢山の財産を得て帰国した。 1100年のエルサレム王国には数百名の兵力しか残っていなかったという。 また、1100年にアナトリアで再度マラティア(前節参照)を攻めていたダニシュメンド王を討とうとしたアンティオキア公ボエモン1世は、逆にダニシュメンドの捕虜となる。

十字軍は手薄な状態だったが、イスラム勢力も内輪もめに終始していたので、地盤を固める時間はあった。 この頃、アンティオキア公国の後継者はボエモン1世の甥で、亡きゴドフロワの下で戦ったタンクレード(前節参照)が就いていた。

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 ===== 続く =====

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