創作; “光の庭”のうたた寝 =097=

❢❢❢ 遼王朝皇族が耶律大石、王朝再興賦 ❢❢❢

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❝ =第一章第5節_30 ; 陰山山脈の南域にて・・・・ ❞

雁門関近隣を徘徊していた金軍の実数は、情報とは異なり100名を切っているだろうと、耶律時は判断した。 偶然に街道筋の宿で屯していた諸将が六名、指揮官一名と小隊長格五名が昼餉にかこつけ狼酒を傾けつつ談笑するする座に加わって得た情報である。 金に下った遼の皇族耶律余睹将軍の名を騙って得た情報である。 この情報を咀嚼しつつ、万里の長城大境門北側の基地に戻った時は、18名の諸将に金軍の国境警備が厳しくなったと告げる。

居庸関から雁門関にかけて100の騎兵、 雁門関から楡林に及ぶ長城北側の警備に100騎が、長城上の回廊からではなく 長城見張台と連携して長城沿いに警備し、燕雲十六州の北を固めると聞き込んでいた。 従って、二人一組で偵察行動を行い、赤峰から開平衛、開平衛から居庸関、居庸関から張家口、張家口から雁門関、雁門関から楡林 等の五区間に専任4名を貼り付けると命じた。

また、指揮の責任者として単独で五地区を巡回するが、 虎穴に入らずんば虎児を得ずにて 雁門関の定宿を連絡場所として当面滞在する旨をも告げこの基地への立ち寄りを禁じた。 諸将はそれぞれの任地に散らばって行った。 一人になった時は、愛馬に鞭をあて帰化城(フフホト)に入り 更に北西にゴビ砂漠を横切り ダルハン砦に入ったのは夕刻であった。

ダルハン砦には、誠実な老兵である耶律化哥が出迎えた。 耶律化哥の父は、天祚帝の無能さに叛乱を起こした遼の宗室・耶律留哥の長子。 耶律家の故地・迪吉脳児(現在の遼寧省昌図県付近)で東遼国を建国するも、金軍に制圧され、自害していた。 天祚帝は化哥とその家族を反逆罪にて罰しようとした。 しかし、耶律大石統帥が遼の宗家の血筋を細めることは、女真族の阿骨打を喜ばせる事に成り、百害あって一理なしと諌めて、五山の慧樹大師に彼の身体を委ね、家族を庇護していた。 その後、家族は燕京を離れ 山東に隠れ住んでいるという。 大石統帥の庇護下にある状況なのだが、その誠実さゆえに大石派の信任は篤い。

耶律巖と苞力強は40名の将兵を率いて、背後の陰山山中に切り開いている秘密の間道の造営に出払っていた。 日没と同時に帰還すると言う。 待つ時間が惜しいのであろう、時は一人の兵を案内に間道に分け入った。 造営された間道は枯れた谷筋を進む。 谷の側壁は黒い褐色の岩肌、片側の傾斜は緩いが逆層であり、四足の動物でも登行は困難であろう。 随所に岩落としらしき障害がそれとなく設けてあるようだ。 また、地形を読めない将なら迷路に誘導されそうでもある。 脆い山肌は馬の蹄跡すら残さない。

西側山稜の影が右手の斜面上部をも覆い尽くさんとしている頃、前面の峠を兵団が下って来た。 佇む時に気づいた苞力強が一頭の羊の表皮を裏向けにした防寒服で身を包み、胸は肌蹴ているのだが 羊の帽子に羊の靴当て 日焼けした顔に白い歯を見せて、駆け下りてきた。 彼の馬術は大石軍団で屈指である。 急な斜面を下る兵団の後尾に居たはずなのだが、三十余頭の列を乱すことなく 間を縫って下って来た。 時の脇に馬を寄せた力強は、挨拶を交わした後に ダルハン砦へ轡を並べての下降をする。

「時さま、あと十日もすれば、高原に出る道普請は終わりそうです、陰山山脈北麓のカタンヅラグからまでは二日の馬行き行程とおもわれます」

「山越えの道程は・・・・・」

「急げば、二日、先ほど出会った あの先の峠を超え 谷に下り、西に向かう枯れ沢を半日進み、東から流れ来る本沢に入ります。 この時節でも少量の水が流れる本流です。野営地には事欠きませんが、雨季には鉄砲水の危険がいたるところにある谷筋です。 二時間ほどこの谷筋を西に進み、右手より大きな涸沢があらわれ、この沢を登行します。 山肌に食い込む急深な沢ですが、下馬する必要もありましょうが 登り詰めて峠に出れば、前方は ただ 再びのゴビ砂漠。 しかし、その前方に草原が見えます」と、苞力強が説明した。

「時さま、 水場からの登りは馬では小一時間、荷を担いでの徒歩では三時間を要しましょう。 北側の山腹はなだらかで、その斜面を自由に下降できますが、左前方進み 山裾の砂漠に出るのに二時間。 更に、前方の草原を目指して進めば、最後の水場から半日の馬行で草原に辿りつけます」

「ならば、この砦から二日の馬行きで蒙古高原の南境に到達出来るわけか・・・・・ して、 北庭都護府・可敦城への道程は・・・・」

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=== 続く ===

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