断頭台の露と消えた王妃 =44= 終節

◎ マリー・アントワネット・ジョゼファ・ジャンヌ・ド・ロレーヌ・ドートリシュ  

○ フランス国王ルイ16世の王妃、フランス革命中の1793年10月16日に刑死 ○

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◇◆ 残酷な最後 ; ハンス・アクセル・フォン・フェルセン =7/7= ◇◆

 1809年、グスタフ4世は失政を糾弾され、クーデターにより廃位させられ失脚した。 新しくカール13世が戴冠し、スウェーデンの王になった。 フェルセンはクーデターには関与しなかったが、貴族たちが作った臨時政府には加わった。 新しく王位に就いたカール13世には世子がなかったため、アウグステンブルク家のクリスチャン・アウグスト(カール・アウグストと改名)が王太子に指名された。 しかし、1810年に王太子が事故死した。 当時のスウェーデンは、フランス革命の余波で、政治的危機に直面していた。   

 その直後から、王位を狙った暗殺事件であるとの噂が飛び交い、暗殺の首謀者としてフェルセン伯爵の名が取り沙汰された。 噂の根底には、「グスタフ3世の暗殺後、グスタフ4世がフランスへの政策を引き継いだため、フランス革命期に暗躍したフェルセンを復権させていたのだが、グスタフ4世が失脚すると、彼がスウェーデン王になり、マリー・アントワネットをギロチンに処したフランスの民衆に復讐するために、国民を戦争に引きずり込もうとしている」という噂が立っていたのである。

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 グスタフ3世の目的は、フランスの王制を存続できるようにし、同盟国としての関係を保ち、スウェーデンがヨーロッパの大国としての地位を確保できる状態にしたかった。 この政策を継承したのがグスタフ4世であり、国策として、マリー・アントワネットの信頼を得ているフェルセンを通じて窮地に陥ったフランス・ルイ王朝を革命の嵐から救出するように命じていたのである。 

 グスタフ4世の失政を糾弾するクーデターによって戴冠したカール13世は、名門のフェルセン伯爵に疑惑をもちつつ、わざわざ彼をカール・アウグスト皇太子(カール14世)葬儀の責任者とした。 フェルセンもそれに従った。 当日、クリスチャン・アウグストの遺骸がストックホルムに運ばれ、市内の広場で葬儀が行なわれたが、そこに馬車で現われたフェルセンに群衆が暴動を起こした。 

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 現場にいた近衛連隊の指揮官と兵士たちはあえて暴動を制止しようとせず、激昂した民衆に襲われたフェルセンは必死に剣で抵抗するも、最後には殴り殺されてしまう。 その衣服や勲章は剥ぎ取られ、誰かも分からないほどに痛めつけられ、全裸で側溝に投げ捨てられました。 きしくも、事件が起こった610日は、19年前にヴァレンヌ事件が起こったその日であった。 ちなみにカール13世の王妃ヘトヴィヒ・エリーザベトの愛人の一人がフェルセン。

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 追稿

当日中に撲殺された遺体はステーニンゲ城(Steninge Slott)に置かれたらしい。 カール14世の嫌疑が晴れたとして、翌年の4月12日、リッダホルム教会で盛大な葬儀は行われた。

妹のソフィア・パイパー(1757–1816) は同年に記念碑を建てた。 彼女もカール14世の死で、嫌疑がかかっていたらしい。 彼女はバクスホルム城に身柄を預けられたようだ。 彼女はグスタフ3世の弟フレドリク・アドルフ (エステルイェートランド公)に求婚された一人。 父や兄らは王家からの失寵をこうむることを恐れ、反対した。

宮廷の侍従アドルフ・ラディック・パイパーと結婚。 死別すると恋人のエバート・ウィルヘルム・タウベの元に行くが、死別しストックホルムに戻る。 フェルセンとの手紙のやりとりが有名だが、王妃アントワネットの崇拝者で、アントワネットの髪を一房持っているという。

父親のフレデリック・アクセル・フォン・フェルセン侯爵(1719-1794)は王室顧問であり、ハット党(ハッタナ党)の党首であったと伝えられている。 グスタフ3世の暗殺の黒幕と噂された。 アドルフ・フレドリク(Adolf Fredrik, 1710 – 1771)は、ハント党に擁立され、推戴されたスウェーデン国王。

アドルフ・フレドリクの息子がグスタフ3世になる。 噂の真意は政敵が流したものであろうが、グスタフ3世以降の政権はメッソナ党が握るが、スウェーデンの「自由の時代」はフェルセンの死と共に終わった。

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=== 続く ===

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