十字軍とテンプル騎士団=17=

❢❢❢ ソロモン神殿が聖地奪回への貧しき戦士たち = 第一部“十字軍”  ❢❢❢

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◇◆  テンプル騎士団と第3回十字軍 ③  ◆◇

テンプル騎士団は1147年の第2回十字軍に際して、フランスのルイ7世を助けて奮闘したため、十字軍の終了後、ルイ7世は騎士団にパリ郊外の広大な土地を寄贈した。 ここにテンプル騎士団の西欧における拠点が建設された。 この支部は壮麗な居館のまわりに城壁をめぐらした城砦に近いもので、教皇や外国君主がフランスを訪れる際には宿舎となり、王室の財宝や通貨の保管まで任されるようになった。 その後の1163年には教皇アレクサンデル3が自らの選出に際し、尽力したテンプル騎士団に報いる形で回勅を出して、修道会と財産の聖座による保護、司教からの独立などの特権を賦与した。

テンプル騎士団の騎士たちの強さと勇敢さは伝説的なものであった。 特に1177年のモンギザールの戦いでサラーフッディーン率いるイスラーム軍を撃退し、フランスのフィリップ2(尊厳王)やイングランドのリチャード1(獅子心王)とも共闘し、イベリア半島でも対ムスリム勢力戦に従事して、その勇名を不動のものとした。 しかし、数々の特権を受けて肥大化していく騎士団に対し、地域の司教たちやほかの修道会からの批判の声が聞かれるようになった。 それだけでなく、後述するように一切の課税を免除され、自前の艦隊まで有して商業活動や金融活動を行っていた騎士団は、商人や製造業者たちの敵意を受けるようになって行く・・・・・。

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 軍事組織としての表の顔に加えて持っていたテンプル騎士団のもう一つの顔が、財務機関としてのものであった。 もともと入会者たちは、この世の栄華を捨てる証として個人の私有財産を会に寄贈して共有しており、この慣習はほかの修道会でも行われていた。 会の活動目的が聖地守護と軍事活動であっても実際に前線で戦うのは会員の数パーセントの隊員にすぎなかった。 ほとんどの会員は軍事活動そのものより、それを支援するための兵站および経済的基盤の構築にあたった。 巡礼者に対しては、現金を持ったまま巡礼の道を移動する事により起るリスクを防ぐため、自己宛為替手形の発行等の銀行機関のようなサービスも行った。 また現在で言う預金通帳のような書類もテンプル騎士団のイノヴェーションだと言われているのです。

テンプル騎士団の経済的な発展とは裏腹に、中東情勢は悪化の一途をたどっていた。 当時の騎士団総長ジェラール・ド・リデフォールは宿敵サラーフッディーン(サラディン)との数次にわたる戦いに敗北するだけでなく、自らが捕虜となるという致命的な失態を演じた。 これは投降よりは死を選ぶという騎士団の勇名に泥を塗ることになった。 ジェラールは一度は解放されたが、再び捕虜となって斬首されたため、ヨーロッパでのテンプル騎士団の威信は落ち、ローマ教皇は中東で猛威を振るいだしたサラディンに危険な力を感じ取っていた。

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 1169年にエジプトの実権を掌握したサラーフッディーンは、1171年には宰相を務めていたファーティマ朝を滅ぼして自らアイユーブ朝を開くと、その後の彼はパレスチナの地からキリスト教勢力を駆逐するという信念の実現に生涯をかける戦いを開始した。 イスラム教の聖地奪回闘争である。 キリスト教徒との宗教戦争を念頭に、ローマ教皇に戦いを挑んだのである。 1174年にシリアを傘下に治め、十字軍王国の包囲体制を整えた。1187年8月4日、サラーフッディーンはハッティンの戦いで十字軍に勝利し、10月2日にはエルサレムが降伏してエルサレム王国は滅亡した。 この時、サラーフッディーンは十字軍とは反対にキリスト教徒の虐殺は行われなかった。 その結果、キリスト教徒はアンティオキア、トリポリ、ティール、マルガット等に逃れ キリスト教勢力の拠点はこれらの城郭都市を残すのみとなった。

この事態に対して教皇グレゴリウス8世は、聖地奪還を目的とする新たな十字軍の派遣をイングランドやフランスに呼びかけた。 イングランド王ヘンリー2世とフランス王フィリップ2世(尊厳王)は領土問題を巡って戦争状態にあったが、要請を受けたことでこれを終結し、双方とも国内では「サラディン税」を課して十字軍編成のための資金とした。 しかし両国間の戦争はすぐに再開し、さらにイングランド国内では、ヘンリーの息子リチャード(獅子心王)がフィリップに臣従し父と敵対していた。

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===== 続く =====

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