十字軍とテンプル騎士団=21=

❢❢❢ ソロモン神殿が聖地奪回への貧しき戦士たち = 第一部“十字軍”  ❢❢❢

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◇◆ 第4回十字軍との始動 ◆◇

1198年、主要な国王が参加しながらあまり成果のなかった第三回十字軍から10年たち、ローマ教皇インノケンティウス3世は、新たなる十字軍を呼びかけた。 各国王はこの呼びかけに反応を示さず参加しなかったが、フランス北部のシャンパーニュで開かれた馬上槍試合(トーナメント)における勧誘で、シャンパーニュ伯ティボー3世、ブロウ伯ルイ1世を中心とした有力なフランス貴族が参加を決め、その後、フランドル伯ボードゥアン9世等が加わり、70人以上の諸侯、騎士の参加を得た。 シャンパーニュ伯が指導者になり、具体的な遠征計画を立てるための代表者として6人の騎士が選ばれた。 しかし、1200年にティボーが病死したため、新たにモンフェラート候ボニファチオを指導者に選出した。

彼らが決めた方針は、イスラム教徒の本拠地であるエジプト(アイユーブ朝)のカイロを海路から攻撃するというもので、その輸送をジェノヴァやピサにも呼びかけたが、結局ヴェネツィアに依頼することに決まった。 ヴェネツィアは単に輸送を担当するだけでなく、元首(ドージェ)のエンリコ・ダンドロ自ら参加することになった。

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☛ ☞   “エンリコ・ダンドロ”

エンリコ・ダンドロEnrico Dandolo,は、ヴェネツィア共和国の第41代元首(ドージェ、在任1192年- 1205年)。在任前はコンスタンティノポリスに滞留していたが、このとき、ヴェネツィア人排斥運動に巻き込まれて、片目を潰されて視力を失ってしまったという。 1192年、前任の第40代元首が没した後、思慮深く、智謀に優れた有能な人物であったため、80歳を越える高齢にもかかわらず、元首として選出されることとなった。

1202年、エジプト侵攻を目的とする第4回十字軍が結成されたが、このときの十字軍は軍資金が乏しく、遠征できるような状態では無かった。 また、ダンドロもヴェネツィアにとっては主要な交易相手国であるエジプトを攻撃されては困るため、十字軍に資金を援助する代わりに、当時ヴェネツィアと敵対関係にあったアドリア海東岸のサラ市を攻撃するように要請したのである。 これが見事に成功し、第4回十字軍はザラ市に攻撃をかけ、自身も軍を率いて参戦する。

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 翌年の1203年、東ローマ帝国(ビザンチン帝国)アレクシオス4世アンゲロスの要請を受けて、ダンドロや第4回十字軍を率いるボニファチオらはコンスタンティノポリスを攻撃し、当時の東ローマ帝国(ビザンチン帝国)皇帝であったアレクシオス3世を追放して、1195年に皇位を追われたイサキオス2世アンゲロス(アレクシオス4世の父)を復位させたのである。 勿論、その代償として、多大な報奨金を約束として取り付けた。

過日の事だが、イサキオス2世アンゲロスが叔父・アレクシオス3世アンゲロスによって廃位されると、帝国を脱出して義兄のシュヴァーヘン公フィリップの元に逃亡していた。 1201年の事、軍資金調達で苦しむ第4回十字軍に対して、遠征資金の負担や東西教会の統一を条件にして、首都コンスタンティノポリスに侵攻し、叔父を追放した上で、幽閉されていた父を助け出して復位させる密約がアレクシオス4世アンゲロスとエンリコ・ダンドロの間で交わされていたのである。 アレクシオス4世アンゲロスは父と共同皇帝として即位する目論見をもって・・・・。

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 しかし、アレクシオス4世アンゲロスは第4回十字軍の遠征資金を負担するために国民・貴族に対して重税を課したことで、彼らの反感を招いた。 そして1204年、彼らの支持を得たアレクシオス3世の娘婿であるアレクシオス5世ドゥーカスによって反乱を起こされ、23歳の若さで父と共に殺害される。 だがしかし、十字軍のと行動を移動や軍資金を支援すべく同行して来たダンドロは十字軍と協力してコンスタンティノポリスを再度攻略してアレクシオス5世を殺し、東ローマ帝国を滅ぼしてラテン帝国=東ローマ帝国をひとたび滅亡させた後、コンスタンティノポリスに立てられたカトリック国家である。いわゆる十字軍国家の1つ。正式名はロマニア帝国=を成立させた。

そして、そのラテン帝国の初代皇帝に、ダンドロは当時のフランドル伯であったボードヴァンを推挙し、彼を帝位に即けることに成功した。 そして自身は、イオニア海沿岸一帯の東ローマ帝国旧領をヴェネツィア領として組み込んで、ヴェネツィア共和国の国際的立場をさらに高めると共に、地中海の制海権を掌握することに成功した。

  • ・・・・・先を急いだようだ。 次回で、今一度第四回十字軍の編成から“コンスタンティノープル攻撃”に至る経緯を述べてみよう。

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 ===== 続く =====

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