民族のソウル・フード探訪 =144=

◇◆ 世界魂食紀行 ソウルフード巡礼の旅   ◇◆

【“NATIONA GEOGRAPHIC/日本語版(文=中川明紀・編集者)”に追記補講】

  ★ 見た目は餅?はんぺん? アフリカの“フフ”を作ってみた = 2/3= ★

郷土料理ー1 ​​

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  「さあ、練ってみましょうか」

トニーさんのアドバイスに従って練りに挑戦。 残っているダマをつぶすように練るのがコツだ。 そうすることで粘りが出て、口当たりもなめらかになるというが、見ためのもこもこ感とは裏腹にずしりと重く、けっこうな力仕事だ。

「ここが女の人の力の発揮どころです。 アフリカの女性は私の料理が一番よ、浮気しちゃだめよって愛を込めて練るんですよ」と、トニーさん。浮気しちゃだめよ、浮気しちゃだめよって言いながらダマをつぶす……。 傍から見たらちょっとこわくないか、私。

水を足すたびにかさが増え、もこもこと大きくなっていく。 やがて、直径20センチほどの鍋いっぱいのフフが完成した。 これで家族4人分くらいかと思いきや、子ども1人分だという。 「家族みんなの分をつくるから、本来はもっと大きな鍋で練るんです。 お母さんは大変なんですよ」と、笑うトニーさん。 大鍋に入ったフフを愛を込めて練る。 これは浮気など絶対にできませんな。

できあがったフフの見ためはつき立てのお餅のようだった。 やはりトニーさんがつくった「ライトスープ」に浸していただく。現地では「ンクラクラ」と呼ばれる、鶏肉や玉ネギが入ったトマトベースのスープのことで、これもアフリカ各地で食べられているポピュラーな料理らしい。

フフの表面はつるりとしていて、蒸しパンのような、はんぺんのような、意外と軽い歯ごたえ。 ほんのりと塩気がある程度であまり味はしない。 トウモロコシの風味もほとんど感じられないが、主食としているアフリカ人からすれば地域などによって味の違いがあるらしい。 やはり、日本のコメみたいな存在なのか。 クセがないのでライトスープはもちろん、どんな料理とも相性がよさそうだ。

「アフリカの食事は主食に副食をかけて食べるスタイルが主流。だからスープやシチューが多いんです。 フフはオクロシチューにもよく合いますよ」

その言葉ではたと思い出した。 以前、オクラを煮込んだ西アフリカの料理「オクロシチュー」と一緒に食べたバンクとフフは見ためがそっくりではないか(前記参照)。 バンクもトウモロコシからつくると聞いたが、2つは別の料理だとトニーさんはいう。

「バンクはトウモロコシを水に漬けて数日置き、発酵させてからつくるんです。 だから酸味があります」。 そういえば、確かにバンクには独特の酸味があった。 「ほかにも、ヤムイモをお餅のようについてつくるパウンド、やわらかく炊いたライスをついて丸めるオモツオなど、アフリカには主食といわれるものがいろいろあるんです」と、トニーさん。

ちなみに、「フフ」は主に西アフリカで使われている名前で、ケニアなどの東アフリカでは「ウガリ」と呼ぶそうだ。 言葉が違うので名前も変わってくると、トニーさんはいう。

郷土料理ー2

東部アフリカの食文化

東アフリカの食文化は内陸部と海岸部で大きく異なる。 内陸のサバンナ地帯に住む民族は牧畜を生業としているが、家畜の肉を食用にすることはしない。 飼育する牛、羊、山羊などは通貨、あるいは富の蓄積と見なされている。 いくつかの地域では、伝統的に牛乳、あるいは生きた牛から絞った生き血を飲用にするが、やはり肉を食用にはしない。

一方、農耕を営む民族は、自らが栽培した雑穀や野菜を食用に充てている。 白いトウモロコシから作られた餅状の食品・ ウガリが彼らの主食で、西アフリカや中部アフリカの フフと同じく煮込み料理をおかずにして食事にする。 ウガンダでは、バナナの一種であるマトケが、デンプン質の食素材として重要視されている。 なお、新大陸原産のトウモロコシが広まる以前のウガリは、モロコシの粉末を素材としていた。

東アフリカのインド洋に面した地域は、外来文化の影響を絶えず受けてきた。 西暦1000年ころよりアラブ人の商人が沿岸地域に定住し、スワヒリ語の成立など文化の多方面に影響を与えた。 現代に残る食文化の面でも ペルシャ風の米の調理、サフランクローブシナモンなど香辛料の使用、 ザクロのジュースなどにアラブの影響をうかがうことができる。

その後、大航海時代の到来とともにポルトガル人の交易活動が活発になる。 彼らは西洋と東洋を行き交う海路の途上で東アフリカに寄港し、肉の炙り焼きマリネ、簡単な香辛料の使用、オレンジ、レモン、バナナなどアジア産の果物、ブタ、そしてアメリカ原産の唐辛子、トウモロコシ、パイナップルなどをもたらした。 やがて19世紀、東アフリカ各地は大英帝国のに組み込まれた。 彼らに雇われたインド人は、インド式の野菜やカレー、スープ、チャパティー、インド式のピクルスサモサ、紅茶の飲用とチャの栽培技術を持ち込んだ。

歴史の流れの中で来訪者がもたらした食素材と調理法により、現在の東アフリカ料理が成立している。 一方、アラビヤ半島の国家・オマーンからは、プランテンバナナの煮込みをかけたウガリなどが「スワヒリ料理」として伝わった。

郷土料理ー3

 === 続く ===

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