牧民タタールが夢見た大洋 Ⅰ_01

❢❢❢ 草原の民 ”タタール / 韃靼“ 征西譜 第一章 ❢❢❢

○◎ =故地からの南下、西走 略奪国家の形成と崩壊= ◎○

タタールの軛

◇◆  序文 =1/2=  ◆◇

タタル(Tatar)という語は、テュルク系遊牧国家である突厥(トッケツ)がモンゴル高原の東北で遊牧していた諸部族を総称して呼んだ他称である。 この語はテュルク語で「他の人々」を意味するとされ、その最古の使用例は突厥文字で記した碑文(突厥碑文)においてであった。  まもなく中国側もテュルク語のタタルを取り入れ、『新五代史』や『遼史』において「達靼」,「達旦」などと表記したが、これは他称ではなく、彼らの自称であるといい、タタル(タタール)を自称とする部族が形成されていた。

後にタタル(タタール)と自称する人々はモンゴル部族に従属してモンゴル帝国の一員となり、ヨーロッパ遠征に従軍したため、ヨーロッパの人々にその名を知られた。 ヨーロッパではモンゴルの遊牧騎馬民族が「タルタル(Tartar)」と呼ばれるようになり、その土地名も「モンゴリア(モンゴル高原」という語が定着するまでは「タルタリー」と呼ばれた。 中でもロシア語の「タタール」はよく知られているが、ロシアはヨーロッパの中で最も長くモンゴル(タタール人)の支配を受けた国であり、ロシア人にとって「タタールの軛(クビキ)」という苦い歴史として認識されている。

また、東ヨーロッパではモンゴル帝国の崩壊後にロシアの周縁で継承政権を形成したムスリム=イスラム教徒=の諸集団をタタールと称した。 彼らの起源はモンゴル帝国の地方政権のうちで後のロシア領を支配したジョチ・ウルスにおいてイスラム教を受容しテュルク化したモンゴル人と彼らに同化した土着のテュルク系、フィン・ウゴル系諸民族などで、これが現在のロシア・東ヨーロッパのタタール民族に繋がっている。 一方、東アジアでもモンゴル帝国の崩壊後も「タタル」の語は使われ続け、漢字で「韃靼」と記された。 この韃靼はかつての達靼(タタル部)ではなく、モンゴル人全体を指しているため、使い方としてはヨーロッパと類似している。

テュルク-2

以上のように、「タタル」という呼び名は突厥碑文の他称に始まり、のちに突厥碑文のタタルから派生したタタル部(達靼)が自称するようになった。 同じく突厥碑文のタタルから派生したモンゴルが巨大なユーラシア帝国に形成するとタタル部はその一員となるが、この時代にモンゴル帝国の遊牧民全体がヨーロッパ、中国から「タルタル、韃靼」と他称された。 また、ロシア・東ヨーロッパではモンゴル帝国を政治的に継承した諸民族が「タタール」と呼ばれ、その子孫であるテュルク系ムスリムは今もなお「タタール人」と自称しているのである。

トルコ語の「テュルク」にあたる言葉として、日本語では「トルコ」という形が江戸時代以来使われているが、この語はしばしばオスマン帝国においてトルコ語を母語とした人々を意味し、現在ではトルコ共和国のトルコ人を限定して指す場合が多い。 英語では、この狭義のTürk(テュルク/トルコ)と言うべき一民族をTurkishと呼び、広義のTürk(テュルク/トルコ)であるテュルク系諸民族全体をTurkicと呼んで区別しており、ロシア語など他のいくつかの言語でも類似の区別がある。 これにならい、日本語でも狭義のTürkに「トルコ」、広義のTürkに「テュルク」をあてて区別する用法があり、これにならう。

歴史学者の森安孝夫は、近年の日本の歴史学界において「テュルク」「チュルク」という表記がよく見られるとしながらも「トルコ民族」という表記をしたうえで、その定義を「唐代から現代にいたる歴史的・言語的状況を勘案して、方言差はあっても非常に近似しているトルコ系の言語を話していたに違いないと思われる突厥鉄勒ウイグル(回紇)、カルルク(葛邏禄)、沙陀族などを一括りにした呼称」としている。

歴史学の成果から本来テュルク諸語を話す人々は中央アジア・モンゴル高原からシベリアのあたりにいたと考えられる。 古代のテュルク民族は唐代まではそのほとんどが黒髪、直毛、黒目のモンゴロイドであったが、その後の西方への移住拡散によりコーカソイドと多分に混合した。 特にトルコ共和国のトルコ人はほほ完全なコーカソイドとなっている。 このように外見は東西で大きく異なるが、人種に関係なくテュルク諸語を母語とする民族は一括してテュルク系民族と定義されている。

テュルク-3

 ===== 続く =====

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