現代の探検家《田邊優貴子》 =66=

◇◆ Great and Grand Japanese_Explorer   ◇◆

WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社”より加筆転載 

 北極・南極、アァー 素敵な地球のはて =田邊優貴子= 

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◇◆ 音が融けだす世界= 1/3 = ◇◆

 ピピピピピピピ…… 小さな音が聞こえる。 朝7時。いつも使っている腕時計の目覚まし音だった。 なんだか久しぶりに熟睡したような気分だ。

しらせのベッドは布団と枕が硬く、さらにベッドの幅が異様に狭い。 70cmくらいだろうか。 それに比べて、ここラングホブデ・雪鳥沢小屋のベッドは、いわゆる普通の二段ベッドなので、幅90cmほど。 そして何よりも布団が柔らかい。 ごく普通の綿布団なのだが、それでも約1か月間、しらせの狭くて堅い寝床で過ごしていたせいか、異様に快適に感じるのだ。

それにもう一つ、熟睡できる大きな要因があった。 それは音だ。 しらせの中では常に、エンジン音が鳴っている。 定着氷に停泊している間も、その音は消してなくなることは無い。 それが、ここは驚くほど静寂で、静けさというものがこれほど安眠を与えてくれるものなのかとつくづく感じるのである。

小屋の外へ出ると、真っ青な空が寝ぼけ眼にとても眩しく、一気に目が覚めた。 ふと、目の前の光景が昨日と違っていることに気づいた。 海がキラキラ輝いているのだ。 それは氷の海ではない。 氷が割れ、水面が顔をのぞかせている。

嬉しくなって、海岸まで行ってみると、小さな音が聞こえる。ギギギと氷がきしむ音、プツプツと氷が融ける音、それによって水が動く音だった。 とてもとても小さくかすかな音。 24時間、空をまわり続ける太陽で急速に融け出したのである。
ついに南極の真夏が始まった。

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 日本で暮らしていると、人間の生活音がひっきりなしに聞こえる。 と言っても、よほどうるさくない限り、そのことを普段さほど意識することはないだろう。 いつだったろう、たぶん小学生のころだろうか。 ある夏の静かな夜、私は家の中でじっと目をつぶり、意識を耳に集中してみた。 どんな音が聞こえるか知りたかったのだ。 そして、聞こえる限りひとつひとつ数えていった。

時計が動く音、様々な電化製品の音、隣の家から聞こえる音、遠くで車が走る音、誰かが道を歩く音、自転車の音、どこかで吠える犬の声、たくさんの虫の声、田んぼの用水路を流れる水の音、風で木がざわつく音、草や稲がサラサラと揺れる音、カエルの声、自分の呼吸、心臓の鼓動……。

静かだと思っていた夜に、すぐに数えられるだけでも30以上の音があった。 けれど、それまで私は普段そんなことに気づいていなかった。 だから、いつも自分の生きている世界にはたくさんの音があって、ほとんど意識せずに暮らしていることにとても驚いたのだった。

南極に降り立ってすぐに感じた、生き物の気配がない、という瞬間的な感覚。 それは、人間が作り出す数多くの音はもちろん、他の生き物の声や、風が吹いたときに揺れる木や草、流れる水、それさえもないことから来ているものだった。

無意識に生命の存在を感じさせてくれる風。 私がいつも聞いている風の音は何かにぶつかって、その何かが何かであることを形作らせてくれる音だった。 だから、私は本当の風の音を知らない。
そして、絶えずどこかで流れている水。 それは海、川、湖、用水路、水道、何かしらの形で存在する。 けれど、南極はそれがなかった。 水も氷となって、音さえも凍りつく世界だ。

それが、一日で大きく変わっていたのである。 音が凍りつく世界は壊れ、融け出した。 ついに動き出したのだ。 海の氷が融けて、こんなにも小さな水の音がはっきりと聞こえる。 そして何よりも、心臓の動きが速くなるほどに、たまらない嬉しさが私の中にはあった。

よし、ヤツデ沢に行こう。 その日、調査のため、雪鳥沢小屋の南東にかけて走っている「ヤツデ沢」に向かった。 南極特別保護区に指定されている雪鳥沢とは違い、周辺にユキドリがあまり営巣していないため、植生が発達していない谷だ。 ヤツデ沢の谷沿いをずっと歩いていくと、細長く飛び出た氷河と雪渓にいったんぶつかる。 そこを迂回して氷河の裏側に回ると、氷河池という万年氷に覆われた湖があり、その先は平頭氷河という大陸氷床の末端で行き止まりになる。

雪鳥沢小屋の裏から私たちがいつも汲んでくる水は、氷河と雪渓が融けたものがこの谷を通って、海まで流れ出す水なのである。 小屋を出発していつもの水汲み場を通り、はやる気持ちを押さえながら少し足早に沢を上流に登っていく。 ここを越えれば、私のお気に入りの場所が見えるのだ。

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 === 続く ===

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