食糧危機・食の未来と貧困 =38=

◇◆ 食べ物と日本人の進化 :  馬場悠男 =4/9=   ◇◆

 食べ物で顔はこんなにも変わる =序説= 

  縄文人の形質的な特徴を一般的に表すと、次のようになる。

まず身長は平均して成人男性で155センチ前後、成人女性で150センチ弱。 いわゆる彫りが深い顔立ちであり眉間が突き出しているが、一方で鼻の付け根が引っ込んでいる。眉毛は濃く、目は大きめで、まぶたは二重、唇はやや厚めで顎の骨が発達している。

こうした特徴を持つ人々が日本列島に出現した時期は、最終氷期の最寒冷期(紀元前160世紀すなわち1万8000年前に氷河が堆積して海水面が最も低くなり、オホーツク海から北海道に歩いて渡れるようになった時期)が終わった後と見られる。  ただし、既に日本列島に居住していた後期旧石器時代人の形質が変化したものなのか、列島外から移住してきた人々の影響があるのかは不明である.

日本列島に住む人々の形質は、弥生時代以降現代に近いものに変化していくが、これについて列島外から移住してきた人々の遺伝的影響を重視する見解と、生活習慣の変化を重視し、列島外からの遺伝的影響は比較的限定されたもので、縄文人の系統はそのまま現代日本人につながっているとする見解がある。

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 縄文人骨の顔立ちや体形は一定しており、あまり大きな時期差や地域差は認められないが、弥生人骨は割合と多様であり、地域差や時期差が大きい。

縄文人そのもののような弥生人や縄文人に似た弥生人(縄文系弥生人)、大陸側にいた人々と身体的特徴が似ている弥生人(渡来系弥生人)、縄文系と渡来系が混合したような弥生人(混血系弥生人)、古墳時代の墳墓から抜け出てきたような弥生人(新弥生人)、さらに南九州には琉球諸島の貝塚人に似た弥生人(南九州弥生人)がいた。

近年のミトコンドリアDNAハプログループやY染色体ハプログループの研究によって、日本人と中国人・韓国人とのY染色体は若干違っており、弥生時代開始以降に断続的に渡来人がやって来たものの、先住の縄文人とは完全に対立していた訳ではなく、置換に近いものの少なかれ融和、混血していったものと考えられる。

また、日本列島には縄文時代以前から各方面から様々な人たちが日本へ流入し、弥生人も複数の系統が存在していたと推定される。

弥生人に関連する体質として、下戸が存在する。 下戸遺伝子は中国中南部で誕生したと考えられている。

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=== 続く ===

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