現代の探検家《田邊優貴子》 =65=

◇◆ Great and Grand Japanese_Explorer   ◇◆

WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社”より加筆転載

 北極・南極、アァー 素敵な地球のはて =田邊優貴子= 

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◇◆ ユキドリの舞う谷 = 3/3 = ◇◆

  雪鳥沢小屋のすぐそばには、雪鳥沢という谷がある。 南極特別保護区に指定されているエリアで、陸上植生が乏しい南極大陸の中では珍しく、コケや地衣類、 藻類などが生い茂っている。 小屋から雪鳥沢を登っていくと、途中に雪鳥池という湖があり、さらにそこから上流へ行くと東雪鳥池という湖がある。 東雪鳥池のすぐ目の前はもう、南極大陸をすっぽりと覆う氷床の末端だ。

ラングホブデに到着した明くる日、朝から風のない穏やかな快晴だった。 その日、雪鳥沢沿いに氷床の末端まで出かけることにした。 12月下旬。ちょうど北半球で言うところの夏至頃に当たるのだが、まだまだ雪鳥沢の大部分は雪で覆われていた。 しかし、歩いているとすぐに暑くなり、汗ばんでくる。ヤッケを脱ぎ、アンダーシャツと薄い長袖1枚でちょうどよいくらいだった。 抜けるような青空が本当に美しく、吸い込まれそうでたまらない。

下流から徐々に登っていくと、植生が発達した中流域に差しかかり、まだまだ厚い氷と雪で閉ざされた雪鳥池が見えてきた。 しかし、24時間照り続ける太陽で、 明らかに急速な雪解けが始まっているのがわかる。 雪の下からかすかに流れる水の音が聞こえ、夏の始まりを感じさせた。

そこから切り立った断崖に囲まれている上流を登っていき、崖と雪渓を渡ると、氷床の末端が落ち込んだ高い丘にたどり着いた。 ここから先はもう氷の世界だけがずっと広がっているのである。 丘のすぐ下には、雪鳥池よりも深い雪で覆われた東雪鳥池の全容が見える。 目の前には高くそびえ立つ大陸氷床が迫り、これまで登ってきた方角を振り返ると水平線まで続く海氷原と無数の氷山が見下ろせた。 氷床から時折吹いてくる冷たい風が汗ばんだ体にとても気持ちよかった。 本当に音がない。

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 360度周囲を見渡せる絶好のポジションに腰を下ろし、一休みしながらその風景に見入っていると、頭のすぐ上で何者かが俊敏に風を切る音がした。 すぐにその方向に目を向けると、青空に映える白い鳥の羽ばたく姿があった。ユキドリだ。 その姿があまりにも美しく、しばし見とれてしまった。

小屋までの帰り道、往路とは違う壁面沿いを下った。 崖くずれで2~3メートルほどの大きな岩石がそこら中にゴロゴロし、段差の激しい斜面になっている。 幾つもの大岩を渡り歩いていると、突然足下から「ギィ」という鳴き声が聞こえた。 足下にある切り立った岩壁沿いに崩落した大きな岩と岩の隙間を覗き込むと、つぶらなユキドリの黒目と視線が合った。 ジーッとこちらを見ている。 こんなところに巣を作っているのかと驚いた。 しかもよく見ると、一羽だけではない。 その隙間だけでも6羽ものユキドリが棲んでいたのである。

ちょうどこの時期、ユキドリは抱卵中で少しナーバスになっているので、あまり刺激しないように注意しながら観察した。 一羽だけで卵を抱いているものもいれば、つがいで二羽寄り添っているものもいる。 不安げにこちらを見ているユキドリには申し訳ないが、その真っ白な身体とつぶらな黒い瞳がとても愛らしく、シャッターを切らずにはいられなかった。

ユキドリはこうやって陸の上に営巣し繁殖しているのだが、彼らは食糧を海に依存して生きている。 つまり、氷が開いた海まで飛んでいって、エサであるナンキョクオキアミを食べては巣に戻り、ヒナを育てあげる。 おかげで、ユキドリを通じてはるか遠い海から多くの栄養が運び込まれ、廻り廻ってユキドリの糞が雪鳥沢のこの豊かな陸上植生(昭和期周辺では唯一南極特別保護区に指定されるほどの)を育んでいるのである。

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 その辺一帯には他にも数多くのユキドリが棲んでいることがわかり、私たちはそこをユキドリマンションと名付け、あまり影響を与えてはなるまいと長居することなく帰路についた。
それにしても、ギィと鳴きさえしなければ決して気づくことなく通り過ぎていただろうに、どうしてそんな自分の居場所を明かすような真似をするのだろうと思ったが、自分の家の上を巨大な何者かが通りがかった時に驚いて声を出してしまう気持ちもわからなくもなく、その姿を想像するとなんだかたまらなく可笑しかった。

小屋に帰り、入り口の前でザックを置き、遠くの岩山を眺めながら腰を下ろして一休みする。 重かった荷物から解放された肩が驚くほど軽く感じる。 ポケットからチョコレートを取り出して口に含むと、その甘さで疲れた体が少し回復するようだった。 すぐに汗は引き、小屋の裏から少しずつ流れ始めた雪解け水を汲んできて、鍋に入れお湯を沸かした。 勢いよくカセットコンロから出る炎がとても暖かい。 紅茶を飲むと体はゆっくりと温まり、とにかく幸せで満ち足りた気分だった。

南極の透き通った深い青空、巨大な氷床、ユキドリの舞う風景、果てしない広がり、吐く息さえ白くならない澄んだ空気、静寂。

この日、すべてが一気に私の中に戻ってきたような気がした。

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 === 続く ===

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