民族のソウル・フード探訪 =054=

◇◆ 世界魂食紀行 ソウルフード巡礼の旅   ◇◆

【“NATIONA GEOGRAPHIC/日本語版(文=中川明紀・編集者)”に追記補講】

★ ダシは生ハム! スペインの豪快煮込み料理 =3/3= ★

​​​​​​ ​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​スペイン料理ー1

 素朴だけど温かい料理をほおばりながら、ふと気づく。肉や野菜、味付けは家庭によって微妙に異なるが、ガルバンソだけは必ず入っている。 それを尋ねると「コシードの主役はガルバンソなんですよ。もともとはユダヤ人の料理なんです」とカルロスさんが教えてくれた。

スペインがあるイベリア半島は大西洋と地中海に面していて、ジブラルタル海峡を挟んで南にアフリカがあり、半島のつけ根にあたる北東部はフランスと接している。 この地理的条件によって古くからさまざまな民族に侵攻・支配されてきた。 それは半島南部にあったイスラム勢力の拠点が陥落する15世紀末まで繰り返され、食文化にも多大な影響を与えている。

「ガルバンソは西アジアや中東が原産と言われています。 イスラム勢力に侵攻されていた時代、スペインは王侯貴族に重用されていたユダヤ人の影響も受けていました。 ユダヤ人は宗教の教えで土曜日に仕事をすることができません。 だから金曜の夜になると、炭火の上に鍋を置いてガルバンソと残り物の肉や野菜を入れ、朝までゆっくりと煮込んで土曜に食べたそうです」

それがコシードの原形となって広まっていったのだとカルロスさんは言う。 宗教上、豚肉を食べず、ほかの肉も適切な処理が必要なユダヤ人にとって、タンパク質が豊富なひよこ豆は貴重な栄養源だったのだろう。

さらに、イスラム勢力からの国土奪回後、キリスト教徒が中心となったスペインでは、ユダヤ教徒は改宗を迫られた。 改宗しても疑惑の目にさらされたユダヤ人たちは、大鍋に豚肉やチョリソを加えたコシードをつくり、まわりの人びとに振る舞ってともに食べ、改宗のアピールをしたという。 いろいろな肉が入っているのはここに由来するのかもしれない。

奇しくもイスラム勢力の拠点陥落と王国の援助を受けたコロンブスが新大陸を発見したのは同じ1492年。 ここからスペインは隆盛していく。そうした背景の中で、コシードはかたちづくられていったのだ。

コシードが全国的に広まっている理由は、20世紀にコシードを国民的料理にしようという動きがあったからだと言われている。  「マドリレーニョ」と首都の名が付くのもそこに理由があるのかもしれない。 それがどのような影響を与えたかはわからないが、「私の一番好きな料理です。 スペインに帰ったら必ず母につくってもらいます」と話すカルロスさんの言葉には、コシードがスペイン人の心にしっかりと根付いている重みがあった。

しかし、これはかなりボリュームのある料理だ。 スペインでは昼に食べるそうだが、こんなに食べたら満腹で眠くならないのだろうか。 ユーロに加盟後、昼に長い休憩をとるスペインのシエスタ文化も薄れつつあるようだが、コシードにはシエスタが必要だ……。 満たされてぽっこり出たお腹をさすりながら、そんなことを考える午後のひとときであった。

スペイン料理ー2

※ 主なスペイン料理の品目

【 スープ 】

ソパ・デ・アホ (sopa de ajo) /  ガスパチョ (gazpacho) /  サルモレッホ (salmorejo) – 完熟トマト・刻みニンニク・乾燥したフランスパン・オリーブオイルをミキサーにかけ、仕上げに塩・酢を加えたもの。

【 豚肉 】

ハモン・セラーノ (jamón serrano) /  ハモン・イベリコ(jamon iberico) /  チョリソ (chorizo)

【 肉料理 】

セゴビア風子豚の丸焼き (cochinillo asado a la segoviana) /  ピンチョ・モルノ串焼き)(pincho moruno)

【 有名な料理 】

トルティージャ (tortilla) /  パエリア (paella) /  レンズ豆の煮込み (lentejas) /  コシード (cocido madrileño)  /  スペイン風サンドイッチ (bocadillo) /  アヒージョ(ajillo)

【 シーフード 】

イカの墨煮 (calamares en su tinta) /  タコのマリネ (pulpo a la vinagreta) /  タコのガリシア風 (pulpo a la gallega) /  エビのにんにく炒め (gambas al ajillo) /  いわしのフライ (Boquerones fritos) /  いわしの酢漬け (Boquerones en vinagre) /  ピントゥス

【 野菜 】

マッシュルームセゴビア風 (champiñones a la segoviana) /  ポテトサラダ (ensaladilla rusa) /  ほうれん草のカタルーニャ風 (espinacas catalanas)

【 菓子類 】

トリハス – スペイン風フレンチトースト – (torrijas) /  アロス・コン・レーチェ – お米のプディング – (Arroz con leche) /  クレマカタラーナ (crema catalana) /  チューロス (churros) /  トゥロン (turrón) /  タルタ・デ・サンティアゴ (tarta de Santiago)

【 飲み物 】

サングリア (sangría) / ワイン (vino) /  シェリー (jerez) /

【 新しい料理 】

エスプーマ

スペイン料理ー3

 === 続く ===

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民族のソウル・フード探訪 =053=

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★ ダシは生ハム! スペインの豪快煮込み料理 =2/3= ★

​​​​​​ ​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​スペイン料理ー1

 スペイン人の心身を温める味か。ぜひとも食べてみたいが、フェスでコシードを出している店はあるのだろうか。 フェルナンドさんにお礼を言って、運営本部に問い合わせた。 対応してくれたのは実行委員長の三上・マテオ・俊(すぐる)さんだ。 残念ながらフェスにコシードを出す店はなかったが、24歳になるまでスペインで生まれ育ったというマテオさんにもコシードについて聞いてみた。

「僕には忙しい両親に代わって小さい僕の面倒を見てくれた、育ての親のようなスペイン人夫妻がいるんです。 その家では日曜日にコシードを食べていました。 スペインでは週末は家族が集まって昼食を食べるんですが、そのときに育ての父がコシードをつくり振る舞っていました。 僕もよく手伝っていましたね。前の晩から準備して」

確かに、肉や野菜を豪快に煮込むあたり男の料理とも言える。 マテオさんのコシードは、ガルバンソにニンジンなどの野菜、牛肉、鶏肉、生ハム、チョリソを入れるという。 「生ハムまで入れるのか」とつぶやくと、「一番味が出るのが生ハムの骨なんです。 スペインの家にはたいてい骨付きの生ハムがあるんですよ。 値段はピンキリで一本4000円くらいからかな。普通に食べるのはもちろん、出汁に使うことも多いんです」とマテオさん。

彼の話によると、クリスマスになると家に骨付きの生ハムかチョリソが贈られてくるとか。 「スペインでは生ハムは縁起物なんです。 試験の合格祈願で贈られてきたりもしました」との言葉に、「日本で“おめでたい”から鯛を贈る感じかな?」と笑う。

しかし、どうしたものか。コシードへの興味は募るばかりだが、どこに行けば食べられるのだろう。 出店で買ったチョリソとトルティージャ(スペイン風オムレツ)を食べながら考え……ても仕方がないので、たらふく食べたところで、フェスの運営本部に協力をお願いしてコシードが食べられるスペイン料理店を紹介していただいた。

後日、訪れたのは新宿区四谷にあるスペイン料理店「ラ・タペリア」。 現在、お店ではコシード・マドリレーニョを出していないそうだが、オーナーのカルロス・ベロカルさんが特別につくってくれるという。

「私の場合、肉は牛肉と豚肉、鶏肉を入れます。いつもはチョリソも入れますが味が出すぎるのが好きではないので、別に茹でて最後に合わせます。野菜はジャガイモとニンジンに長ネギにキャベツ。これを塩と生ハムのコンソメで味付けして煮込むんです」とカルロスさん。 事前に煮込んでおいてくれたのだろう、「コシードはスープと具材を別々に食べます。 最初はスープ。 パスタを入れて飲むんです」と言って、黄金色のスープを出してくれた。

さっそくスープをいただく。 ガルバンソと野菜の甘みが出たなんともやさしい味わい。 それでいてしっかりとコクがあるのは、十分に煮込んだ肉と生ハムのコンソメによるものだろう。 深みがあり、身体の芯から温まるのがわかる。「本来は生ハムのコンソメではなく骨を入れます。 スペインでは肉屋さんに行けば生ハムの骨が手に入るのでそれで出汁を取るんです」

一昔前のスペインの田舎では、どの家も豚を飼っていて自分たちで生ハムやチョリソをつくったという。 カルロスさんの両親の故郷も同じで、幼いカルロスさんは遊びに行くと生ハムづくりの手伝いをしたそうだ。 どの家にも生ハムがあるとマテオさんも言っていたっけ。スペイン人にとって生ハムは欠かせない食材なんだなあ。

「スープの次はガルバンソと野菜、最後に肉と3回に分けて食べます」と言って、カルロスさんが料理を持ってきてくれた。よく煮込まれたガルバンソはほくほくとやわらかく、野菜も口の中でほろりと崩れるほどだ。 続いて出てきた肉もシンプルながら野菜の味もしみていてうま味が凝縮されている。 同じ皿に牛肉、豚肉、鶏肉の塊が乗っているのはなかなか圧巻だが……。

スペイン料理ー2

※ スペイン人の食生活

スペイン人は朝食、午前の間食、昼食、午後の間食、夕食と1日に5回の食事を採るといわれているが、食事の回数は地域ごとに差異がある。

朝食は簡素なコンチネンタル・ブレックファストの形態をとり、カフェ・コン・レチェ(カフェ・オ・レ、cafe con leche)、菓子パン、甘味の無いラスクが食べられている。 チュロス (Churros)、ポーラ (Porra) などの揚げパンとホットチョコレートを一緒に摂ることも多い。 朝食と昼食の間にボカディーリョ(フランスパンを使ったサンドイッチ、bocadillo)などの軽食を取り、1日の食事のメインである昼食に備える。 ほか、網焼きのソーセージ、トルティージャ(オムレツ、Tortilla)、ヤリイカのフライなどが軽食とされる。

昼食はスープ、米料理や麺、メインディッシュに加えてデザートやコーヒー、紅茶がそろったフルコースの体裁をとり、会話を楽しみながらゆっくりと食事をとる。

昼食の後にメリエンダをつまみ、夜9時以降に軽めの夕食を採る。 メリエンダはコーヒーと菓子だけで手軽に済まされるが、客が訪れた時には肉料理や魚料理などの手間の掛かるものが供されることもある。

夕食時には仲間や夫婦で居酒屋に行き、あるいは家族と一緒にスープと卵料理ほどの料理を食べる。 スペイン人が夕食時に利用する居酒屋(バル)のカウンターには、アンダルシア発祥の一皿サイズの酒肴(タパ、複数形のタパスの語で知られる)が多く並ぶ。

居酒屋で安価なタパを取って様々な種類の郷土料理を少しずつ食べる「タペオ(タパをつまむ楽しみ、tapeo)」の文化は、スペインの食文化に欠かせない一要素となっている。

食事の時間が遅い理由についてははっきりしておらず、20世紀初頭までは昼食を正午、夕食を午後7時頃に採っていた。

スペイン料理ー3

 === 続く ===

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民族のソウル・フード探訪 =052=

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★ ダシは生ハム! スペインの豪快煮込み料理 =1/3= ★

​​​​​​ ​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​スペイン料理ー1

   今年は冬季五輪にサッカーW杯と世界的なスポーツイベントが続くので楽しみにしているのだが、そのW杯の優勝候補の一角であるスペインと日本が昨年、交流400周年だったことはご存知だろうか。

FIFA世界ランク1位(2014年1月16日現在)を誇るサッカーのスペイン代表には、「無敵艦隊」という愛称がある。これは16世紀末、スペインがもっとも隆盛していたころの大艦隊に由来する。この大艦隊が実際に無敵だったかというと英国征服に向かって大敗してしまうので、前回のW杯で優勝したときは皮肉が込められた愛称を名実ともに我がものにしたのだなあ、と感動したものだ。

それはさておき、その無敵艦隊の時代から少しくだった1613年、仙台藩主の伊達政宗が当時スペイン領だったメキシコとの直接貿易の許可を求めて、スペインに使節団を派遣した。  これがスペインにおける日本からの初めての正式な使節団であり、スペインとの交流の端緒になった。

そうした経緯で昨年から今年にかけて、日本の各地でスペインの歴史や文化を紹介するさまざまなイベントが開催されている。  当然というべきか料理にまつわるイベントもあるわけで、それならばと、本格的な冬を迎える前、ソウルフードのヒントを求めてあるイベントに出かけたのである。

東京・渋谷区の代々木公園イベント広場で催された「フィエスタ・デ・エスパーニャ」は人であふれかえっていた。スペインの食・音楽・文化を紹介するイベントで、料理のブースには長蛇の列ができ、メインステージでは情熱的なフラメンコに拍手喝采。  寒さを忘れる熱気に包まれながら会場内を歩いていると、とくに長い列ができている料理の店舗が目にとまった。

覗くと美味しそうな生ハムを切っているお兄さんがいる。  小説『ドン・キホーテ』の舞台で有名なスペイン中部のラ・マンチャ地方出身のフェルナンド・ピカソ・サンチェスさんだ。  普段は理化学研究所 脳科学総合研究センターに勤めているが、友人の店を手伝うためにフェスに来たのだという。  手が空く時間を狙ってスペインの料理について伺うことにした。

「いま一番食べたいのは、コシード・マドリレーニョですね」

休憩を利用して話してくれたフェルナンドさんは開口一番こういった。日本でもだいぶ知られるようになったスペイン料理、パエジャ(パエリア)やガスパチョなど有名料理は数々あるが「コシード・マドリレーニョ」というのは初めて耳にした。  コシードとは「煮込み」を意味する言葉だそうで、「コシード・マドリレーニョは首都マドリード発祥の家庭料理なんですよ」とフェルナンドさん。  地方色が強いスペインでは料理も多種多様、煮込み料理も各地にあるが、コシードは全国的に食べられているという。

煮込みだというが具体的にどのような料理なのだろうか。  そう問うと、「ガルバンソ(ひよこ豆)と肉の塊とジャガイモやニンジンを丸ごと入れて煮込みます。肉は家庭によって違いますが、僕のところは豚肉と鶏肉とチョリソを入れますよ」とフェルナンドさんは言う。その言葉に「えっ、いろいろな肉を一緒にいれちゃうの!?」と反応すると、「味付けは塩とオリーブオイルだけ。肉汁のうま味が味の決め手なんです」と笑顔がかえってくる。

「食べるときは具材とスープを分けて食べます。冬の料理で身体がすごく温まるので、寒い季節になるとコシードが待ち遠しくて。  日本のスペイン料理店では見かけないのでいまはなかなか食べられないんです。  母親につくり方を教わったけど、一度にたくさんつくるので一人じゃ食べきれないし。  だから、クリスマスはいつもスペインで過ごすんですが、母のコシードを楽しみに帰るんですよ」

スペイン料理ー2

スペイン料理とはスペイン固有の料理のことであり、イベリア半島の山の幸と地中海の海の幸をよく生かした料理で知られる。 2010年、イタリア料理ギリシア料理モロッコ料理と共に、スペイン料理が、地中海の食事としてユネスコの無形文化財に登録された。

イベリア半島は「ヨーロッパの尾」「アフリカの頭」と言われ、古来から異なる民族・文化・宗教が交差しており、スペインの食文化はイベリア半島の歴史的背景の影響を受けている。 また、スペインは地方によって気候や風土、文化、習慣が異なるため、材料やその調理方法は様々で、事実上スペイン料理として一括りにはできない。

国内全ての地方や社会階級で食べられている「国民料理」に相当する料理は長らくの間存在していなかったが、1960年代の観光産業の発展の結果、各地の郷土料理が「国民料理」に分類されるようになった。 こうした中でカタルーニャバスクガリシアの地域ナショナリズムが抑圧されたフランコ独裁政権では、カスティーリャ地方のコシードが国民料理に据えられ、他地域の全ての煮込み料理がコシードから派生したと喧伝された。

世界一歴史の古いソースと言われるアリオリソースをはじめ、焼いた鶏肉からにじみ出る油を使ったチリンドロンなど、多くのソースが料理に使われている。 特にバスクアラゴンといったスペイン北東部は、特徴的なソースが使われる地域として知られる。 しばしばスペイン料理は香辛料がふんだんに使われている印象をもたれるが、こうした先入観とは裏腹に香辛料はあまり使われない。 しかし、18世紀以前のスペイン料理には過剰とも言われるほどの香辛料が使われていた。

スペインには変わり種のパンは存在していないが、ミガスなどの残り物のパンを生かした多くの料理が生まれている。 固くなってしまったパンは「石」を意味するピエドラと呼ばれるが、「固くなったパンもスープに入れれば美味しくなる」という意味の「石でも煮れば柔らかくなる」という格言が存在する。

スペイン人は食生活に対して保守的な傾向があると言われているが、20世紀末になって珍しい外国の料理を供するレストランが大都市で増加し、若年層を中心に人気を博している。 タパスピンチョスなどの伝統的なスペインのファーストフードとは異なる、ハンバーガーやフライドチキンなどの外来のファーストフードも若年層に好まれているが、児童の肥満の原因がファーストフードにあるという指摘も出されている。

スペイン料理ー3

 === 続く ===

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民族のソウル・フード探訪 =051=

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★ パンチの効きすぎ!! エジプトのB級グルメ =3/3= ★

​​​​​​ ​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​エジプト料理ー1

コシャリは炭水化物のダブル載せ!

口の中に残る余韻を楽しんでいるうちに、コシャリのご飯が炊きあがったようだ。 炊きたてのお米とレンズ豆の甘みを含んだ香りが漂ってくる。 今回は材料調達の関係でレンズ豆だけだが、ひよこ豆を入れる場合もあるとのこと。 さらに、パスタもマカロニとロングパスタの2種類を使うことが多いという。

ご飯とパスタを混ぜ合わせて大皿に盛り、素揚げした玉ネギをのせる。 「コシャリとはエジプトの言葉で“混ぜる”という意味なんですよ」と教えてくれたアフメッドさんが食べ方も説明してくれた。 「トマトソースのほかにビネガーベースのソースもあって、自分の好みに合わせてかけて食べるんです」

コシャリのつまみ食いはさすがに目立つので、テーブルに料理が揃うのを待ってからいただいた。 ミートパイやグラタン風の料理などテーブルいっぱいに料理が並ぶ。大皿に盛られたコシャリを取り分けてもらい、目の前に置いた。豆ご飯にパスタが乗り、トマトソースがかかっている光景はちょっと異様だ。 しかし、一口食べたとたんスプーンを動かす手が止まらなくなった。

ご飯とパスタ、まずこれがまったく違和感がない。 レンズ豆の甘みとちょっぴり焦げた玉ネギのうま味、トマトの酸味が絶妙なバランスで炭水化物たちを包み込んでいる。 「これ、ちょっとはまってしまうかも」とTさん。 まさにジャンク、B級グルメなのだが、何ともクセになる味わいなのである。

「エジプトは9割がイスラム教徒なのでラマダンになると日中は断食をするんですが、ラマダンが明けるとコシャリ店にみんな集まるんです。 ラマダン中は日没後もスープなど身体にやさしい軽食が中心なので、パンチのあるコシャリが恋しくなるんですよ」とモハマドさん。 後輩イブラヒームさんも「子どもたちもみんな食べたがりますね」と言う。 21歳とまだ若い大砂嵐が好んで食べたのもわかる気がする。

コシャリの店は昔からあるようだが、人気チェーン店の登場など、ファストフード産業としての発展は1990年代に入ってのことだといわれる。 70年代の経済改革以降、外資が流入したエジプトでは、90年代になってマクドナルドなどの外資系ファストフード店が次々と開店していった。

同時に、広義のフェミニズム的価値観が浸透し、女性の社会進出も加速して、それまでタブーとされていた未婚男女のカップルのデートが認められるようになり、そのデートスポットとして清潔でオシャレな店が人気となった。 そのような風潮の中でコシャリの専門店も発展を遂げていったのだろう。

パーティーにきていたエジプト人たちが口を揃えて「コシャリは日本でいえばラーメンのようなものかな」と言っていたが、70年代に外資系ファストフードが日本に参入して以降、ラーメンもまた多様化していまやひとつの文化となったことを考えると、その通りだなと思う。

自分の皿に盛られたコシャリを平らげ、おかわりをしようと大皿を見るとすでにコシャリはなかった。 ファラフェルといい、エジプト人は食べるのが早いようだ……。 でも、彼らの食べっぷりは気持ちよかった。 「おかわりしそこねたので……ラーメンでも行きますか」とTさん。 そうだな、せっかくだし隣町のラーメン激戦区・恵比寿まで今日は歩いて帰ることにしよう。

エジプト料理ー2

エジプト料理 その三

《 肉料理 》  主に羊肉、鶏肉、牛肉が使われる。 豚肉はムスリムにとって禁忌の食材であるが、コプト信者は豚肉を食べることを禁じていない。 この他、ラクダやウサギも食べられる。 鳥類では、七面鳥、アヒル、ガチョウ、カワラバト、ウズラ、カモやなどが食べられる。

メサアア : ナスと挽肉をトマトソースで煮込んだもの。 / シーシュ・ケバーブ : 羊肉の串焼き(ケバブ)。 / シーシュ・タウーク : 鶏肉のケバブ。 / フラーハ・マシュウィー : 鶏肉の丸焼き。 / ハマーム・マシュウィー : カワラバトのグリル。 / ハマーム・フィルゲン : カワラバトに米を詰め、蒸し焼きにしたもの。 / ターゲン : タジン鍋で米、野菜、肉、魚などを蒸し焼きにした料理。

マカローナ・ベーシャーメール : ベシャメルソースと挽肉、茹でたリガトーニをオーブンで焼いた、グラタン風の料理。 / コフタ : 肉団子。 挽肉のケバブや煮込み料理など調理法は様々。 / サンブーシク : 挽肉やチーズを詰めて揚げたペイストリー。 / ビフテーク : 牛肉の薄切りにパン粉をまぶして揚げたカツレツ。 / ローストー・ビル=ベイド : 挽肉でゆで卵を包んで焼いたミートローフ風の料理。

《 魚料理 》  地中海や紅海で獲れる海水魚と、ナイル川や湖で獲れる淡水魚の両方が利用されるため、エジプトで食べられる魚介類の種類は豊富である。

コズバレイヤ(ゴスバレイヤ) : 白身魚を揚げてコリアンダーシード味のトマトソースをかけ、オーブンで蒸し焼きにしたもの。 / フェシーフ : ボラの仲間を塩漬けにし、発酵させた食品。塩を洗い流し、三枚におろして植物油とレモン汁、刻みピーマン、刻みネギをかけて食べる。 / サマック・マシュウィー : 魚を焼いたもの。アルミホイルの上でトマトやピーマンを載せてオーブンで焼いたものと、糠を付けてオーブン天板で焼いたものとがある。 / フィリー : 魚のフィレのフライ(フリッター)。

エジプト料理ー3

 === 続く ===

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★ パンチの効きすぎ!! エジプトのB級グルメ =2/3= ★

エジプト料理ー1​​​​​​ ​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​

 さっそくそのキッチン台へと向かう。 ご飯はすでに炊飯器の中だったが、Tさんの目撃談によると「お米にレンズ豆と塩、水、それからサラダ油を入れていた」とのこと。 しかも、ヤヒヤさんの「それじゃ少ないよ。 もっと入れて!」という声のもとで、けっこうな量のサラダ油が投入されたとか。 目の前では玉ネギをこんがりと色が変わるほどに揚げている。

「これはちょっとどころのカロリーじゃないな」とTさんと顔を見合わせる。 しかし、若い男子たちは「コシャリだ、コシャリだ!」と何ともうれしそう。 その男子の一人に話を聞く。 カイロ大学の交換留学生として拓殖大学に通って4カ月というイブラヒーム・ガマールさんだ。

「コシャリは僕が最も好きなエジプト料理。 ファストフード感覚の料理だけど、母の手作りが一番美味しい。 家では1カ月に2回くらい食卓に並ぶんですが、それがすごく待ち遠しかった」と語る。 日本に来てからコシャリを食べていないため、初参加となる今回のクッキングパーティーをとても楽しみにしていたという。

「カイロ大学の近くに『タハリール』という有名なコシャリのチェーン店があって、学生はみんなそこで食べていましたよ」と話すのはモハマド・ハッサンさん。 大学の後輩にあたるイブラヒームさんもうなずく。 彼らの話を聞いて高校時代、部活の帰りに仲間と必ず立ち寄ったパン屋を思い出す。 パンの味とともによみがえる旧友の顔。 コシャリは学生の思い出の味なのだなあ。

思わず歓声が沸き起こる、エジプトの揚げ物とは!?

ご飯が炊きあがるまでの間、他の料理も見てまわることにした。 実はいろいろ話を聞くなかで、もう一つ気になった料理があったからである。 母国の好きな料理として、何人ものエジプト人がコシャリとともに名前を出した「ファラフェル」だ。

「私の家では金曜の朝食に必ずファラフェルが出ました。 エジプトは金曜と土曜が休日で、金曜の朝は家族が集まって食事をするんです。 そのために母が早起きしてつくるの。 私にとっては“おふくろの味”ですね」と話していたのはラナさん。モハマドさんの家でも金曜に食べていたそうで、「楽しい休日の味」でもあるようだ。

理化学研究所で働くレハブ・アブドルハミッドさんは、「エジプトを代表する料理として会社の同僚に振る舞ったらすごく喜んでくれて、それ以来、“ファラフェルクイーン”と呼ばれているんですよ」と笑う。

エジプト人が愛するファラフェルはいったいどんな料理なんだろう。 そう思いながら見てまわっていると、入り口近くのキッチン台で「おー、ファラフェルだ!」と歓声が上がった。 調理室にはいつの間にか20人くらいの人がいたが、一斉に注目する。そのキッチン台に駆け寄ると、緑色のペーストを5センチほどの丸型に整えて揚げていた。

「空豆でつくるんですよ」と教えてくれたのはアフメッド・マームードさん。 スエズ運河のほとりにある都市イスマイリア出身で現在はリビア大使館に勤めているという。 「空豆はエジプトがある北アフリカ原産と言われていて、エジプトではたくさん食べます。 ファラフェルはすり潰した空豆に、ニンニクやコリアンダー、ブラックペッパーなどさまざまな香辛料をいれてつくる揚げ物です。 コロッケに近いでしょうか。味付けはもちろん、ゴマをまぶしたり、サンドイッチの具にしたり、ゆで卵を包んだりと、食べ方も人それぞれなんですよ」

話を聞きながら調理の様子を見ていたが、次々と揚げているのに皿の上は一向に数が増えない。 なんと、出来上がったそばからみんなが“つまみ食い”をしているのだ。 「これは食べ損ねる!」とTさんが何とか1個だけゲット。 「エジプト人が待ちきれない味」を二人で分けて口にいれた。

こんがりと香ばしく揚がったファラフェルは、香辛料の香りが強いが味はマイルド。 空豆の甘みが口に広がり、とてもホッとする味だった。 「私の家では毎日食べていました。 日本でつくるのは大変だけど、最近は輸入食材店でファラフェルの粉末が売っているので、それを使って時々つくっています」とアフメッドさん。

エジプト料理ー2

エジプト料理 その二

《野菜料理》 ナス、ズッキーニ、ピーマン、アーティチョーク、キャベツ、トマト、タマネギ、キューリ、オクラ、カボチャ、クレソン、ホーレンソウ、モロヘイヤスベリヒユ、ジャガイモ、タロイモ、テーブルビート、ニンジン、ハツカダイコンなどが利用される。 豆類では、ソラマネ、ヒラマメ、ヒヨコマメ、白インゲンマメハウチワマメが食べられる。 豆類のスプラウトもスープやオープン焼き焼きにして食べられる。

サラタ・バラディー : 「お国のサラダ」または「エジプト風サラダ」(刻んだトマト、タマネギ、ピーマン、キュウリ、クレソンなど生野菜にライム汁やドレッシングをかけたもの)。

マハシー : ドルマ(ナス、ズッキーニ、ピーマン、アーティチョーク、キャベツ、トマトなどに米、刻みタマネギ、ハーブなどから成るフィリングを詰めたもの)。

マハシー・ワラ・アイナブ(ブドウの葉のドルマ。ブドウの葉で米、挽肉、刻みタマネギなどから成るフィリングを包んだもの)。タアメイヤ : ハーブ入りのそら豆のコロッケ風揚げ物。 コプト信者聖大金曜日にタアメイヤを食べる。

モロヘイヤ : モロヘイヤとニンニクのみじん切りが入ったチキンスープ

フール・メダンメス : 干しソラマメを少量のヒラマメと煮込んだ料理。

コシャリ : 米とマカロニ、ヒラマメを炊き込み、トマトソースをかけた料理。

《 卵料理 》 シャクシューカ : トマトソースの上に鶏卵を割り落とし、オーブンで焼いた料理。 挽肉を入れてもよい。

エッガ : イタリアのフリッタータやスペインのトルティージャ、イランのククに似た卵料理。

エジプト料理ー3

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民族のソウル・フード探訪 =049=

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 ★ パンチの効きすぎ!! エジプトのB級グルメ =1/3= ★

​​​​​​ ​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​エジプト料理ー1

大砂嵐のパワーの源
今回のソウルフード探訪はこのキーワードから始まった。 2013年の大相撲九州場所で入幕を果たしたエジプト人力士の大砂嵐。 アフリカ出身で、イスラム教徒の大相撲力士誕生は初めてのことであり、初土俵から10場所での幕内が外国出身としては最速だったことから、大きな注目を集めた。 その大砂嵐を紹介する新聞記事を読んでいたとき、ある食べ物の名前が目に飛び込んできた。

コシャリ

「豆とご飯、パスタを混ぜてトマトソースをかけたエジプト名物の混ぜご飯」だそうで、「ご飯とパスタを混ぜる」荒技ぶりに「すげージャンク!」と仰天したが、大砂嵐は「一食に10杯は平らげた」という。

実は一度、大砂嵐に遭遇したことがある。 ミーハー気分全開で身体を触らせてもらったのだが、鍛え抜かれた筋肉の張りに「力士ってかっこいいなあ」と惚れ惚れしたものだ。 「あの筋肉とパワーの影にコシャリありか」。 そう考えると、がぜん興味が湧いた。 エジプト最強力士を夢中にさせた名物料理、ぜひともお手合わせ願おうじゃないか。

訪れたのは都内有数の高級住宅街として知られる目黒区青葉台。 この一角に立つ区民センターで月に一度開催されている、エジプト料理のクッキングパーティーに参加するためだ。 来日35年のヤヒヤ・アボ・ショーシャさんを世話役として、毎回さまざまなエジプト料理をつくるという。 ヤヒヤさんに問い合わせるとコシャリもつくってくれるというので編集Tさんとともにやってきたのだ。

調理室ではすでに料理が始まっていた。 4つあるキッチン台に全部で10人くらいだろうか、エジプトの人びとを中心に、日本や台湾、モロッコの人たちが、ヤヒヤさんの指示のもとで料理の下ごしらえをしている。 壁に貼られたホワイトボードにはファラフェル、バシャメル、キブダ……と15品ほどの料理名がずらり。

「今日はこれを全部つくります」とヤヒヤさん。名前だけでは想像できないものばかりだが、コシャリの文字があることを確認して、忙しく動き回るヤヒヤさんの代わりにホワイトソースをつくっていたエジプト人女性にさっそく聞いてみる。

「コシャリ好きですよ!」と笑顔で答えてくれたのは、東京外国語大学に留学して1年半というラナ・セイフさん。 「家で食べることもあるけど、圧倒的に外食が多いですね。 町のあちこちに専門店があって、みんなお気に入りの店を持っているの。 一皿3~5エジプトポンドと安いので学生の味方。 学校帰りに友だちとコシャリを食べながらおしゃべりする時間がすごく好きでした」(2014年1月6日現在、1エジプトポンドは約15円)

改めてどんな料理か尋ねると、「ご飯にレンズ豆とパスタ、そして素揚げした玉ネギを混ぜてトマトソースをかけて食べます。味付けは店によって違うけど、このスタイルは共通です」とラナさん。 「女子にはちょっと高カロリーだね」なんて笑っていたら、調理風景を撮影していた編集Tさんが「あっちでコシャリつくってますよ」と言ってきた。

エジプト料理ー2

※ エジプト料理はそのルーツを古代エジプトまで遡ることが出来る。 古代エジプトではすでにパンやビールが消費されていた。 長い歴史の中でペルシャ、古代ギリシャ、古代ローマ、トルコとの交流があり、新しい食材の伝来とともに食の文化も進化し、地中海料理西アジア料理の影響も入ってきた。

7世紀にエジプトがイスラム化すると、イスラム教の食の戒律ハラールにより、ビールやワインなどのアルコール飲料や豚肉が禁止されるなど、食文化に大きな影響を与えた。 現代エジプトの料理の中には、ベシャメルソースを使ったグラタン風の料理など、西ヨーロッパの料理の影響も見られる。

北アフリカのサハラ砂漠の東部に位置するエジプトは国土の大半が砂漠気候であるが、北部海岸地帯は温暖な地中海性気候で、ナイル川の河口に広がるナイル・デルタはステップ気候である。 降雨量は少ないが、豊富なナイル川の水により、流域およびデルタ地帯で様々な作物が作られている。 これらの豊富な穀物・野菜・果物などの農作物や地中海やナイル川からの魚介類、肉類では羊肉・牛肉・鶏肉を使った料理が食べられている。

エジプト料理ー3

 === 続く ===

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民族のソウル・フード探訪 =048=

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 ★ ペルーの国民食は日本風味!!? =3/3= ★

​​​​​​ ​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​ペルー料理ー4

 日本の影響も垣間見える。 日本人が南米に移住を開始したのは明治32年(1899年)。 その最初の移住地がペルーだったという。 セビチェにはタコも使うが、日本人がくるまでペルーにはタコはいたけれど食べる習慣がなく、日系人が経営するレストランがタコのセビチェを出したところ、人気に火が付いたそうだ。

さらに、1960年代後半にペルーに輸入されるようになった味の素。

オルフィリアさんいわく、「ペルー料理の味の決め手は塩とレモンと味の素で、どの家庭にもレストランにも味の素が置かれている」ほど浸透しているという(一流レストランはないかもしれないが……)。  こうしてつくられたセビチェは、必ず南米原産のジャガイモとトウモロコシと一緒に食べるのだが、各国の要素が散りばめられたペルー料理は、まさに「食文化の融合」といえる。

ペルー料理は先住民と移民がともにつくりあげた料理なのだ。 リマで生まれ、食事の最初に食べるセビチェは、それを象徴するソウルフードなのだろう。

「私は日系3世で、父方の祖父母は沖縄出身でした。だから家では沖縄料理もよく出ました。  ペルー料理も日本料理もどちらも好きです」とマヌエルさん。  彼には日本人とペルー人の血が流れていて、オルフィリアさんはコロンビア人の血を持つ。姪で日系4世のマスミさんは中国人やドイツ人の流れもくんでいるという。 ペルー料理が世界で受け入れられるのは、各国の文化がその味にほのかに感じられるからなのかな、と思う。

やがて食卓に料理が並び始めると、タイミングよく近くに住むマヌエルさんの長男夫婦とその娘さんもやってきた。  スペイン語が賑やかに飛び交い、子どもたちは元気に走り回る。

めいめいが席につくと、長男の儀間政則さん(日本国籍を取得しているため日本名のみ)がみんなに話しかけた。  「今日は久しぶりにマスミと食卓を囲むことになりました。 だから遅くなったけど、マスミの大学進学のお祝いをしよう。夢の実現を願って」

照れるマスミさんにみんなが祝福の声をかける。 家までの道すがら、通訳士になりたい理由をマスミさんはこう語っていた。 「幼い時に来日してからは外では日本語、家ではスペイン語なので、今では2カ国語を話しますが、両親は日本語があまりできないので、私が通訳しているんです。そうするうちに、言葉をつなぐ仕事に就きたいと思うようになったんです」

マヌエルさん一家もマスミさん一家も、1990年代初頭に頻発していたテロから逃れるため、縁ある日本にやってきた。  政情はだいぶ落ち着いたものの、いまだペルーの犯罪率は高い。  だから祖国には戻らず日本に永住するだろうとしつつも、マヌエルさんは言う。 「両親や他の親戚はいまもペルーにいるので、それを思うと心配だし、さみしくなります。  だからこそ家族の食卓は大事にしたい。 セビチェを食べながらいろいろな話をするんです。 ペルーにいた頃を思い出しながら」

国民食であるセビチェは、彼らにとって祖国を身近に感じられる料理でもあるのだ。  オルフィリアさんが次々とペルーの家庭料理を振る舞い、マヌエルさん一家の食卓は空が薄暗くなる頃まで笑い声に包まれていた。  久々にあたたかな家庭の味に触れ、私も母の味噌汁が飲みたくなった。 今年の年末はちゃんと実家に帰って食卓を囲もうと思う日曜日であった。

ペルー料理ー2

多くの移民が持ち込んだ食文化が融合し、多彩な料理へと発展するペルー料理

2011年の「世界料理サミット」の会場として、世界各国のシェフを迎えたペルーの首都リマ。「エル・ブジ」のフェラン・アドリア氏をはじめ、「ノマ」のルネ・レッゼピ氏など世界の有名シェフが注目し絶賛したペルー料理だが、ペルー料理レストラン「ベポカ」は、現地で活躍したシェフを招いて、本場のペルー料理をサービスする。

新鮮な魚介類が手に入る海沿いの街で生まれた名物料理、魚介類のマリネ「セビチェ」や、刺身のように魚をスライスしてソースをかけた「ティラディート」。アンデスの種類豊富なジャガイモを使用し、ケーキのように盛り付けた「カウサ」、中国系移民のもたらした炒め技術を取り入れた「ロモ・サルタード(牛ヒレ肉のソテー)」、スペイン人移民がもたらしたクリオージォ料理など、バリエーション豊かであることも大きな特徴だ。

また、ペルーのお酒「ピスコ」はぶどう果汁が原料の蒸留酒で、豊かな香りを放ち42~44度と強いアルコールだが、ベポカでは10種あまりのカクテルを用意。現地でも人気のピスコ・サワー、チルカノをはじめ、ペルー原産のフルーツを使用したものなど、一度味わってみないとわからないカクテルも多数楽しめる。

ペルー料理ー3

 === 続く ===

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