十字軍とテンプル騎士団=19=

❢❢❢ ソロモン神殿が聖地奪回への貧しき戦士たち = 第一部“十字軍”  ❢❢❢

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◇◆ 第3回十字軍とサラディンとの戦 ①  ◆◇

翌年の1191年、イングランド王リチャード1世(獅子心王)とフランス王フィリップ2世は共に海路ではあるが、関係が悪化していたため、別々にパレスチナに到着した。 リチャードの船団はその途上で嵐にあい、何隻かがキプロス島まで流されたが、その時東ローマ帝国から離反していた島の統治者が漂着した財宝を略奪し、乗員らを身代金目当てで牢に入れたため、リチャードは戦って5月末までに島全体を占領する。 そして一旦はテンプル騎士団に島の統治を委ねるが、翌年、旧知のエルサレム王国の前国王ギー・ド・リュジニャンにこの島を譲渡した。 一方、フィリップはティールに到着して、エルサレム王国の王位継承を主張しギーと対立していたモンフェラート侯コンラート1世と同盟を結んだ。

1191年4月、フィリップらは既に到着し敗退したフリードリヒの敗残兵を加えて イスラエル北部の西ガラリヤ地方の良港・アッコンの攻囲を開始し、6月にはリチャードの軍が包囲に加わった。 攻撃する両軍に抗するアイユーブ朝軍は包囲を破ろうと試みたが撃退され、7月12日アッコンは陥落した。 しかしその後、十字軍側の3人の司令官の間に内部抗争が起きた。 ドイツ人たちの司令官であったオーストラリア公レオポルト5世は、リチャードやフィリップと同列に扱われることを欲し自身の旗を掲げたが、リチャード側はこれを撤去したため、激怒したレオポルトは十字軍から離脱し、帰路についた。 一方フィリップは、病気を理由に7月末に帰国し、リチャードは十字軍でただ一人残ったキリスト教国の君主として戦うはめになった。

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 5月20日、リチャード(獅子心王)はアッコン降伏時の協定をサラーフッディーンが遵守していないとして、拘留されていたムスリム2700人あまりを処刑した。 そして、リチャードはエルサレムを攻撃するための出発地として港町ヤッファ(イスラエル・テルアバア地区)の奪取を計画する。 9月に入り、リチャード(獅子心王)の軍団がアルスフを行軍していた時、彼らをサラーフッディーンが攻撃した。 がしかし、リチャードはこの戦い《アルスフの戦》で目覚しい勝利を挙げ、その存在をイスラム勢力に轟かせる。

第三回十字軍は進軍の歩みを止めることなく 翌年の1192年1月にはエルサレムへの進撃の準備が整ったが、サラーフッディーンは軍勢を増強し、都市を要塞化して待ち構えていた。 リチャードは2回ほどエルサレムに接近したが、サラーフッディーンの大軍を目の当たりにして軍を退く。 7月に入るとサラーフッディーンがヤッファの奪還に動き出すも、7月31日の戦闘で数では勝っていたはずにもかかわらずリチャードの軍に敗れ、失敗した。 両軍一進一退の攻防を展開した。

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 ☛ ☞   “アルスフの戦い

1191年7月にアッコンを占領したリチャードは、その後険悪になったフランス王フィリップ2世が帰国したことで、エルサレムの再奪回を阻止しようとするサラーフッディーンと単独で対決することとなった。 エルサレムを攻撃するためにはまず地中海沿岸の港町ヤッファを奪取しなければならなかったリチャードは、1191年8月アッコンを出発して海岸沿いに南進を開始した。

9月7日にこれをヤッファの北、アルスフで迎え撃ったサラーフッディーンは、十字軍の騎士を誘い出すためにまず軽騎兵による突撃を繰り返した。 十字軍側は前衛をテンプル騎士団が、後衛をホスピタル騎士団が固めていた。 リチャードは騎士による反撃をできるだけ遅らせ、イングランドの洋弓銃(クロスボウ)隊による撃退を試みたが、この間ホスピタル騎士団はイスラム勢の弓騎兵により大きな損害を被った。 ホスピタル騎士団の騎士たちはもはや反撃の命令を待つことができず、サラーフッディーンの右翼に突撃した。 これを見たリチャードはすぐさま後に続き、テンプル騎士団も敵の左翼に突撃した。 不意を打たれたイスラム勢は打ち破られ、サラーフッディーンは退却を余儀なくされた。

リチャードの軍勢は疲弊し、いつまでたってもエルサレムを落とせないことに対する不満や国へ帰りたいという不満が軍の中に渦巻いて来る。 また、一足先に帰国したフィリップ2世が末弟ジョンを扇動し英国領を侵略しているという情報も入って来た。 一方のサラーフッディーンも、自身の年齢からくる健康不安や、ムスリム内部の不満分子を懸念し、戦いを長引かせることを望まなかった。  このような状況下、以下年以上に及んで 守りの固められたエルサレムの奪回は最後まで実現できなかった。

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 ===== 続く =====

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