550年後、目覚めた英国王=52=

❢❢❢ 「忠誠がわれを縛る」 ・ リチャード3世 ❢❢❢

○◎ =“薔薇戦争”の最後を飾る英国王・ヨーク朝の終焉= ◎○

王の死所

 ◇◆ 王位継承と野に咲く白バラ ◆◇

それにしても、王権とは何なのか。 ヘンリー7世は、リチャード3世を王位簒奪者と決めつけて非難し、自分こそがランカスター王家の正統な王位継承者であると主張した。 ところが、ランカスター王家その者が簒奪者の家系だったのである。

ランカスター王家の祖ヘンリー4世は、簒奪者だった。 先王リチャード2世に王位継承者として指名されていたのは、エドワード3世の三男クラレンス公ライオネル・オヴ・アントワープの曾孫になる5代マーチ伯エドマンド・モーティマーだった。 しかし、当時エドマンドがまだ8歳の子供だったことをいいことに、継承権が第2位だったヘンリー・オヴ・ボリンブルックは、議会の承認を取り付けたとはいうものの、強引に王位を奪い、ヘンリー4世となったのである。

結局、王権とは、正統性や正当性もさることながら、政治力、そして最後は武力で得るものなのか。 エドワード4世の子供たちが庶子であるならば、かれらの王位継承権はなくなり、本来ならばエドワード4世の弟クラレンス公ジョージが王位を継ぐはずだった。 しかしクラレンス公は、謀反を起こしてすでに処刑されていた。 そうなると、王位継承権はリチャードに移るので、かれは正統な王位継承者になる。 ヘンリー・テューダーに簒奪者呼ばわりされる筋合いではなかったのである。

そして、もしクラレンス公が処刑されるようなことがなければ、かれの息子ウォーリック伯エドワードも諸権利を奪われることもなく、王位継承権もあった。 リチャードの息子で皇太子のエドワードが急死したとき、リチャードがウォーリック伯の権利を復活させて自分の後継者に指名したことは、本来の筋をとおした正当なことだったのである。

ヘンリー4世

 中世最後の戦いのあったボズワース。 その中央、アンビオンの丘の南寄りに、ボズワース古戦場の資料館ヴィジター・センターがある。 そのそば、なだらかな丘の南斜面の下には、リチャード3世が合戦のさなかに水を飲んだと伝えられている湧き水「リチャード王の泉」がある。その湧き水は、1813年に石積みのケルンでかこまれ、保護されている。

アンビオンの丘のほぼ中央、畑のわきの、リチャード3世が国王軍を指揮したとされるところには、かれの「青と赤の地に白いイノシシ」の国王軍旗が立っている。 そこから西の方向、ヘンリー軍が攻め込んできたとされる、なだらかな丘のふもとには、ヘンリー・テューダーの軍旗「白と緑の地に赤いドラゴン」がひるがえっている。 目を北に転じると、数百メートル先に「黄色と緑の地に金の鷲」のスタンリー軍の軍旗が見える。そしてそのはるか先には、マーケット・ボズワースの村の家並みや教会の尖塔が見える。

それにしても、リチャードがボズワースの戦いの2年あまり前のヘイスティングズ卿の陰謀が発覚したとき、追随者のスタンリー卿トマスとイーリー司教ジョン・モートンを処刑しておけば、ヘンリー・テューダーとの決戦のときに裏切られることもなかったし、「極悪非道の王」の汚名を着せられて記録されることもなかったかもしれない。 リチャード3世はかれらに寛大だったばかりに、ボズワース原野の露と消え、極悪人の王として歴史に名をとどめることになってしまったのである。

リチャード・シール

アンビオンの丘を下り、道を西のほうへ行くと、マーケット・ボズワースへとつづく道とぶつかる。そこの道のわきに、生け垣でかこまれた芝生の空間がある。リチャード3世が命を落としたとされる場所で、「リチャード王の広場」と呼ばれている。

1974年、そこに石碑が建てられた。それには、「1485年8月22日、プランタジネット家最後のイングランド国王リチャード、ここで殺害さる」と記されている。すぐそばのポールの上には、豹とユリの花を四分割配置した、当時のプランタジネット王家の国王旗がひるがえっている。
いつのころからか地元では、「国王旗の影が石碑の上に落ちると、リチャード3世の亡霊が現われる」と言われるようになったという。

ミドゥラム城からはじまったボズワースへの旅も、ようやく終わった。気がついてみたら、ヨークシャーからだいぶ遠出をしてしまったようだ。
「リチャード王の広場」の近くの藪のなかに、ひっそりと咲く一重の白バラを見つけた。リチャード3世の亡霊をなぐさめるために、誰かが植えたのだろうか。白バラは、ヨーク家の徽章の一つだった。

リヤード3世ー0

===== 続く =====

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