現代の探検家《田邊優貴子》 =67=

◇◆ Great and Grand Japanese_Explorer   ◇◆

WEB マガジン ポプラビーチ powered by ポプラ社”より加筆転載

 北極・南極、アァー 素敵な地球のはて =田邊優貴子= 

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◇◆ 音が融けだす世界= 2/3 = ◇◆

 ここだ!

切り立った岩壁が目の前に迫った。 融けだした水が、さわさわと静かに岩壁を伝い、流れ落ちた先には美しい泉ができあがっていた。 その泉は神々しく透き通り、今にも水の女神か妖精が現れそうな気配がただよっている。 声を出してはいけないような気がした。

美しく深いエメラルド色をした水が穏やかに湛えられた泉、それをひっそりと囲む荒々しい岩壁、バックには眩しいほどに深く青い快晴の空。 自然が作り上げたそのステージを前に、今、観客は私だけ。 なんと贅沢な時間なのだろう。

人の気配どころか動物の気配さえ何もない。 そして、おそらく数千年前と何も変わらないのだろう。気が遠くなるほどの時間の流れと、この世界の広がりを感じた。 自分の姿など、そこにはもう消えてしまっていた。 まったく人間の存在しない世界、そこに流れる自然の気配に私は立ち尽くしていた。

壁を伝う水の音が心地よく響いている。 私は禁じられていることをするかのような気持ちで、そーっと泉に手を入れると、零度近い水のあまりの冷たさに一瞬で全身がキンとして、我に返った。

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 小屋を出発して30分ほど急峻な岩場をのぼると、平坦なだだっ広い岩場に出た。 すると、どこからか、ピーピーという、か細い小さな鳴き声が聞こえてきた。 声のする方向に目を向けると、薄いグレーのふわふわした小さな塊が動いている。 何かの鳥のヒナだ。おぼつかない足どりで、トコトコと歩き回っている。

なんて愛らしいのだろう。

近寄っていった瞬間、かぶっていた毛糸の帽子越しに、小さな衝撃が走った。 風を切る音の方向を見上げると、ナンキョクオオトウゾクカモメが猛スピードで旋回していた。 あんなにも可愛らしくか弱いヒナは、ナンキョクオオトウゾクカモメの子どもだったのである。

このナンキョクオオトウゾクカモメは通称トウカモと呼ばれ、南極の陸の上で出会う動物の中では一番攻撃的だ。 一見すると、風貌はワシやタカなどの猛禽類のようにも見え、くちばしだけでなく目つきも鋭い。 「盗賊」という名が付けられているだけあって、ユキドリやペンギンの営巣地の近く、もしくは営巣地の中に棲みついて、ヒナや卵を虎視眈々と狙っている姿をよく目にする。

どうやら好奇心旺盛かつ勝ち気な性格のようで、ユキドリやペンギンに対してだけでなく、小屋の外に置いてある私たちの荷物にもたまにいたずらをしに来ることもあり、近くを歩くと頭の上スレスレまで襲いかかってくることもある。

南極の陸の上では彼らを襲うものはいないので、まさに敵なしの状態なのである。 おかげで、巣を作る場所も岩陰などの隠れた場所でなければ高い場所でもなく、周りから丸見えの低い平坦な地面の上だ。 こんなところに巣を作るとはなんて大胆な鳥なのだろうと、初めて目にしたときは本当に驚いた。

そんなわけで、彼らはまるで日本でいうところのカラスのような存在として扱われたりもするのだが、攻撃すると言ってもギリギリで仕掛けてくるので、どこかこちらへの気遣いと優しさのようなものを私はいつも感じる。 それに、攻撃してくるのも当たり前なのだ。 なぜならこの夏の時期、ユキドリやアデリーペンギン達と同じように、彼らも子育ての時期なので、かなりナーバスになっているのである。

いつもは凶悪そうな顔つきだが、ヒナと一緒にいるときの表情はとても穏やかで、優しさに満ちている。 そして何よりも、彼らを見て微笑ましくどこか滑稽に感じてしまうのは、どんなに鋭い目つきとくちばしをしていても、足に水かきがあるからだろう。やはり彼らはカモメの仲間なのだ。

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 とは言え、私はこれまでジャケットに糞をかけられたことや、頭上ギリギリの攻撃を何度も受けたことがあった。 今回のように、稀にではあるが実際にぶつかってくることもある。 翼を大きく広げて威嚇するときはまるで、勝ち誇った人間が声高らかに笑っているかのような鳴き声である。 そういう点ではやはり、ほんの少しだけ小憎らしい存在であったりもする。

けれど、そんなちょっと小憎らしいトウカモでさえ、自分が南極にいることを実感させてくれて、なんだか嬉しかった。 平坦な岩場をさらに奥に向かい、広い雪原を通り進んでいく。 雪原の上にはいくつもの白い翼が落ちている。ユキドリの死骸だった。トウカモに襲われたのだろう。 両翼が綺麗に残っており、体はなくなっている。

青い空を見上げると、ユキドリが遥か空高く舞っている。 遠くのほうでトウカモが鳴き、融け始めた水の音がかすかに聞こえる。誰の足跡もない真っ白な雪の上に、真っ白な翼。 私がここを通らなければ、きっと永遠に誰にも気づかれることはないのだろう。

その光景は、決して悲しいというのではない。 なんだか幻想的で、とてつもなく強い生命のたたずまいがあった。

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  === 続く ===

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