十字軍と騎士修道会・騎士団=51=

❢❢❢ ソロモン神殿が聖地奪回への貧しき戦士たち = 第二部“騎士修道会”  ❢❢❢

01-30-1

◇◆ 宗教改革以後のマルタ騎士団  ◆◇

十六世紀に宗教改革が盛んになると、西欧各地の騎士団領は没収されるようになり、騎士団の力と存在意義は次第に失われて行く。 十七世紀には、騎士団はロシア海軍やフランス海軍の一部として組み込まれるようになった。

大陸の制覇を進めるフランスにとって、海の向こう側にあって手を出すことができず、いわば目の上のこぶであったイギリスを牽制するためエジプトをせいあつし、管理下に置く必要があった。 インドに重要な植民地をもつイギリスは、植民地と本国とに連絡を取るに当たりエジプトを経由していた。 そのため、エジプトを奪うことはイギリス本国とインド植民地、さらにインドと地中海の結びつきをなくすことができ、あわよくばインドの植民地を奪取することにもつながるとフランスは、戦略上重要と考えた。 ナポレオン・ボナパルト率いる5万人のフランス軍が、マルタ島を経由して、エジプトに遠征したのである。

1798年、ナポレオン・ボナパルトはこのエジプト遠征の際にマルタ島を奪う。 教皇クレメンス5世と神聖ローマ皇帝カール5世(ドイツ)の斡旋により、シチリア王からこのマルタ島を借り受けていたマルタ騎士団(聖ヨハネ騎士団は、根拠地を失った。 騎士団は正教国家であるロシア帝国を頼る。 当時のロシア帝国では、1796年にエカチェリーナ2世が脳卒中の発作に襲われ、母帝危篤の報を受けたパーヴェルは、ガッチナから冬宮に向かったが遺言書を手渡される結果になった。 そして、11月6日 パーヴェルはロマノフ朝第9代ロシア皇帝パーヴェル一世として即位していた。 パーヴェル1世は国家の統治に熱心な君主であった。 しかし ある一面においては、理想主義的であり寛大ですらあった。 反面、気まぐれで悪意や執念に陥りやすかった。

01-30-2

 当時の欧州情勢は、フランス革命に揺れる国際情勢であり、 その中での即位であった。 パーヴェル1世の外交政策は、当初 イギリス、オーストリア、オスマン帝国などとともに第二次対仏大同盟を結成するなど反仏の姿勢をとった。 また1799年にはスウェーデンとも同盟を結んだ。 オーストリアやスウェーデンには各自の教団騎士団がそれぞれにあった。 ナポレオン・ボナパルトが台頭して第一統領に就任した頃から、パーヴェル1世は彼を反革命だと判断して信奉するようになり、それまでとは反対にフランスと手を結んで、イギリスの植民地であるインドへの遠征を企てた。 1800年から1801年にかけて北欧やプロイセンをさそって武装中立同盟を結成したが、イギリスと対立したために、ロシア国内からの不満が高まった。 このような状況下で、パーヴェル1世は、根拠地を失ったマルタ騎士団(聖ヨハネ騎士団)を受け入れる。

そして、マルタ騎士団は、1801年 ロシア皇帝パーヴェル一世を騎士団総長に選任した。 だが、1803年 マルタ騎士団は再びカトリックの総長を選任するが、これ以降は求心力を失い、各地の支部が独自に活動するようになる。 1834年、本部をローマに移し、今日に至る。 現在の正式名称は「ロードスおよびマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会/Sovrano Militare Ordine Ospedaliero di San Giovanni di Gerusalemme di Rhodi e di Malta」。

01-30-3

 旧来の領土を喪失しているため国土を有さないが、主権実体(sovereign entity)として承認し外交関係を有する国が約94か国ある。 国際連合にオブザーバーとしても参加している。 団(修道会)事務局はイタリア・ローマ・コンドッティ通り68=マルタ宮殿=に置かれており、建物内はイタリア当局から治外法権が認められている。 日々、医療などの慈善活動を行っており、独自のコインや切手を発行している。

マルタ騎士団は世界の約104か国と外交関係を持ち、在外公館を設置している。 いわゆるキリスト教文化圏の国々が多い。 その中で主要国は英国、イタリア、ロシア、スペインがある。 一方で、アメリカ合衆国・日本・オーストラリアなどは承認していない。 また、国際連合では「オブザーバーとして参加するために招待を受け取る実態あるいは国際組織」として扱っており、「加盟国」とも「非加盟国」とも異なる立場である。

・・・・・・・・・・次回は、ドイツ騎士団の話に移ろう・・・・・・・・・

01-30-4

01-30-5

 ===== 続く =====

前節へ移行 ; https://thubokou.wordpress.com/2016/01/29/

後節へ移動 ; https://thubokou.wordpress.com/2016/01/31/

※ 本文下線色違いの文字をクリックにて詳細説明が表示されます=ウィキペディア=に移行

                         *当該地図・地形図を参照下さい

—— 姉妹ブログ 一度、訪ねてください——–

【浪漫孤鴻;時事心象】 http://plaza.rakuten.co.jp/bogoda5445/

ブログランキング・にほんブログ村へ クリック願います 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中