断頭台の露と消えた王妃 =03=

 ごめんなさいね、わざとではありませんのよ でも靴が汚れなくてよかった”  

= その最期の言葉は、死刑執行人・サンソン医師の足を踏んでしまった際に =

=M.A.-02=5

◇◆ 首飾り事件がアントワネットへの反感を招く ◆◇

  首飾り事件は、典型的なかたり詐欺である。 ラ・モット伯爵夫人はこの首飾りの詐欺を計画した。 宝石商シャルル・ベーマーとそのパートナーであるポール・バッサンジュは、先王ルイ15世の注文を受け、大小540個のダイヤモンドからなる160万リーブル金塊1トン程度に相当するが、現代日本円の感覚ではおよそ30億円)の首飾りを作製していた。 これはルイ15世の愛人デュ・バリー夫人のために注文されたものだったが、ルイ15世の急逝により契約が立ち消えになってしまった。

 高額な商品を抱えて困ったベーマーはこれをマリー・アントワネットに売りつけようとしたが、マリーは高額であったことと、敵対していたデュ・バリー夫人のために作られたものであることから購入を躊躇した。  そこでベーマーは王妃と親しいと称するラ・モット伯爵夫人に仲介を依頼した。

 17851月、伯爵夫人はロアン枢機卿にマリー・アントワネットの要望として首飾りの代理購入を持ちかけた。伯爵夫人は、前年の夏、娼婦マリー・ニコル・ルゲイ・デシニー(後に偽名「ニコル・ドリヴァ男爵夫人」を称する)を王妃の替え玉に仕立て、ロアン枢機卿と面会させており、彼は念願の王妃との謁見を叶えてくれた人物として、伯爵夫人を完全に信用していた。 ロアン枢機卿は騙されて首飾りを代理購入しラ・モット伯爵夫人に首飾りを渡した。

=M.A.-03=2.jpg

 その後首飾りはバラバラにされてジャンヌの夫であるラ・モット伯爵(及び計画の加担者達)によりロンドンで売られた。 しばらくして首飾りの代金が支払われないことに業を煮やしたベーマーが、王妃の側近に面会して問い質した事により事件が発覚した。 同年8月、ロアン枢機卿とラ・モット伯爵夫人、ニコル・ドリヴァは逮捕された。ラ・モット伯爵夫人はこの時、ロアン枢機卿と懇意であったが事件とは無関係とされる医師(詐欺師)カリオストロ伯爵を事件の首謀者として告発し、カリオストロ伯爵夫妻も逮捕された。 なおラ・モット伯爵はロンドンに逃亡して逮捕されなかった。

 事件に激昂したマリー・アントワネットは、パリ高等法院(最高司法機関)に裁判を持ちこんだ。 17865月に判決が下され、ロアン枢機卿はカリオストロ伯爵夫妻、ニコル・ドリヴァとともに無罪となり、王妃と愛人関係にあると噂されたラ・モット伯爵夫人だけが有罪となった。 彼女は「V」の文字を両肩に焼き印されて投獄された。この裁判によりマリー・アントワネットはラ・モット伯爵夫人と愛人関係にあるという事実無根の噂が広まった。 伯爵夫人はこの虚偽の醜聞をもとに後に本を出版し金銭を得ている。

=M.A.-03=3

 この事件の直後、王妃が劇場にすがたをあらわすと、はげしい舌打ちが観衆のあいだから一斉に起り、それ以後彼女は劇場を避けるようになったといわれる。 積りに積った市民の怒りが、たったひとりの人物に向って叩きつけられる。 正面攻撃に晒されるのは、お人好しの国王ではなくて、「彼の鼻先をつかんで引きまわしているオーストリアのふしだら女」なのだ。  王妃はついにたまりかね、「あの人たちはわたしから何を要求しているのでしょう?私があの人たちに何をしたというのでしょう?」と、側近の者に絶望の溜息をもらすまでになった。

 しかし彼女には、歴史の趨勢を理解する能力もないし、理解しようという意思もない。 二千万のフランス人に選ばれた代議士たちを、彼女は「狂人、犯罪者の集団」と呼び、民衆のデマゴーグに対しては、ありったけの憎悪を傾ける。 最初から最後まで、彼女は革命というものを、低劣きわまりない野獣的本能の爆発としか考えないのである。

=M.A.-03=4

 政治的にごく視野の狭い彼女は、明日のパンに困っている人間が存在するということさえ、ついぞ念頭にはのぼせなかった。 フランス革命前に民衆が貧困と食料難に陥った際、「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と発言したと言う。=ルイ16世の叔母であるヴィクトワール王女の発言とされることもあるが、その詳細は後節に記述= そもそも世界の悲惨を知らないでいたればこそ、あのように繊細優美なロココの小宇宙に君臨することもできたのである。

 今やこの小宇宙もシャボン玉のように砕け、嵐が目前に迫っている。 運命の無慈悲な意志は、歴史上最も波瀾に富んだ事件の渦中に、戸惑っている彼女を突き落とす。…

=M.A.-03=5

=== 続く ===

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