創作; “光の庭”のうたた寝 =048=

❢❢❢ 遼王朝皇族が耶律大石、王朝再興賦 ❢❢❢

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 ❝ =第一章第3節_17= 五原脱出

興慶(銀泉)に到達した翌朝、遅い朝餉を取った欽宇阮(コン・ウゲン)を連れだした何蕎(カ・キョウ)は、市街を説明しながら王宮近くであろうと思われる とある屋敷に案内した。 屋敷に至るまでの途上、行き交う人々は何蕎を認めると、近づき挨拶を交わしている。 行き着いた屋敷は、瓦と粘土を層積みbにした高い外壁で囲まれているようである。 雨の少ないこの地方では粘土は日干し煉瓦ような堅さを保つのであろう。 道路に面した長大な壁の中央部に大きな門があり、やや離れた両端部にも小門が設けられている。 中央の門は中華風の立派な門構えで、門の両側には衛兵の宿舎であろうか小部屋があるようである。 二連の鎧窓がその門の両側に填め込まれている。 道路沿いにやや離れたか所には小門が設けられている。 小門は閉ざされているようだが、正面の大門には四名の兵士が槍を手にして立っていた。 近づく何蕎に気付いた衛兵が内部に声を掛け、守衛がくぐり戸を開けて二人を迎い入れた。
敷地内に入るなり、衛兵長が頭を下げて久方の面接なのであろうか、笑みで挨拶を交わしている。 何蕎は家主が登城したかを確認、否の返答に在宅を確かめて楡の木が茂る庭を進む。 宇阮は大小の樹木が配され庭を何蕎と並んで奥へと歩んで行った。 池があり、奇岩と低木がその背後に、また 池の側面からの疏水溝が曲がりくねって低木や奇岩の基部を通って奥に向かっている。 疏水の水は凍てついているが、宇阮は家主の自然を楽しめるゆとりを感じていた。 更に奥に進むと、漆喰で白く化粧された高い壁が行く手を阻むようにあり、その一部に馬蹄形に穿された開口部がある。 開口部は木製の建具で閉ざされており、一部の開口部には観音開きの木戸が設けられている。 通用口である。

何蕎は勝手知った通用口の扉を押して、宇阮を中に誘った。 二人は内庭に進んで行った。 内庭は回廊で連結された三っの建屋で囲まれている。 その内庭は中華風に石が敷き詰められ、中央には巨石と巨木が泰然とある。 清楚な雰囲気が内庭の全体に漂っている。 何蕎は宇阮を正面中央の一棟 書院風の建屋の中央の部屋に案内した。 部屋の中は、絹の絨毯が敷かれ、壁際には大きな枕を思わせる肘当てがあり、部屋の中央部には四脚を持つ大銀皿が置かれてる。 脚を持たぬ大皿も配されていた。

その銀皿には個々にナツメ・ブドウ・リィチが盛られている。 床の豪華な絹の絨毯は、異国の意匠であろうか落ち着きのある色合いで中国では見られないモザイク模様の意匠で風景を模写したものではない。 部屋の床全面がこの絨毯で覆われている。 入室者はその床に胡坐をかいて座るのである。 セデキ・ウルフの屋敷、彼が応接にこの書院を使っているのであろう。  言うまでもないが、大皿に盛られている果菜は南京(燕京)でのこの時期には到底手に入らない。 たとえ それらを乾燥させたものですら宮中でも珍しい逸品である。 セデキ邸は興慶城内北側に位置する皇居近くにあった。

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  「欽宇阮(コン・ウゲン)と申されたな、 何蕎がお世話になった。 それに、姪のチムギもお世話になっている。 この寒さの中 よく参られた。 朝餉は済まされましたかな・・・・」
「突然 まかり越しまして、申し訳ございません。 昨夜城門が閉まる前にこの地に至り、 何蕎殿宅にお世話に成りました」

欽宇阮はウルフ氏を一目見て、彼の中に潜む覇気が統師と相通じるものであると知った。 年も同じであろうと判断した。 が、鼻梁が高く、髭をたくわえた男丈夫の上背は優に統師を凌いでいる。 その声の穏やかさには優しさがあると感じていた。

「欽宇 阮殿、 耶律大石殿は ご壮健かな・・・・」
「はい、五原を去った10日ほど前に 酒を共に酌み交わし、挨拶をして こちらに出向いて参りました。 ここ一年、宋と金な狭間に また 天祚帝との厭きれつに心が塞がれる日々のご様子を憂慮しておりましたが、北帰行に心を決められた統師さまは、チムギさまの来訪以来 誠に晴れやかな様子です。 セデキ殿にはくれぐれもよしなに伝えてくれと、また ぜひ一度お会いしたいと申しておりました。 これに、文を預かっております 」
「南京(燕京)の安禄衝さまより、耶律大石殿の苦悩と また、天下を揺り動かすご活躍は聞き知っております。 しかし、今 聞きました“北帰行”とはいかなることかな・・・・ この文に仔細は書かれていようが・・・・・。 それはそうと、 話は別ですが 姪のチムギをとどけてくれた耶律楚詞さまは、禄衝さまの文にて、遼の皇子であると知り、驚きました。 五山・少林寺の達人で在られる事も・・・」

「さようでございます。 御父上の無念を胸に秘めて、統師さまを兄と慕われ 一体に成られておられる。 更には、自ら無位無官の天狗と自認しての言動には、統師さまはもとより 旧来より統師さまと一体の私どもが感服いたしております。 あの若さがゆえに 感服以上の敬服と申し上げても言葉が足りません。 ご家族を亡くされている統師さまの後継者として異論を唱える者はいないでしょう・・・・」

「チムギの我儘にて 楚詞さまに同行することを独断で許したのですが、耶律大石殿が受け入れくだされた事 有りがたく思っておりました。 勿論、南京(燕京)の石抹言には連絡の文で知らせてありますが、ところで 昨夜、何蕎から話は聞いていますが、 欽宇阮殿 いかほどの勇者が参っておられる・・・・」

「二十名を同行して参りました 」
「なれば、何蕎の東屋では狭かろう、今夕からこちらに参られよ。 何蕎は毎日、いや 日夜 我がもとへ顔を出している。 ここに居れば詮索する輩もおるまい、いや 密偵も動けまい。 何蕎、そなた 全て 手配いたすがいいい 」

「誠に ありがたき お言葉、お言葉に甘えさせていただきます。 が・・・」
「 ・・・いかがいたした、 ・・・・・」

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=== 続く ===

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